【企業事例】「自律創造型社員」を育成するJTBの挑戦


2018年4月に「次元の異なるレベルの変革」を目指して、16の事業会社を統合し、「One JTB」として事業再編した株式会社JTB。「旅行業から、交流創造事業へ」をスローガンに、新たな価値を提供する同社の人財育成について、人事部 人財開発担当マネージャーの山内浩世氏にお話をうかがいました。

【会社概要】

社  名:株式会社JTB
代 表 者:代表取締役会長 田川 博己
     代表取締役社長 髙橋 広行
会社設立:1963年11月12日(創立年月日 1912年3月12日)
本  社:〒140-0002 東京都品川区東品川二丁目3番11号
資 本 金:払込資本 23億400万円(授権資本 32億円)

事業環境の変化によって芽生える危機感

当社は2018年4月に北海道から九州までの16の事業会社を再編し、「One JTB」としてスタートしました。
経営統合した一番の理由は、事業環境の厳しさにあります。インターネットやスマートフォンの普及によって、異業種からOTA(オンライン・トラベル・エージェンシー)が参入し、近年の旅行業は大きく変わりました。さらに、ご周知のとおり日本国内は人口減少や訪日外国人の増加によって、グローバル化への対応も求められています。

こうした経営環境の急変に直面し、最大手と言われる当社も「安穏としてはいられない」という危機感を持ち、「次元の異なる改革」が実行へと移されました。 経営統合を経て、「ただ旅行を販売する」という旅行業ではなく、お客様の期待を超える価値を生み出せる「交流創造事業」を推進する会社への変革を進めています。 したがって、人財育成においても、単に旅行事業のプロフェッショナルを育成するだけでは生き残れない、という危機意識を持って取り組んでいる状況です。

「交流創造事業」の担い手である「自律創造型社員」

ホテル、レストラン、飛行機、バスなどの『モノ』を持っていない当社にとっては、人こそが最大の資本です。そのため、「人材」ではなく、「人財」という言葉を用い、「人が一番投資に値するもの」という考え方をベースにしています。その上で、「JTBグループ人財マネジメント基本方針」を策定し、共通した考え方のもとで人財育成を展開しています。

JTBグループ人財マネジメント基本方針


1.社員の成長・活力が会社の成長、グループの発展を支えるという基本理念のもと、社員は自ら専門性の向上と自律創造型社員への成長に努め、社は社員の個性や多様性を尊重し、教育とチャレンジの機会に満ちた活力ある風土の構築に努める。

2.自律創造型社員として挑戦と成長を続ける社員にとって、物心両面において働きがいのある企業グループを形成する。

ここにあるように、当社の人財育成においてキーワードとなっているのが、「自律創造型社員」です。 自律創造型社員とは、「(ベースとしての)高いスキル/専門性」「(動機としての)強い成果志向」「(思考・行動特性としての)自律創造性」を備え、担当職務において高い成果を発揮するとともに、新しい情報やスキルを継続的に習得しながら、自ら課題を認識・形成し、その解決に向けて、「Plan(What ⇒ How) ⇒ Do ⇒ Check」を常に自律的(主体的)に考え、行動することを通じて顧客拡大、業務改善、事業革新等、新たな価値の創造に繋げる社員(=人財)、と定義しています。

そして、自律創造型社員には、次のような目標を立てて、浸透と教育を図っている状況です。

  • 環境の変化に柔軟に対応し、多様で高度な専門性の習得ができている状態
  • キャリア自律を目指し、成長挑戦への意識変革と行動変容ができている状態
  • イノベーションを実現すべく周囲と協力し、自らが牽引していく強い当事者意識を持っている状態
しかし、JTBの全社員およそ29,000人が、自律創造型社員になっているかと問われれば、まだまだ道半ばと言わざるを得ないでしょう。自ら進んで学んでいく姿勢、能動的に成長していく姿勢を伸長させたいという思いで、現在もさまざまな施策を実施しています。

「自律創造型社員」を育成する体制の整備

「JTBグループ人財マネジメント基本方針」の実現、さらには自律成長型社員を育成するために、大きく2つの体制を再構築しました。

1つ目は、人事部の体制です。当社はまもなく110年を迎える会社です。そのため、組織には古い体質が残ってしまっている部分が否めません。
人事部には、人財開発を担当するチーム、採用や運用配置を担当するチーム、評価や制度づくりを担当するチームと、3つのチームがあるのですが、いわゆる“縦割り”の組織でした。他の会社から見れば至極あたり前なことなのかもしれませんが、縦割り組織から三位一体の体制へと変革し、採用から教育、そして活用へと、3つのチームが社員の成長イメージと同じベクトルを向く体制にしました。

2つ目は、人財育成の専門組織「JTBユニバーシティ」の立ち上げです。
従来の人財育成は、JTB能力開発という関連会社が担ってきたのですが、2013年1月に人財育成機能の更なる進展を目指し、その機能を新設されたJTBユニバーシティに移管することになりました。

現在は人事部内にあって、業務課長や副支店長などを経験した26人の社員が専任講師として所属し、私も所属している「JTBユニバーシティ運営事務局」が運営を担っています。
具体的な活動内容としては、旅行業に関する基礎的な知識やスキルを身につける研修や、階層別のキャリアアップ研修、ビジネススキル研修など、国内事業会社の社員約20,000人に対して、年間約100種類、約1,500回の集合研修を実施しています。さらに、経営戦略や事業戦略を踏まえた研修体系や研修自体の企画、あるいは通信教育や資格取得支援など、グループ全体の教育に関わる企画から運営まで、ほとんどの業務を担っている組織になります。

そして、JTBユニバーシティが実施している各種教育施策のうち、自律創造型社員を育成するために特に有効な施策として位置付け、運用しているものが通信教育です。

通信教育を活用して、自律創造型社員を育成する

自律創造型社員を育成するために通信教育が有効な施策になっている理由は次の3つです。

1つ目は、「計画的で継続可能な学びを得られる」点です。
通信教育は、20年前に私が入社した時にすでに実施されていて、その後途切れることなく1年に2回、社員に通信教育コースを紹介するガイドブックを配布して受講者の募集をしています。
ガイドブックは毎年決まった時期に配布しますので、社内では「そろそろ来る感」が醸成されているように思います。そのため、「新品のまま捨てるのはもったいない」「とりあえず家に持って帰って見よう」「何かやらなきゃ」といった気持ちになる社員が多く、風土と言うと大げさかもしれませんが、通信教育を検討することが社内で習慣化されていると感じます。また、開いてもらいやすいように、コースのラインアップやデザインで興味を持たせたり、支店の取り組み事例を掲載したりと、さまざまな工夫を施しています。

さらに、上司とメンバーの面談時に「下期は何をやる?」「弱点を克服するためにこのコースはどう?」といった具合で、通信教育が育成に関するコミュニケーションツールになるなど、自律的な学びを促す役割としても活用されています。

2つ目は、「自己管理の鍛錬(自分との戦い)」という点です。
通信教育の費用に関しては、マネジメントや戦略、グローバルや語学など、業務に直結するコースを修了した場合は全額を、伝え方や図解力のようなビジネススキルなどは半額を支援しています。
しかし、該当コースに申し込んだ全員が補助を受けられるわけではありません。申し込んだ際に給与から天引きし、修了した場合のみ、その費用が戻ってくる形です。ですから、たとえ未修了であっても、自分の懐が痛いだけ、逆に言えば、会社に迷惑がかかるわけではないのです。
当然業務をやりながらの受講ですから、自由な時間がそう多いわけではありませんが、どれだけ忙しくても毎回必ずやり遂げる人は大勢います。その一方、なかなか修了できない人もいます。通信教育は自発的な日々の学習が必要なことからしても、自己管理の鍛錬、自分との戦いである、と考えています。

3つ目は、「知的欲求を満たす達成感と知識習得」です。
直接業務とは関係がないため、費用支援がないにも関わらず、「ヨガ」や「ボールペン字」、「栄養学」などのコースは非常に人気があります。これらは自費ですから、知的欲求を満たすための知識習得として、通信教育が活用されていることが分かります。
実は、こういった教養を身につけるような学びは、たとえ今すぐ業務に役立つことがなくても、これから何十年も社会人を続けていくための大きな武器となり、今後のキャリアの中で役に立つ可能性があるのかもしれないと考えています。そのため、ガイドブックにもこういったコースを必ず掲載するようにしています。

現在、当社の通信教育の受講者数は、毎年15,000〜17,000人で推移しています。受講対象者は国内事業会社の社員と海外駐在員のおおよそ22,000〜23,000人ですから、だいたい3分の2強が申し込んでいる状況です。
当社では、支店長や部長クラスに対して、メンバーの通信教育への取り組み度合いを人事評価の1つの指標に取り入れています。ですから、「上から言われた」という理由で受講している人がいることも理解しています。
ただそれでも、何もアプローチをしなければ、やらない人は全くやらないことになってしまいますので、多少の力学を働かせてでも、こういった機会を通じて、通信教育を修了することで得られる達成感や、実際の業務に役立つことで感じる喜びを味わうことができれば、徐々に自ら学習するようになってくれるのでないかと思っています。

通信教育の受講者数は年々増加しています。自ら手を挙げて学び、自身のキャリアについて考える機会にしたり、知的欲求を満たすツールにしたりと、自律的に学習する風土が少しずつできていることの表れだと考えています。

人財育成におけるCHALLENGE

冒頭で申し上げましたように、当社は2018年4月に経営統合したのですが、統合前の16社は、それぞれの文化を持っていました。そんな多様な会社が1つになりましのたで、まとまって力を合わせていくためには新たな風土が必要ではないか、という考えのもとで創られたのが、「OPEN・CHALLENGE・FUN!」というアクションポリシーです。

「OPEN・CHALLENGE・FUN!」を具現化するのは、戦略やビジネスだけではなく、人財育成も同様です。具体的には、このアクションポリシーに沿った、次の4つの取り組みを始めています。

「OPEN・CHALLENGE・FUN!」を具現化するのは、戦略やビジネスだけではなく、人財育成も同様です。具体的には、このアクションポリシーに沿った、次の4つの取り組みを始めています。

1つ目は、「グループの人財交流共通制度」です。
これは今までも展開していたものですが、「転職はしたくないけれども、もっと成長していきたい」といった社員を支援するために、長期間にわたる派遣研修や、グループ会社などへの転籍出向といった実務経験の機会を付与しています。指名制ではなく、手挙げの制度で、手を挙げた全員が行けるものではありませんが、社員のチャレンジを後押しできる制度の1つとして運用しています。

2つ目は、「オープン&チャレンジ研修」です。 JTBユニバーシティが実施している研修は、講師も参加者も身内と呼べる存在です。
そのためなのか、出てくる課題やアウトプットも、毎年あまり変わらないような実態がありました。このままではイノベーションは生まれづらいと考え、2018年度から新たに、外部への派遣異業種交流研修を始めました。社が指定した研修会社から自ら選び、申込み、自身がその進捗等も管理するケースと、社員自らが行きたいセミナーに申し込み、自身がその進捗等も管理するケースを用意しました。例えば広告業界主催の販促セミナーや、銀行が実施している財務セミナーといったセミナーに活用することができます。


3つ目は、「社内表彰認定制度」です。
周りから認められる機会づくりや、成功体験を積み重ねるための制度で、社業に貢献した人を表彰する制度を複数実施しています。ダイバーシティアワード、法人営業職が対象で、新しい商品開発や新しい顧客を開拓した社員に対する「JTBビジネスサミット表彰」など、さまざまな社内表彰制度を設けています。

4つ目は「新規事業社内公募制度」です。
事業開発専門部署が主幹となって、年に1回、「JTBグループでこんなことをやったらよいのではないか」というテーマで、社員から事業開発の公募をしています。2018年は約450件の応募がありました。

今後の課題

このように、新たなチャレンジを展開している一方、人財開発においては課題も山積みです。

これまでに紹介した通り、研修や育成プログラムなどは、ものすごく豊富に用意していると思います。しかし、過保護とも言えるほどの施策は、時に能動的な学びやOJTとの間にギャップを生じさせ、学ぶ意欲を低下させる原因になっているのではないかと危惧しています。

キャリアに関しては、会社が用意したレールに乗るのではなく、自らがレールを敷いて、キャリアを自律的に描き、拓いていけるようにする必要性を感じますし、専門性で言えば、もっと事業環境の変化に柔軟に対応するために高度化を目指さなければいけないと思います。

マネジメント層で言えば、「今まではこれでよかった」という過去の成功体験から抜け出せない言葉をよく聞きます。こういった社員に対しては意識改革や行動変容を促すことが必要です。

まだまだ私たちの人財育成は、道半ばの状態で、改革と改善をやり続けなければいけません。さらに、それぞれの教育施策はバラバラではなく、有機的に連携させる必要があります。このような取り組みの結果があってこそ、『自律創造型社員』の育成に繋がり、お客様に付加価値を提供できる交流創造事業の実現に近づくのだと考えています。