ライフ・ワーク・バランスの勧め

ライフ・ワーク・バランスの勧め

ライフ・ワーク・バランスのすすめ

日本における近年の大きなテーマとして「働き方改革」があります。政府主導の改革であり、働く個人には「ワーク・ライフ・バランス」を、組織には「生産性の向上」を目標とし、今国会でも活発な議論が展開されています。 私は、地方の国立大学を卒業後、東京で就職し、始めの5年ぐらいはほぼ仕事一筋、残業や休日出勤も当たり前という状況でした。25歳で結婚し、すぐに転勤となり単身赴任も経験しました。今振り返ると、できなかった仕事ができるようになったり、大きな仕事を任せてもらったりと、充実した社会人生活でした。仕事で成長させてもらったという気持ちが強くありましたので、昔の同僚たちと会食をした時などは、「あの時のあの案件は…」という話に花が咲きます。その頃の日本は、“エコノミックアニマル”などと揶揄された時代でしたが、多くの日本人が経済成長とともに仕事中心の生活に疑問すら感じなかったと思います。 しかし現在はどうでしょう。日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟35カ国中20位。 「労働時間が長すぎだ」、「先進国に比べ労働生産性が悪い」と評判がよくありません。
一方、日本と同じように戦後の復興を遂げたドイツはどうでしょう。1人当たりの年間総労働時間は日本の1719時間に対し、ドイツは1371時間(2015年調べ)。その上、1人当たりGDPは日本が41,534ドルに対し、ドイツは48,839ドルと、ドイツの方が高いのです。このように、ドイツの生産性について関心がありましたので、隅田貫氏の『仕事の「生産性」はドイツ人に学べ』(KADOKAWA)を手に取ってみました。

隅田氏は延べ20年ドイツで過ごし、前半10年は日系企業のドイツ支社、後半10年はドイツの会社に転職されての経験だけにとても興味深く読ませてもらいました。その中で特に印象に残ったのが、「ライフ・ワーク・バランス」という言葉でした。日本では、「ワーク・ライフ・バランス」と言って「ワーク」が最初にきます。この単語の順序に労働観が端的に表れているなと感じました。また、仕事には(たぶん宗教的な背景もあると考えられますが)「苦役」というニュアンスが含まれており、月曜日から金曜日を「働く日」、週末が安息日だそうです。日本では、月から金が「平日」と呼び、休日は特別な日の感じがあるのとは対照的です。
日本では、労働は「国民の三大義務」にもなっており、学校でも親からも「働かざるもの食うべからず」と言われ続けてきました。これは仕事が前提にあり、それを継続する(支える)ための家庭や教育があるような気がします。私も「仕事があるから」という言葉で、家事をだいぶ免除してもらいました。まさに、日本はワーク・ファーストでドイツはライフ・ファーストになるのでしょう。
でも、果たして日本はこのままでよいのでしょうか?

私は、一気にドイツのようにまではいかなくても、働く個人は、自分自身の生涯という視点で「ライフ」の重要性を再認識し、「ワーク」とのバランスを見直した方がよいと考えています。最近では「人生100年」と言われています。「キャリア」と言うと特に男性は、仕事をしている期間を中心に考えがちです。本学が企業向けに提供している「キャリア研修」においても企業内キャリア形成の内容が大多数でした。ただ、最近では、1つの組織にとらわれない市場価値の追求や退職後の人生についても考えるという研修内容に変化しています。定年延長や兼業についても「ライフ」の側面から考えた方が答えを導きやすいかもしれません。また、若い人は特に、家庭においても、夫婦で子育てをすることが当たり前になってきています。家事の負担についても同様なことが言えます。
私たち夫婦は、共働きだったこともあり、私自身もできる限り子育てに参加するよう意識してきましたので、子どもの成長に合わせ、保育園の父母会長や学童保育の代表も務めさせてもらいました。これらに関わったことで、仕事だけでは分からない地域の事情やいろいろな職業の方の考え方などを教えてもらいました。また、学童等の補助金の仕組みなど世の中の状況を学び、行政に対しても見方が変わったことを覚えています。その経験は仕事においても、いろいろなメンバーのマネジメントに役立っています。このように私自身は、人生の途中からかもしれませんが、「ライフ」にバランスをおいたキャリアを踏んできたと思います。

ドイツは、やるべき仕事を終わらせるとすぐに帰宅し、夕飯を家族で囲むことが当たり前だそうです。また休暇は年に5~6週間(約30日、病欠以外)取り、家族旅行をすることが楽しみだそうです。そのために「苦役」である仕事をする。だから、できるだけ仕事を効率的に行うことが重要と考えているのです。 私は、仕事を「苦役」だとは思いませんが、「ライフ」より重要だとも思っていません。 仕事は、1人では経験できないことをさせてもらう場であり、いろいろな人々との協働の場であると考えています。その上で報酬がいただけることはうれしい限りです。ただ、自身の家族や生活との比較を考えると、「ライフ」の方に少し比重が乗るぐらいが、家庭も円満で、将来への夢や希望も描けるのではないかと思います。
隅田氏の本では、第1章に、ドイツ人の「自立・独立の考え方」が生産性に直結するとあります。「ライフ」がしっかりしていてこそ「ワーク」の生産性が上がると読み取ることもできます。「働き方改革」については、ビジネスパーソンの労働時間の削減から入るのではなく、家族のだんらんや充実した休日の提案と促進を行い、質の高い生活を送るために「ライフ」を充実させましょうという方が「急がば回れ」のような気がします。

特に、男性のビジネスパーソンの方々は、現在の仕事や職場のことをいったん棚に上げて、生涯やりたいことや家族の未来像をまず思い浮かべ、その実現のために現在の「ワーク」にどう向き合うのか、まずはシナリオを描いてみるとよいでしょう。そのシナリオを家族と共有し具体的なアイデアも出し合うことで、具現化に近づくと思います。また、そのシナリオがあることで心も安定し、現在の仕事にもよい影響が出てくるのだと思います。 ぜひ、皆さんにもライフ・ワーク・バランスをおすすめします。

執筆者プロフィール

佐藤 義博(Yoshihiro Sato)

産業能率大学 経営学部 教授

1959年鹿児島県生まれ
1982年九州大学教育学部教育心理学系を卒業後、日本リクルートセンター(現リクルート)人事教育部に入社し採用試験や講師派遣研修事業を中心に10年間勤務。
1992年学校法人産業能率大学に入職、総合研究所にて社会人向けの教育事業の普及、事業推進、研修プログラム開発のマネジャーを担当。2018年度より現職。

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佐藤 義博
(Yoshihiro Sato)

産業能率大学 経営学部 教授

1959年鹿児島県生まれ
1982年九州大学教育学部教育心理学系を卒業後、日本リクルートセンター(現リクルート)人事教育部に入社し採用試験や講師派遣研修事業を中心に10年間勤務。
1992年学校法人産業能率大学に入職、総合研究所にて社会人向けの教育事業の普及、事業推進、研修プログラム開発のマネジャーを担当。2018年度より現職。

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