産能マネジメントスクール公開セミナー開設70周年記念インタビュー

挑戦し続けてきた123年の歴史と企業姿勢を、さらに発展させるライオンの取り組み。

はじめに

1891年(明治24年)、⼩林富次郎⽒によって創業された同社は、キリスト教の精神をもって、社会に貢献する企業であることをめざし、「愛の精神の実践」を経営の基本としてきた。
のちに産業能率⼤学を創⽴する上野陽⼀は、その頃、⽣産性向上に関するコンサルティングを同社で⾏い、⼯場での⽣産性向上に⼤きく寄与したという。

今年セミナー70周年を迎えるにあたり、ライオン株式会社 ⼈事部⼈材開発担当部⻑村上智⽒に、当時の様⼦や今⽇同社が取り組む課題についてお話を伺った。
創業当時の⼩林富次郎商店。はやくから⻭磨きの製造販売を開始した。

-ライオン株式会社様と本学の創⽴者 上野陽⼀とは、コンサルティングを通じて浅からぬご縁があると聞いております。当時の様⼦をお聞かせ願えますでしょうか?

当社は⼩林富次郎商店として創業されたのですが、事業の壁などにぶつかり苦悩していた当時、創業者である⼩林富次郎がキリスト教の教えに感銘を受け、以 来、社会に貢献する企業であることをめざすようになったと⾔われています。

そうしたことが企業のバックボーンとなり、今⽇においても当社では社是として 「わが社は、「愛の精神の実践」を経営の基本とし、⼈々の幸福と⽣活の向上に寄与する。」と謳っています。

実際、1900年(明治33年)には、⽇本で最初と⾔われている慈善券付の袋⼊り⻭磨きを発売したり、岡⼭で孤児院を建てたり、また⼯場で働く⼥性たちのために夜学校を開いたりと、「愛の精神の実践」という⾔葉通りに、さまざまな活動を⾏ってきました。
ライオン株式会社 ⼈事部 ⼈材開発担当部⻑ 村上 智 ⽒
しかし、ただ⼀⽣懸命にやるというだけでなく、創業者⾃⾝、事業をどうやって改善していくかという意識を強くもっていたようです。当社の社史をひもとくと、⼆代目⼩林富次郎が1920年(⼤正9年)に産業能率⼤学の創⽴者である上野陽⼀先⽣に依頼して、⼯場の⽣産性向上に取り組んだというふうに書かれています。
当時最先端の知⾒である科学的アプローチを⾏い、それを実践に⽣かしていこうとしていたことがうかがえます。

⼿元の「ライオン⻭磨80年史」にも「早稲⽥⼤学で広告⼼理学を講義していた上野陽⼀⽒に依頼して、⼯場能率の改善に着⼿した。

上野⽒はテーラー や(F.W.テーラーによる科学的管理法)やギルブレス(F.B.ギルブレスによる動作研究)の研究にもとづき、⻭磨きの袋詰め作業を流れ作業⽅式に改 め、さらに時間研究、動作研究など、それまでわが国の⼯場ではあまり取り⼊れられていなかった能率改善⼿法を新たに採⽤し、作業能率の⼤改善を実施した」 と記述されています。
能率研究を⼯場に応⽤した最初の例として、かなり⽿目を集めたようで、⼤正12年には、短期間に4割あまりも能率を改善した⼯場として、当時の雑誌の誌⾯を賑わせたこともあったようです。

いまから95年前のことですが、振り返ると、産能⼤さんの建学の精神のところにある誠実に物事に取り組んでいく姿勢と、われわれの「愛の精神の実践」という社是には近いものがあると感じますね。

-⽇⽤品のリーディングカンパニーである御社に多少なりとも貢献できたのは本学としても誇らしいことですが、現在、どのような事業展開をなされているのでしょうか?

当社ではオーラルケア事業とファブリックケア事業の2つを⼤きな柱にして事業展開をしています。
オーラルケアでは、単に⻭磨き、⻭ブラシを製造販売するというだけでなく、ライオン⻭科衛⽣研究所という公益財団法⼈の活動を通じて、実際に⽣活の中で⾍⻭を減らし、⻭を通じて健康になっていくということに対して、どのように関われるかをテーマに活動しています。
オーラルケア業界の市場シェアでは国内トップですが、以前は7割くらいの圧倒的なシェアを占めていた時期もありますので、決して安穏としていられる状況ではありません。

ファブリックケア事業では、昨今、洗剤事業が粉から液体に変化し、最近では他社から第3の洗剤というものも発売され、いまはちょうど技術変⾰のまっただ中にあり、その中でどのようにアプローチをしていくかということが課題となっていると考えています。ファブリックケア事業の製品のひとつである制汗剤Ban(バン)の「ロールオン」などは、特に⼤がかりなCMを打たなくとも着眼点のよさでお客様に⽀持されていますので、お客様ニーズを掘り起こすような商品をいかに開発し展開していくかが重要であると思います。

こうした常に挑戦していかねばならないという課題意識は、もちろんこれまでの社是・経営理念の中でも脈々と受け継がれてきたものですが、とりわけ2000年に⼊ってより強く意識されるようになりました。
ちょうど中期経営計画「Vision2020」が策定された頃に重なりますが、社内で、よりチャレンジする風⼟、挑戦する風⼟が必要だという意識が全社員に実感されるようになってきたと思います。

-123年に及ぶ事業の中で、社是・経営理念とは別に、新たに策定されたVision2020について、もう少し詳しくお聞かせ願えますでしょうか?

下の図をご覧になるとおわかりになると思いますが、4つの戦略を描いています。
まず第1の戦略は、厳しい競争環境の中にある国内市場において、引き続き質的成⻑を図るということです。⾼齢化や労働⼒⼈⼝の減少など、お客様全体の形も変化していくことを⾒すえつつ、市場構造を変えうるような新たな商品を出す。⼈事の⽴場で⾔えば、それをやり抜く⼈材が必要だと考えています。

第2の戦略は、経済成⻑のさなかにあるアジアで、グローバルメーカーと熾烈な競争をしつつ、量的な成⻑をめざすことです。
当然、将来を⾒すえたビジネスのアクセルを踏むための⼈材も必要です。

第3の戦略は、通販をはじめとした新しいビジネス領域の開発です。具体的にはラクトフェリンに代表される新たな切り⼝の機能性⾷品にトライしており、こちらも着々と成⻑を続けていますが、さらに時間をかけて当社の中の⼤きな核に育てあげていきたいと考えています。

そういった中で、第4の戦略として「組織学習能⼒の向上」とあるのは、先に挙げた3つの戦略を推進⼒を持って実現するために、業務や⼈事制度・⼈材育成の仕組みなどを全般的に⾒直し、組織の活性化を図るというものです。お客様に新たな価値を提供できる企業になるために、まず⾃分たちの⾜元を⾒て、PDCAサイクルをしっかり回していく、そして、チャレンジしていく企業風⼟をつくる。⼈事の取り組みを経営戦略の⼀環として位置づけているといってもいいでしょう。

策定当時の社⻑のメッセージを振り返ると、「『戦略と徹底⼒』によって強い会社に⽣まれ変わるのだ。そのためには仮説・検証・実⾏を核にし、職場ごとに⼩さなPDCAを全員が回す。その根底にライオンがやるべきこと、ライオンのDNAが流れている」と⾔っていますが、たしかにその通りだと思います。

当社の歴史を振り返ると、ライオンは他社に先駆けていち早く無リン洗剤を発売したり、環境対応型の植物原料を使⽤したりと、決して派⼿ではないのですが、それまでとは異なったパラダイムの先駆的な取り組みを⾏ってきています。
それらはすべて事業利益優先で発想されたのではなく、やはり社会にどうやって貢献できるのだろうかという視点があったからこそと考えています。それがライオンのDNAではないか、といま⼀度振り返っているところです。

「戦略と徹底力」。
このキーワードをもとに、
全社一丸となって果敢に挑戦する集団。

-戦略と徹底⼒、PDCAというキーワードが出てまいりましたが、これが過去から現在、そして未来へと受け継がれていくライオンのDNAでしょうか?

そうですね。社員全員がそれぞれの⽴場でライオンという会社をどうしていこうかと考える。そして新しい挑戦が進路を切り開くということがあると思います。

戦略をつくることは⼤切です。つくるだけでなく、それを実際に実⾏することはさらに重要です。実⾏に移したときには、さまざまな壁にぶち当たりますが、その壁を⼀つひとつ乗り越えていくことが戦略の徹底ということですね。

このメッセージは、経営陣が社員全員に出し続けており、社⻑⾃らが事業所を回って少しずつ変化を起こそうと率先して取り組んでいます。
こうした全社⼀丸となった取り組みの姿勢もまたライオンのDNAといっていいかもしれません。

-事業展開と⼀体のものとして⼈事のあり⽅についてもお話いただきましたが、⼈材育成の取り組みについてもう少しお聞かせいただけますでしょうか?

Vision2020とも連動する形で処遇体系も変わりました。非常に勇気のいることだったのですが、⼈材を⼤きくマネジメント層と成⻑期待層の2つに分けました。
この目的は、ライオンを「全社⼀丸となって果敢に挑戦する集団」と⾃⼰規定したとき、その集団を構成する役割を明確にするということにあります。

まず成⻑期待層の⽅々には将来の会社をつくる⼒を⾝につけてもらう。そのためにいまの時間を使って成⻑していただきたいと考えています。

さらにマネジメント層の⽅々については、⾃分以外の社員の仕事をしっかりコーディネートし、⾃分の業績を⽣み出すだけでなく、組織をつくるということも⾃分の責任の中に明確に⼊れていこうという意図が込められています。職能資格制度をベースにした従来の処遇体系ですと、部⻑職になるためには部⻑職に相応しい能⼒をもっていればよかったわけですが、⼀度部⻑になってしまえばそれで向上⼼が⽌まってしまいがちです。
そうではなく、部⻑としてのパフォーマンスを発揮し続けていただきたいと考えています。つまり、業績と組織の両⽅をつくる役割を担うということですね。

-⼈材育成の⼀環としての社外セミナー活⽤や今後の取り組みについて教えてください。

⼈事のプログラムには階層別研修があり、これは社内で⾏っています。しかし社外セミナーは非常に多岐にわたりますので、⼈事部として⼀元的に管理はしていません。それぞれの部門で必要に応じて参加しています。
「このセミナーに参加したい」という社員に対しては、⽇程さえ合えば積極的に参加してもらっています。
しかし、われわれ⼈事部が注意しなければならないのは、研修ばかりになってしまい、従業員が仕事に⽀障をきたさないようにするということです。⼈材育成全体の中でバランスをとりながら各部門の研修担当者と調整し、研修内容が重複しないように、より効果的な⼈材育成、Off-JTに取り組んでいます。

研修の効果測定というのは、われわれも悩むポイントで、研修参加者からアンケートを取ると、だいたい「受講してよかった」という回答になるのです(笑)。

しかし、その回答をもってよしとするのではなく、所属上⻑が、研修に参加した部下が仕事をする上でどう変わったかで判断すべきだと考えています。ですから、受講者に研修を受ける前に研修を通じて変えたいポイントを宣⾔してもらい、研修をきっかけにどう変わったのかというところが顕在化したときに、そこで 研修の価値があったと判断しています。仕組みとしてはまだまだ⼿探りの状態ですが、まずわれわれ⼈事部が、研修によって変えたいポイントを選択肢として提⽰し、その中から上⻑と本⼈とで話し合った上で選択してもらいます。
研修後、上⻑には実際の仕事で本⼈がどのように変わったのかを評価してもらうという流れです。
ライオンが挑戦する集団であり続けるために、われわれ⼈事部は裏⽅に徹してPDCAサイクルを回しながら、このように地道な取り組みも徹底的に続けていきたいと考えています。

(2014年8⽉取材)