【事例紹介】東京ガス株式会社 学習意欲を後押しし、⾃ら学ぶ風⼟を定着させる東京ガスグループの取り組み。

学習意欲を後押しし、⾃ら学ぶ風⼟を定着させる東京ガスグループの取り組み。

2011年3⽉に発⽣した東⽇本⼤震災により、⽇本の社会・経済を取り巻く環境は⼤きく変化した。
原発事故や電⼒供給問題を契機に原発に依存しすぎないエネルギー供給体制が模索される中、エネルギーコストの低減やエネルギーシステムの⾰新が求められている。
そうした事業環境の変化に対応するため、東京ガスグループでは安全性、供給安定性、経済性、環境性を兼ね備えた優れたエネルギーである天然ガスのさらなる普及・拡⼤をめざし、⻑期経営計画『チャレンジ2020ビジョン』を2011年に策定。その実現に向け、2013年に“社員1⼈ひとりが個々の持ち味・強みを磨き組織への貢献を強く意識することで組織成果を最⼤化すること”を目的とした新たな⼈事制度を導⼊した。
同社⼈事部においては、【1⼈ひとりの能⼒開発・能⼒発揮の最⼤化】をミッションとして掲げ、中⻑期的な⼈材確保と適正配置を⾏うとともに、⼈材育成を推進している。
東京ガス株式会社 ⼈事部⼈材開発室 室⻑ 中尾 孝 様
『チャレンジ2020ビジョン』を実現するための⼈材育成の各種施策、また、その中での公開セミナーに期待する効果について、⼈事部⼈材開発室室⻑の中尾孝⽒に話を聞いた。

「貢献タイプ別⼈事制度」の導⼊により組織成果の最⼤化をめざす

2013年4⽉、東京ガスでは⻑期経営計画『チャレンジ2020ビジョン』を実現するための新⼈事制度として『貢献タイプ別⼈事制度』を導⼊した。この制度は、社員を〈エキスパート〉〈ジェネラル〉〈ビジネス・フェロー〉という3つの貢献タイプに分類し、社員1⼈ひとりが、個々の持ち味・強みを磨き、組織への貢献を強く意識することで、組織成果の最⼤化をめざすものである。

〈エキスパート〉は、⽣産、供給、営業といった業務領域別にスペシャリストをめざすタイプである。業務の性質上、多くの現場を抱える同社にとって〈エキスパート〉の育成は重要であり、全社員の約7割がこの貢献タイプに分類される。〈ジェネラル〉は複数領域での広い視野を⾝につけ、全体最適を考えた組織のマネジメントを⾏う。〈ビジネス・フェロー〉は技術開発など、専門分野における⾼度な技能・技術を習得し、それをもって業績向上に貢献することをめざす。

「社員1⼈ひとりに⾃らの組織貢献スタイルを認識してもらい、期待される組織貢献のあり⽅や役割、育成・評価にあたってのポイントを明⽰することで、成⻑目標をより明確に意識できるようになります。その結果、現場・職場の中核的な存在となり、東京ガスグループの牽引役となって、より⼀層活躍してもらうことを期待しています」(中尾⽒)。

本制度においては、役割発揮度評価着眼点の設定が何よりも重要になる。そのため、制度の策定にあたっては、事前に現場への徹底したヒアリングが⾏われた。「当社の『貢献タイプ別⼈事制度』では、役割についての期待される基準を具体的に⽰し、必要な能⼒の伸⻑やその発揮状況を評価するための具体的なポイント(着眼点)を定義しています。役割発揮度評価着眼点は、貢献タイプ別の『組織成果の最⼤化に向けた着眼点』『業務を遂⾏していく上で基盤となる着眼点』に加え、『東京ガス社員に共通して必要な着眼点』の3つで構成されています。また同じ貢献タイプや職務であっても、担当職や指導職、統括職といった職位により達成すべき目標は変わります。そこで役割区分(職位)別に具体的な基準を設定しました。役割区分が上がると着眼点が増加し、より⾼度になるイメージです」(中尾⽒)。

【1⼈ひとりの成⻑による⽣産性の向上】と【東京ガスグループの牽引役としての活躍】の実現のために

『貢献タイプ別⼈事制度』の目的の1つは“育成”であり、そのために重要となるのが『⼈材開発プログラム』である。このプログラムは、ビジネスパーソンとしてのベースとなる共通能⼒の育成と、幅広い専門能⼒の育成という2本⽴てで構成されている。各貢献タイプに求められる能⼒を〈広げる〉〈⾼める〉〈増やす〉ことで、“⾃らが考え、⼈を巻き込んで⾏動できる⼈材”“事業環境の変化に柔軟に対応できる⼈材”を育成し、個々の持ち味や強みを最⼤限発揮することで、【1⼈ひとりの成⻑による⽣産性の向上】と【東京ガスグループの牽引役としての活躍】の実現をめざしている。
『⼈材開発プログラム』は各貢献タイプに共通する研修と貢献タイプ別に実施する研修、留学などのグローバル対応⼒強化研修、⾃⼰啓発から構成される。各 貢献タイプに共通する研修は、主に全社的な視点の形成、マネジメント⼒の強化を目的として実施し、貢献タイプ別研修では、主に業務領域別の技能・技術の育 成を目的として実施する。⾃⼰啓発では、⾃らの能⼒をさらに⾼めたいと考えている社員に対し、幅広い能⼒を⾃発的に⾝につける機会を提供している。

「まずはめざすべき姿を設定することで、会社や部門の目標を踏まえた⾃分の役割や責任を理解してもらいます。その上で春と秋に⾏われる定例⾯接を通じて、 上司と部下が今後伸ばすべき能⼒(役割発揮度評価着眼点)について話し合いを⾏います。そして⾜りない能⼒についてOJTやOFF-JTで補っていく。そ うしたフローを設定しています」(中尾⽒)。

必要に応じスピーディーに成⻑機会を提供するため、⾃⼰啓発に組み込まれているチャレンジプログラムや通信教育の募集時期を春・秋の⾯接時期に合わせるなどの⼯夫も⾏われている。

『チャレンジプログラム』を中⼼とした⾃⼰啓発制度により個々⼈の能⼒開発を⽀援

個⼈の⾃発的な成⻑意欲を満たすさまざまな研修の提供を通じて個⼈の能⼒開発を⽀援する⾃⼰啓発は、『チャレンジプログラム』、『通信教育』が中⼼的な役割を果たす。
その他の⾃⼰啓発としては、TOEICの社内実施、外部講演会の案内、資格取得のための⽀援を⾏っている。視野を広げ、幅広い⼈脈を構築して事業に貢献することを目的に国内外の⼤学院や専門学校などへの留学機会を提供する『留学研修制度』も、公募性であることから⾃⼰啓発に含まれている。
このうち『チャレンジプログラム』では、【1⼈ひとりの能⼒の最⼤化】のためのビジネススキルの習得やキャリア意識の啓発、ならびに【組織成果の向上】のためのマネジメント⼒向上に役⽴つものとして51コース(公開セミナー37コース、異業種セミナー8コース、社内セミナー6コース)を⽤意している(2013年度実績)。

コースの選定にあたっては、まず⼈材開発室で今後⾼めるべき能⼒分野、戦略的なテーマの整理をするとともに、前年度実施コースの応募状況や受講後のアンケートの評価や意⾒を踏まえて翌年度に反映している。

研修の案内は社内ホームページ(イントラネット)および各部門・各グループ企業の⼈事担当者を通して⾏われる。その中にある各プログラムの紹介ページでは、パワーアップが期待できる役割発揮度評価着眼点が記載されており、上司との⾯談の機会などを通じて、各⾃が伸ばしたい役割発揮度評価着眼点を意識しながらプログラムを選択できるよう配慮されている。

「チャレンジプログラムの公開セミナーには年間で300〜400名が参加しています。各個⼈の課題意識に基づいた講座を選択して受講することができ、ビジネススキルやマネジメントスキルの向上に役⽴っています。また、産業能率⼤学さんをはじめとする研修会社各社の協⼒により、社内に講師を招く社内講座も⾏っています。こちらは1回あたり30名ほど参加しており、社員の成⻑意欲の⾼さを感じています」(中尾⽒)。

公開セミナーは効率的な学習の⼿段だけでなく貴重な異業種交流の機会となる

「公開セミナーについては、社員の多様なニーズに応えられることに⼤きな魅⼒を感じています。個別のビジネススキルからマネジメントの課題まで、さまざ まな切り⼝でのラインアップがあるのも良いと思います。また複数の受講⽇から選択できるのも⽇々の業務に追われる社員に好評です。加えて、他業種・他企業 の⽅との交流を通じてさまざまな刺激を得られることも、当社にとって⼤変⼤きなメリットとなっています」(中尾⽒)。
コース別に⾒ると、産業能率⼤学が提供する『1⽇でわかる!』シリーズは継続的に多くの応募者を集めている。

「社員はみな忙しい中で参加するので、⽇数が短いものが好まれる傾向にあります。『1⽇でわかる!』シリーズはその中でも、1⽇でポイントを押さえて効率的に実務的な知識が得られる点が評価されているのではないでしょうか」(中尾⽒)。

1日でわかる! 決算書の読み方

誰でもわかるマーケティング
受講者の声はさまざまだが、共通したものとして“実業務に活かせる”“職場で実践できる”“業務に反映できる”といった、直接仕事に活かせるという声が多い。これは各⾃にとって必要なコースが受講できている結果であると考えられる。

また公開セミナーならではの声として、“他業種・他企業の⽅とディスカッションする機会も多く、考え⽅の違いなどを感じることもできるため、非常に刺激になってよかった”“異業種の⽅との研修を増やしてほしい。懇親を深められ、情報収集ができる”といった声も多く寄せられている。

新たなしくみや社内連携により世代ごとの特性を⾒極めた⼈材育成を推進

同社では世代や役割などによって、各⾃が求めている学習内容が異なり、これに応じた学習⽅法を提供することが重要だと考えている。

「公開セミナーの受講者数を世代・役割別に⾒ると、30代から40代前半の係⻑クラスが最も多くなっています。職場で中⼼的役割を担う場⾯が多い層であり、最も成⻑したいという意欲が⾼い世代なのではないかと考えています。そして、もっと上の世代になると、⾃分で本を読むなど、研修で得るスキルよりもビジネスセンスを磨くことに熱⼼になるようです。それまでは研修でスキルを⾝につけてOJTで活⽤するという流れが⼀般的ですが、ある程度の年齢になると⾃分の⽣き⽅や価値観をしっかりと持っており、それを⽀えてくれる考え⽅を求めるようになる。今、そういった世代や考え⽅を持っている⼈を対象に『この本を読んだら勉強になるよ』と学びに誘導するようなしくみをつくれないかと考えています。おすすめの本を読む中で気づきを得る。それと同時に⾃⾝の弱点を知り、その補完のために研修を受ける。上の世代に対してはそのような成⻑サイクルを⽣み出すことが重要なのではないかと考えています」(中尾⽒)。

⼀⽅で新⼈・若⼿の育成に対しては、同社がめざす⾃⽴型⼈材になるために⼀番重要な時期であり、⼈材開発室と各部署との連結が不可⽋だと⾔う。

「⼊社後の3~5年間が最も⼤切であると感じています。新⼊社員は3か⽉間の新⼊社員研修を⾏った後各部署に配属されるため、継続的な育成には各本部の教育担当との連携が不可⽋となります。各本部では独⾃の教育が⾏われますが、当然ながら⾜りない部分が出てくる。現場のニーズを吸い上げながら、『⼈材育成プログラム』において現場で⾜りないものを補完するという形をめざしています」(中尾⽒)。

社員間のコミュニケーション活発化を目的とした「経営塾」「幹部塾」を通じて学びの風⼟を浸透

同社では『チャレンジ2020ビジョン』達成に向け、『⼈材育成プログラム』に加えて、社員間のコミュニケーションを活発化することで部門間のより綿密な連携を⽣むことを目的とした【社内連携の強化】を進めている。主な取り組みとしては、執⾏役員が指導役となり多様な部門の幹部職5名と経営について議論する『経営塾』と、幹部職が係⻑級の社員5名と組織におけるリーダーシップについて議論する『幹部塾』が挙げられる。

「『経営塾』では、執⾏役員がこれまでどういうことを学んできたか、それらがどういう場⾯で役⽴ったかなどの話を通じて⼈材育成の⼤切さを説きます。『幹部塾』についても同様です。この取り組みは他部門との交流が促されると同時に、上⻑の考えや⾃分たちに求められている役割を知る機会の創出をねらっているものです」(中尾⽒)。

⾃分にかけられた期待を知ることで、今の⾃分に⾜りないものに気づく。それが学習意欲の向上にもつながり、研修受講のきっかけとなる。
加えてこの取り組みは部下育成こそが⾃分たちの役割であることの気づきにもつながっている。

「⼈材開発室の仕事は全ての社員を学びの当事者にしていくことにあります。この活動を通じて、執⾏役員から幹部職へ、幹部職から係⻑級へ、さらには社員1⼈ひとりにまで⼈材育成や⾃⼰成⻑の⼤切さが浸透することを期待しています」(中尾⽒)。

外部教育機関とのさらなる連携により社員の向上⼼を後押しする

目まぐるしく変わる経営環境に対応していくため、プログラムの提供においても、今後はニーズに応える研修をよりタイムリーに提供していくことが⼤切になるという。「社員1⼈ひとりの⾃主的な取り組みを⽀援する⾃⼰啓発プログラムでは、より多くの社員の声をききながら、多様な社員のニーズに応えていきたいと考えています」(中尾⽒)。

また、向上⼼はあるものの何を受けたらよいのか分からないという社員に対して、効果的な誘導⽅法を模索中とのこと。

「“このセミナーは新しいことが学べるのか?” “⾃分にとってプラスになるのか?”といった社員の疑問や不安を解消するため、セミナーごとに受講者の声や点数評価などを周知できないかと考えています。
先にも述べましたが、現状では社内ホームページ内のプログラム紹介ページで、パワーアップが期待できる着眼点を表記していますが、もっと⼝コミ情報的なものがあればセミナー選びの助けになると考えています。特に同業を含む他社の声などがあったら、受講を考えている⼈にとって良い後押しになるのではないでしょうか」(中尾⽒)。

「向上⼼に⽕をつけるというのは⼈材活⽤の中でも最も難しいテーマです。直接何かのスキルを⾝につけるというのは当然⼤切ですが、⼀番⼤事なのは学び続ける⼒を養うこと。特に若い世代には“学びたい”“成⻑したい”“認められたい”という思いが強くあります。そうした思いに応え、学びに導いていくためのしくみづくりが必要だと感じています」(中尾⽒)。