次を任せるべきリーダーの育成を考える


学校法人産業能率大学 経営管理研究所 研究員
飯塚 登



一橋大学経済学部卒業後、石油元売会社にて企画・マーケティング等に従事。
民間シンクタンクにて新規事業、経営計画立案等に携わった後、コンサルティング会社勤務を経て、現職。
中長期ビジョン・戦略の策定、新規事業立案コンサルティングに従事。

(※所属・肩書は公開当時になります。)

【1】次を任せるべきリーダー育成の現状

事業環境の変化は激しく、先⾏きの不透明感や不確実性は増すばかりである。⼀⽅で、ホフステッドの調査※(1991年)によれば、⽇本⼈は「不確実性を回避」する性向が強く、50カ国中7位、先進国では最⾼位である。混沌とした社会においては、リーダーの意思決定に対する依存度は必然的に⾼くなる。しかし、過去の経験値や⽅法論が通⽤しにくい状況が増すにつれ、リーダー層の再強化や世代交代が急務になっている。ここに、次を任せるべきリーダーの育成(以降、次世代リーダー育成と表⽰)のプログラムが開発され、必要とされてきた背景がある。

今回の調査結果では、取り組みの形骸化や教育後施策の不⼗分さを指摘する意⾒が増えている。

だが、そもそもなぜリーダー育成が形骸化するのか。次世代リーダー、つまりは次なる意思決定の基軸を整備するためには、⾃社の⻑期ビジョンや戦略を具現化するために必要とされる判断⼒・決断⼒は何かと問い、それを養うための施策を組み合わせて講じる必要があろう。これが"形骸化"しているのは、施策が不⼗分なのか、施策と能⼒との組み合わせが悪いのか、または⾃社のビジョンや戦略が曖昧なのか、のいずれかである。

教育後の施策が不⼗分という認識に対しては、受講者選抜の考え⽅が本末転倒になっていないかどうかを疑ってみる必要がある。つまり、本来は"次を任せるべき⼈材"を対象とするのが次世代リーダー育成の趣旨だとすれば、教育後に新たな役割やタスクが付与されるのは当然のことである。幅広く網を投じて⾼度な教育を受けさせ、あわよくば良い効果が得られればよいといった"待ち"の姿勢であれば、結局のところ、旧来型の年功重視型のリーダー禅譲プロセスと変わりがない。今⼀度、次世代リーダー育成の基本に⽴ち返って、取り組みの実効性を⾼めるべく努⼒する必要があろう。

【2】リーダーに求められる能⼒

次世代リーダー育成プログラムへの参加者は、次のような表現で描かれるタイプの⼈が多い。いわく、「与えられた役割を真摯に受け⽌め、最後まで粘り強く課題を遂⾏する。他者に対しては協調的に振る舞い、枠組みをはみ出さない⾔動が多い。⼀⽅で、視野が限定されており、アイデアの独⾃性や新奇性が乏しい。難局に対しては意思決定を躊躇することが多い」という⼈物である。このような⼈材は、プレイヤーや現場の監督者としては適任かもしれないが、厳しい市場環境の中で組織の舵取りを任せるには、はなはだ不安が残る。だが、このような"扱いやすい⼈物"を選び、育んできたのが企業の実態なのである。では、次世代リーダーたる⼈材には、今後どのような能⼒を習得させるべきか。以下に要点を述べる。

戦略的思考

1.外部の考えを積極的に取り⼊れる

⽇常業務を超える視野を得るために、リーダーには社外に信頼できるネットワークを持つことが必要だ。どの新技術が業界を刷新し得るか、グローバル化がいかに組織体制の変⾰に影響を与え得るか等について、常に⽬を配る必要がある。私たちはみな職務上のネットワークを持つ。それは社内の⼈々による⽇常業務の遂⾏を可能にするネットワークであり、現⾏ビジネスの範囲内にある。リーダーは、そこから⼀歩前進し、ネットワークの幅を広げる。通常なら出会わないような⼈々、アイデア、資源を連結するためだ。たとえば、意図的に⾃ら他流試合をしかけ、現⾏のビジネスから遠く離れた分野で時間の半分を過ごすのは効果的かもしれない。技術者だからこそ、マーケティングに興味を持つ。製造業者だからこそ、⾦融ビジネスのトレンドに関⼼を持つ。こうした努⼒の積み重ねによって、リーダーとしての器が作られていく。畑違いの情報や知識は、時として固定観念を突き破り、発想のブレイクスルーを⽣み出すきっかけにもなる。

2.常に敵を想定する

「彼(敵)を知り⼰を知れば百戦危うからず。彼を知らずして⼰を知れば、⼀勝⼀負す。彼を知らず⼰を知らざれば、戦う毎に必ず危うし」。孫⼦の「兵法」の有名な⼀節である。「敵」と書くと、不穏当な印象を受けるかもしれないが、そもそも戦略が敵の存在を前提とした考え⽅であるから致し⽅ない。既存の競合他社はもちろんのこと、新規参⼊や代替品の脅威に対して、常に⽬を光らせておくことが肝⼼だ。新たな市場に参⼊すれば、新たな敵を作ることになる。敵を知ることは、そのまま⾃分⾃⾝を知ることにつながる。敵をはっきりと意識することで、⾃分の弱みや強みを知ることができる。その上で、⾃社ならでは、⾃組織ならではの競争優位性を構築することがリーダーの務めである。

3.考察段階の完全主義を捨てる

いつの時代でも世界は常に複雑で、未来は常に不確実である。完全な解を追い求めようとすると、多くの⼈は⽬先の分析作業に埋没し、意思決定のタイミングを逃しがちだ。また、顧客が知りたいのは「100%絶対安全」という根拠のない潔癖な提案ではなく、「○%の確率で安全性が損なわれた場合の対処案」である。だから、戦略を検討する段階での完璧主義は捨てて、遂⾏段階での徹底を⽬指したマネジメントを⾏う。戦略の遂⾏には何かしらの成功要因がある。成功要因を⾒定めて戦略を⽴てたら、最初の⽬標を達成するまでは徹底的に⾏動していくことが⼤事になる。年度計画を⽴てたならば、その翌⽇にはライン担当者が何をしたらよいかまで踏み込んでいく。徹底的に実⾏してみることで、もし現状の延⻑戦上に成功がないようだったら、戦略を⾒直す。刻々と変化する状況の中で、事業サイクルを⾼速で回していく。戦略を遂⾏する初期の課程は、リーダーの強⼒な推進⼒の発揮が不可⽋である。

独⾃の哲学

⼒強い個性を獲得する過程は、諸々の暗⽰的な⼒からの解放であり、⾃分⾃⾝との格闘に他ならない。個性の本質は、その⼈が持つ「哲学」にある。哲学は学説ではなく活動である。物事の本来のあり⽅を解明し、それを表現し、世界観・⼈⽣観の樹⽴を⽬指す営みである。優れたリーダーは皆、独⾃の哲学を持っている。いかなる名経営者といえども、様々な⽭盾や不確実性に直⾯する中で、判断に迷い、決断を躊躇することがあろう。そんな時、意思決定の基軸となり、考えや⾏動に⼀貫性をもたらすのが哲学の存在である。

では、リーダーの哲学はどのようにして培われるのか。百花繚乱の難解な議論を超えて、以下に執筆者の「私⾒」を⽰す。

1.⼈⼀倍働く

社員⼀⼈ひとりは効率的に仕事をこなし、仕事と⽣活の双⽅を充実させてもらいたい。しかし、管理者はひたすら⼤量に働くべきである。寝ても覚めても組織と仕事のことを考え続け、夢の中で答えが浮かび上がるほどに思考を極めなければならない。いかに多くの時間をかけるかで、仮説検証や実⾏のスピードは確実に速まる。量を積む中で⾒えてくる真実がある。仕事よりもプライベートを⼤切にしたいという⽣き⽅もある。体調や精神にも留意しなければならないだろう。しかし、さほど資質や能⼒に恵まれていない⼈が、中途半端な働き⽅をする程度で、死に物狂いで戦いを挑んでくるベンチャー経営者に太⼑打ちできるだろうか。世界の覇権をねらう海外企業と伍して戦っていけるのか。
事業が衰退期を迎えているのであれば、創業期の精神に戻らなければならない。まずは汗を出し、汗の中から知恵を出すのである。

2.⼩さなことを⼤切にする

とある企業で1,000⼈近い部下を持つ事業部⻑の話。部下全員の下の名前を記憶し、週に⼀度は必ず直接的にコミュニケーションをしかけている。また、ある上場企業の経営者は、訪問客がたとえ新⼈の営業担当者であろうと、必ず出⼝まで⾃らが⾒送りをする。事の是⾮はともかく、多忙で魅⼒的な仕事⼈ほど、相⼿を意識した⼩さなことを⼤切にする共通点がある。逆に、信念のない⼈や仕事の質が劣る⼈ほど、細部を疎かにしがちである。たとえば時間を守らずに相⼿を待たせる⼈は、⾃分が初歩的なところでつまずいているという事実に気付くべきだ。⼩さな善を⼤切にすれば⼈⽣は⼤きく変わるものだし、⼩さな善は⾃分の努⼒で積み重ねていくことができる。

3.未来から学ぶ

リーダーは、世界観、⼈⽣観、歴史観、倫理観といった「観⽅」を磨く必要がある。先⼈たちの偉⼤な英知は書物の中に織り込まれており、学習の機会は豊富に与えられている。異なる⽂化圏の⼈々と触れ合うことも、⾃らの視野を広げてくれる。加えて、私たちは未来から学ぼうとする果敢さを持ちたい。勉強好きな⼈は、経験を積まずに知識だけを増やそうとする。だから最初の⼀歩が踏み出せず、講釈をたれる。未来から学ぶには、⾏動を起こし経験を積むしかない。「未来を予測する最善の⽅法は、それを発明することだ」というアラン・ケイ(PCの⽗と呼ばれる)の⾔葉は、まさに核⼼を突いている。そして未来は、ターゲットとする顧客の⼼の中にある。顧客とのコミュニケーションを活発にすることが、未来観への近道だといえる。

【3】次世代リーダーへの期待

次世代リーダー育成プログラムに選ばれる⼈は、社会的に重要な使命を果たしている企業の管理者がほとんどであろう。数多の競争をくぐりぬけて選ばれた、いわば"エリート"である。本⼈が意識しているかどうかに関わらず、若年社員の憧憬の的であり、関係者からは重きを置かれる存在である。 ⼀⽅で、エリートには義務と責任がある。社会のため、組織のために尽くし、前⾯に⽴って戦いを挑み、溢れんばかりの責任感で成果を創出する。⼤変な役割であり、遂⾏できる⼈はほんの⼀握りだろう。しかし、このようなリーダーがいなければ、組織は⾃然に消滅する。そして、この役割を苦痛と思わずに遂⾏できるからこそ、今の⽴場に任命されたのであろう。⾃覚と⾃信を持って、歩みを進めてほしいと願う。

※出典
Hofstede,G.(1991).Cultures and organizations: Software of the mind. New York:McGraw-Hill.