【事例紹介】株式会社神⼾屋 すべての能⼒開発のベースとなる 通信教育による⾃⼰啓発への取り組み

はじめに

株式会社神⼾屋の2013年度における通信教育の受講は従業員1⼈あたり1.12講座と、非常に⾼いものとなっています。今回お話を伺った総務本部 能⼒開発課の牧野様は、社内には特別に受講率が⾼いという認識がなく、1⼈1講座の受講は当たり前のことになっていると仰います。
なぜこのように⾼い受講率を維持できているのでしょうか。
通信教育が同社の中でどのように位置づけられ、どのように活⽤されているのか。その取り組みについてお話を伺いました。
株式会社 神⼾屋 総務本部 能⼒開発課 課⻑ 牧野 江⾥様

  • 本編は2015年1⽉16⽇の学校法⼈産業能率⼤学主催「⼈材マネジメント施策としての通信研修の活⽤法〜神⼾屋様の取り組みから学ぶ〜」フォーラムにてご講演いただいた内容を編集したものです。

株式会社神⼾屋 プロフィール

創 業 1918年
本 社 〒533-0014 ⼤阪市東淀川区豊新2-16-14
代表者 代表取締役社⻑ 桐⼭健⼀
資本⾦ 11億9,740万円
事業内容 パン・洋菓⼦・冷凍⽣地・デリカ⾷品の製造販売、並びにベーカリーレストランなど各種業態直営店舗の企画開発・運営
売上⾼ 555億5,800万円(2013年12⽉)
従業員数 1,403名(2013年12⽉現在)

(2014年3⽉期)

事業推進の根底にある「Fresh & Pure」

当社は、まもなく創業100年を迎える⽼舗と呼ばれる製パン会社です。「神⼾屋」という名称は、創業当時の神⼾には貿易港があり、パンを主⾷とする外国の⽅が多く、「パンと⾔えば神⼾」というイメージが根付いていたことから付けられました。

包装されたパンを卸す「ホールセール事業」、直営店を展開する「フレッシュベーカリー事業」、冷凍⽣地を販売する「フローズン事業」、焼き⽴てのパンやそのパンに合う料理を提供する「レストラン事業」という4つの事業をおこなっています。

そして、この事業の根底には「Fresh & Pure」というものづくりに対する考え⽅があります。

「Fresh」とは新鮮。パンは焼き⽴てが⼀番おいしいですから、それをお客様に召し上がっていただきたい、という思いから直営店を展開をしています。

「Pure」とは純正。素材本来の豊かな味わいを提供したい、という思いです。1970~90年代のパンは、⾒た目を良くするためや、扱いやすくするために、さまざまな添加物を使⽤していました。
しかし当社は業界に先駆けて、健康に影響を与えるおそれのがある添加物の利⽤をやめる「無添加政策」を採ってきました。

「無添加政策」を実施した当時は、世間から「神⼾屋は正気か、つぶれるぞ」と⾔われたという記録も残っています。
しかし、これらの取り組みは、結果としてお客様の⽀持をいただくことにつながり、パン業界の常識を塗り替えてきました。

⾼度な仕事⼒が求められる「無添加政策」

当社の使命(ミッション)は「明⽇の⾷⽂化を拓く」です。創業当時の⽇本の⾷⽂化は⽶が中⼼でしたが、世界に目を向けるとパン⾷が中⼼でした。⽇本⼈が世界に出ていくためには⾷⽂化を広げること、すなわちパン⾷⽂化にも慣れることが必要であると考え、その役割を当社が担うという想いからこの使命はつくられました。

現在は、添加物を使わない、本物の⾷品のおいしさを後世の⼦どもたちに残したいという想いから、先ほどご説明した「無添加政策」を実施しています。しかし、この「無添加政策」は、進めれば進めるほど、働いている従業員に負荷がかかります。

製造担当者は、添加物を使わずにおいしいパンを作るために、相応の技術を⾝につけ、質の⾼い材料の確保をしなければいけません。営業担当者は、良質な材料や⼿間隙がかかったパンは決して安価ではありませんから、その価値を伝える営業⼒や販売⼒が必要になります。

したがって、「明⽇の⾷⽂化を拓く」ためには、社員には常に⾼度な仕事⼒が求められるわけです。経営理念にも「お客様精神」「開拓者精神」と並んで「社員の能⼒開発」を掲げ、⼈材育成の重要性を会社として表現しています。

⾃⼰啓発がすべての能⼒開発のベースとなる

当社の教育体系図には「⾃⼰啓発(SD ︓ Self Development)がベース」と明記され、⾃⼰啓発がすべての学びを下⽀えする形になっています。これは、Off-JTやOJTはあくまで能⼒を⾼めるきっかけであって、本当に⼒を伸ばす学びは⾃⼰啓発であるという考えからです。

この図を社員に研修の機会等を通じて明⽰し、どんなに会社が教育機会を与えても、⾃ら学ぶ姿勢がなければ、能⼒は開発されないというメッセージを発信しています。

また、⾃⼰啓発の中でも通信教育に関しては、業務に直結している製パン技能検定とともに、会社から修了時に受講料の4割、⼀部は6割を⽀給する⽀援をしています。

⾃⼰啓発としての通信教育を活性化させる3つのポイント

通信教育の始まりは、昭和42年、当時の製造や機械整備などの課⻑が、部下に対して理論的な裏付けを与えたいという目的で、⾃発的に理解度を測るテキストをまとめ、教育をおこなったことでした。

当時の企画書には「管理者たるもの教育者たれ」という⽂⾔が書かれていて、この信念のもとに通信教育が始まりました。そのため、⾃⼰啓発に位置づけてはいるもののOJTという認識も強いことが、50年もの間、通信教育が定着している理由の1つだと考えています。

では、このように誕⽣した通信教育をどのように活性化させてきたのか。その施策を3つの切り⼝でご紹介します。

● ⼈事制度との連携

まず1つ目は、⼈事制度との連携です。当社の考え⽅を簡潔に説明すると、「能⼒=仕事=処遇」となります。⾃⼰啓発によって能⼒を⾼め、その能⼒を仕事に⽣かすことで、それ相応の処遇がされる、という仕組みで成り⽴っています。

昇格選考は、いくつかの要素が積み上がり、基準点に達したときに昇格が認定される加点⽅式なのですが、その基準の⼀部を通信教育の履修としています。

具体的には、現在保持する能⼒のレベルや業績への貢献度、⾯接・筆記試験といった、上司が部下を評価する⼀般的な⼈事考課に加えて、「⾃ら能⼒を上げるために努⼒をしているか」という⾃⼰啓発の度合いを測る要素に通信教育の履修を取り⼊れています。
つまり、昇格するために必要な点数に、⾃分ではコントロールできない上司からの評価だけではなく、⾃分でコントロールできる部分もあるということです。

その割合は職級によって異なりますが、選考基準の11〜25%と⼤きく、若年層ほど⾼くなっています。
ここには、若いうちに⾃分の能⼒を磨いてほしい、⾃⾝の職級を上げたいという意欲を重視する、という会社からのメッセージが込められています。

⾃⼰啓発により取得できる点数には制限がありますが、毎年継続して⾃⼰啓発をしている、すなわち⾃分の⼒を⾼め続けることが昇格者としてふさわしいという認識が会社に根付いています。
昇格者の選考会議にて「本年度は通信教育を何講座修了しているか」ということが確認される場合もあります。

このように、⾃⼰啓発である通信教育を評価の⼀環とすることで、⾃主的に学ぶ仕組みを根付かせています。

● Off-JTとの連携

2つ目はOff-JTとの連携です。職級別の必須教育には、集合研修と通信教育がありますが、この2つを連携させ、通信教育のテキストの⼀部を各職級の集合研修で使⽤しています。その目的は、理解を深めることと、それを業務へ⽣かすことです。

通信教育で学んだことを集合研修の中で確認できますし、研修内のテストでわからなかったことは通信教育で復習する、という⾃⼰啓発のきっかけづくりにもつながります。

また、「会社の数字の知識」「⾷品衛⽣」「パン・菓⼦の科学」といった社内で作成した通信教育講座については、作成した者が研修の講師を兼ねる場合もありますので、通信教育でわからなかったことを集合研修で直接講師に聞くこともできるのです。

● OJTとの連携

最後はOJTとの連携です。通信教育は⾃⼰啓発ですが、⼈事評価とも直結しているため、上司はメンバーの取得状況を常に把握しておかなければいけません。そのため、申し込みには上司決裁を必須とし、修了時も上司経由で⾯接時などを利⽤して、修了証を返却してもらうようにしています。

このようにOJTとの連携を進めた結果、通信教育を活⽤して、⾃⼰啓発を独⾃の⼯夫のもとで推進する職場も出てきました。

2014年度は、ある営業部⻑が通信教育のテキストを使った、⾃⼰啓発の勉強会を実施しました。テキストの内容に⾃⾝の実体験をのせて解説するというものです。ディスカッションもなく退屈なのでは? と思ったのですが、後で若⼿にたずねると、どんな研修よりもためになったという声が返ってきました。

また製造部門においては、本部から指⽰をして係⻑全員が同じ通信教育講座を取得したのち、その内容をもとに係⻑研修を実施していました。

こうした活⽤をさらに広げるためにも、テーマやテキストの選定にあたっては、各職場が求めている知識などについて各本部と連携を取りあっています。

今後の課題

2013年度に「通信教育・⾃⼰啓発アンケート」を実施しました。その結果、教育ニーズの把握や興味喚起による受講率の向上につながったのですが、⼀⽅で、⾃⼰啓発や通信教育に関する課題も⾒えてきました。

1つ目は、修了率が50%を超える程度であり、「申し込みっぱなし」の⼈が多いことです。対策として、部署間や管理職間の競争意識を⾼めるために組織別修了率を掲⽰するなど、⾒える形での情報通知が必要だと考えています。

2つ目は、⾃発性を⾼めることです。ご説明したとおり、通信教育は⾃⼰啓発という位置づけでありながらも⼈事評価に直結するためか、⾃主性が低いと感じました。この改善のためには、今後も継続的にアンケートを実施し、ニーズを把握して、社員が興味のある通信教育講座を採り⼊れていきたいと考えています。

3つ目は、学習した知識を業務に⽣かすきっかけづくりです。学習は学習、仕事は仕事という意識の回答が⾒られました。当社の通信教育の始まりは、仕事に直結する知識づくりであり、目的や信念がしっかりしていました。しかし、現在はこれが形骸化していると感じることもあるため、原点回帰の必要性を感じています。

通信教育の誕⽣やその目的、活⽤している職場の好事例などを改めて管理職に伝えると同時に、若⼿には集合研修との連携を深め、学んだ知識をどう⽣かしていくかを⼀緒に考えていきたいと思っ
ています。

(2015年1⽉16⽇公開、所属・肩書きは公開当時)