インタビュー特集:プレジデント社 編集⻑ 鈴⽊勝彦氏 変化する環境の中でビジネスリーダーたちのキャリア意識はどのように変わっていくのか


世界最⼤のビジネス雑誌として知られる『フォーチュン』と提携し、1963年に日本で創刊された『プレジデント』は、「ビジネスリーダーの問題解決マガジン」として、常に経営者や経営幹部を目指す読者に⽀持されてきた。
ビジネスそのものというより、ビジネスパーソンに焦点をあて、企業で働く⼈間を視るというユニークな編集⽅針を持つ。変貌を遂げつつあるビジネス環境とその将来のイメージについて、『プレジデント』の鈴木勝彦編集⻑に、お話をおうかがいした。

プレジデント社
取締役 デジタル事業本部⻑ 兼オンライン編集部 編集⻑
鈴⽊勝彦(すずき・かつひこ)

1968年静岡県浜松市⽣まれ。
1991年慶應義塾⼤学卒業後プレジデント社に⼊社。企画編集部に配属され⽇本航空のビジネスクラス⽤機内誌AGORA(アゴラ)の編集に携わる。94年プレジデント編集部に配属。ブレジデント副編集⻑、プレジデントファミリー創刊編集⻑を経て、2012年にプレジデント編集⻑に就任。現在に至る。

経営者が繰り返し読みたくなる雑誌を目指して

―― プレジデントはビジネスリーダー向けのビジネス雑誌として⽼舗でいらっしゃいます。
創刊の頃から現在のような編集⽅針の雑誌だったのですか。

当時の広告などを⾒ても非常にセンスがよく、フォーチュンと提携して創刊したこともあって、ハイグレードな雑誌というイメージで出発しています。わたしは、2012年に編集⻑になって以来、常に⽴ち返る原点としているのは、実は創刊号なんです。創刊に先だってゼロ号というテスト版を作って、当時の経済界に配っていたものですから、創刊号にはゼロ号を読んだ⼈々の「読者の声」というのが掲載されているんです。

その読者というのが当時の味の素社⻑、⽯川島播磨重⼯業の企画室⻑、三菱⽯油の会⻑といった方々でして、さまざまな声を寄せていただいています。その中でも三菱⽯油の竹内俊⼀会⻑から、こんな「読者の声」をいただいているんです。少し読ませていただくと、『細かい点はさておき「プレジデント」は⼀度で読み捨てる雑誌ではなく、楽しんで読む雑誌…⼀度読んでしまっても、また引き出しから出して読む、そんな雑誌であってもらいたいと願っている。それにはまず1ページ、1ページを芸術品にすることだ。この点、カラーポートフォリオは貴重な存在になる。また⼈間の⾯を強調したストーリーは非常に楽しめる。そればかりか教訓も得られる。経営者はみな悩みを持っているが、他の経営者がどういう悩みを持ち、それをどう解決していったかということを知りたがっているからだ』と、こんな声をいただいているんです。ですから、プレジデントという雑誌の編集をするうえで、迷ったときは、常にここに立ち返るというようにしています。読者モデルも、創刊以来いわゆるディシジョンメーカー、決定権者の⽅々を想定して作っていることは変わりません。

貴重な創刊号などを収めた合本を⾒せていただいた
最近のプレジデントの表紙

時代とともに変わるビジネスリーダーのニーズを捉えたリニューアル

―― 雑誌としての原点を⼤事にされながら時代の節目に応じたリニューアルなどもされているようですね。どのような変遷があったのでしょうか。

1963年の創刊ですので、もう53年になりますが「ビジネスリーダーの問題解決マガジン」という旗は変わっておりません。ただし、その半世紀の間にリニューアルを何度も繰り返してまいりました。 その時々の読者のニーズに応えていくために、⼤きなリニューアル、⼩さなリニューアル、あるいは日々のリニューアルを繰り返してきています。 大きな節目でいえば、1977年に「⼈間は⼈間に⼀番興味がある」ということで、ビジネスや歴史上のリーダーたちの⼈間性に迫るという編集方針に切り替わりました。1980年以降、歴史特集が大きなテーマとして成⽴し、ヒットするようになります。例えば戦国時代という歴史区分。信⻑、秀吉、家康といった歴史的人物像の分析です。どのような判断があり、迷いがあり、乗り越えていったかという物語として読まれたわけです。読者の世代は当時の40代、50代で、昭和ヒトケタ⽣まれが中⼼の世代。歴史知識も豊富で、例えば太平洋戦争にしても「どこで間違ったのか」というような話が日常会話でなされるような知識レベルの⽅々でした。
1990年代に⼊り、⼤きな転換点、曲がり角がありました。経済状況としてはバブル経済が弾けて山⼀証券や北海道拓殖銀⾏が倒産していきます。その出来事 と裏腹のように⾃⼰責任という⾔葉も出てくる。⽇本型経営の終焉ということも⾔われはじめて、終身雇⽤や年功序列という制度が崩れるわけですが、このあたりで雑誌の表紙もリニューアルします。また、この年代になると読者の世代も戦後⽣まれの⽅々になり、歴史に対する知識や感覚も変わってきました。

そこで 2000年を迎えたときに、ビジネスリーダーの悩みなどについては、歴史のアナロジーよりも直接ビジネスで答えていくということにして、よりスピーディーな発⾏に切り換えていくわけです。

読者の関⼼は外的な環境や関係から⾃⼰の内⾯へ

―― 雑誌が時代を反映する鏡であるということがよく分かります。では現在の読者であるビジネスパーソンのリアルな関⼼はどの辺にあるとお考えですか。

その関⼼の先が、まず散ってきているという気がします。いろんなものに関⼼を持っていることはたしかなのですが、⼀気通貫で関⼼を呼ぶというテーマがなくなっています。もうひとつ、興味や関心事の幅そのものが狭まっているというようにも感じます。

2000年の頃、当時の編集⻑は「記事を作るにあたって、テーマは半径5メートル以内に落とせ」というように⾔って作っていました。要するに「そのテーマがその⼈にいかに関係しているか、ということが分かるような形でテーマ設定する」ということです。それが私が編集⻑になって感じたのは、5メートルよりさらに狭まってきているということです。むしろ2000年から16年経って、5メートルが4メートル、3メートル、2メートルになって、現在では1メートルさえ切って、マイナスに⼊っている。マイナスとは、もうその読者の内⾯です。いま、わたしたちの間でよく⾔われているテーマがあって、ひとつは「お⾦」、もうひとつは「⼼理学」。そしてさらにひとつが「ビジネススキル」なんです。要するに⾃分自身の問題をテーマにしていることが多い。これは時代の必然なんだろうと思っています。
リアルということで、もうひとつあるのが、読者の⼥性⽐率が増えているということです。1994年にわたしがプレジデント編集部に⼊ったときには⼥性読 者の⽐率はだいたい2%と⾔われていました。現在は各種データを⾒てみると、⼥性読者は少ないときで2割、多いときで3割から4割となっています。ですが、ときどき⼥性の読者がサーッと引く⾔葉があります。それは「偉くなる」とか「出世する」という⾔葉です。男⼥の 関⼼事の違いを実感する瞬間ですね。

求められているのはゼネラリストのスキルを⾃発的に磨くことができるエキスパート

―― ⼤変興味深いお話です。そうした雑誌編集⻑としての目から⾒て、これからのビジネスリーダーたちにどのようなキャリア意識が必要だとお考えですか。

先ほども少し申し上げましたが、90年代の⾦融危機以降に⼤きな転換点がありました。当時は⾃⼰責任ということがさかんに⾔われましたが、現在ではことさらに⾔いません。これは⾃⼰責任ということがあたりまえになったからです。ですから、90年代以降は⾃分で勉強をして、スキルを身につけ、個々に努⼒を重ねていくという時代に変化したのだと思います。⾃分で学ぶということはすごく⼤事なことですが、なにを学ぶかは本⼈が決めなくてはならない。もちろん会社がミッションとして決めたものを学ぶ必要もあるでしょうけれど、それにもまして⼀流になろうというような意欲を持つビジネスパーソンは、⾃発的にたくさんのことを学ぶ必要があるし、読書を通じて教養全般を身につけることが必要だろうと思います。いまは専門的スキルというものがすごく求められるようになっていますが、経営のトップが⾔われるのは、いまこそゼネラリストが必要だということです。

ゼネラリスト、あるいはマネジャー、経営層を目指す⼈間であれば、もっと本を読み、教養を身につけなければならないし、もっと⼈間のことを知らなければならないのではないかと思います。いまはエクセルの扱い⽅や英語の点数をどう取るかという具体的な勉強の⽅に⼊っているわけですが、それ以上の知識やスキルが必要ということです。
さらに⾔えば、問題解決能⼒だと思います。以前であれば、米国や英国にあった成功事例もいまはなく、マーケットにどのように働きかけるのが正解か分からない時代です。どうやったらニーズに応えられるかは⾃分の頭で考えるしかありません。マネジャー層は、そうした能⼒を⾝につけ、磨きをかけなければならないでしょう。

いまの⾃分の市場価値だけでなく
定年後をも⾒据えて ⾃⾝のレベルアップを

―― ゼネラリストとして企業内で価値を⾼めることも必要ですが、⼀⽅、外に目を向けることも大切かもしれません。その辺はどのようにお考えになりますか。
年金の受給開始の年齢は、この後さらに上がっていくでしょう。定年も延びています。するとビジネスパーソン人生はどんどん⻑くなるわけです。たぶん70歳くらいになる。すると40代、50代のときにはいままでより先を見据えた人生設計が必要になるでしょう。同じ企業にいれば、後輩がマネジャーになるかもしれない。給料が下がるかもしれない。そのとき、⾃分に先を⾒据えた設計とスキルがあれば、外に出て⾏くということも選択肢として⼤いにあると思います。企業にいてゼネラリストを目指すことも大事ですが、同時に⾃分の市場価値を⾼め、⾃分になにができるか、なにが⾜りないかということを考えて勉強することも必要でしょう。そうしたモチベーションがないと勉強というのは続かないと思うんです。

定年後の⼈⽣も⻑いわけです。こうした⼈⽣を⾒据えた、⾃⽴するための勉強もこれまで以上に必要になってくるのではないでしょうか。ですから、起業してみる。会社をつくってみるということもあるんじゃないかなと思うんです。そうした目標を⽴ててみると、なにが⾜りないか分かってくる。起業するためには、例えば財務や営業の知識も必要になるでしょう。それこそ⼈間⼒というものも必要となる。すると、いろんなことを勉強してみたいと思うはずなんです。勉強することが目的というのではなく、なにかをやってみる。そのことが⾃分の⼈⽣を豊かにもしますし、⾃分⾃⾝のレベルアップにもつながっていくと思います。