【SANNOエグゼクティブマガジン】事業創造のための"隠れた作法"~ 3タイプの人を使い分ける~社会動向から世の中を見る

事業の創造には、“隠れた作法”が潜んでいます。世の中の“作法”には、確かな知恵が息づいているものが少なくありません。たとえば、木製の丸いお盆を両手で持つ際に、木目を横にして両手をかけるのが作法にかなう、と教わったことがあります。これには、単なる慣わしではなく、根拠がありました。両手のバランスを崩してしまった時に、お盆を割れにくくするためだそうです。時に“作法”を踏み外すと、目的を果たせないばかりか、大きな損害を被りかねません。

今回は、事業創造にまつわる、目に見えにくい“隠れた作法”を3つ紹介しましょう。

M&Aやアライアンスの中心に人を据える

今日、新しい事業や商品を創造する際に、既存の組織の垣根を越えたM&Aを行い、アライアンスを組むことは、もはや当然になっています。社会制度も、そのような動きを後押ししてきました。1997年には金融ビッグバンの一環として持株会社法が改正され、純粋持株会社が解禁されました。2006年には新会社法の制定が、2007年には三角合併の解禁がなされています。企業間のアライアンスは、今ではネットワーク状を呈すようになっています。

このような流れの中で、2006年に、当時売り上げ世界7位の国内A製紙会社が、同47位の国内B製紙会社に敵対的株式公開買い付け(TOB)を起こしました。産業界は概ねこの動向を好意的に受け取っていましたが、結果として成立はしませんでした。この買収劇に対して、私は当初から否定的でした。それは、A製紙会社が買収の主要な目的として挙げていたのが、“人”ではなく、B社が当時増強しつつあった、大型の新鋭設備だったからです。大量生産を狙ってコストを引き下げるための買収ならば“モノ”を対象にしてもよいのですが、創造のためのM&Aやアライアンスには、その主役である“人” を活かすことを中心に据えなければ、本来の“作法”にかないません。何故ならば、ネットワーク型の社会構造は、創造という時代のニーズに応えるために生まれてきた側面があり、かつ創造の主役は“人”だからです。

A製紙会社のTOB不成立の理由については、 その後、多くの詳細な論説が見られましたが、私は、その根底には“隠れた作法”が作用していたと見ています。

“一緒になれば何とかなる” は大怪我のもと

これもアライアンスの話です。1998年ダイムラー・ベンツとクライスラーが合併を発表します。業績が上向いたのは初年度だけで、合併から9 年後の2007年には解消に至ります。その後、この大合併の失敗については、様々な原因が語られています。

それから3年後の2010年、ルノー・日産とダイムラーAGがエンジンや小型車領域での協業など、幅広い分野での戦略的提携を結びます。その時に、ダイムラーAG会長のディーター・ツェッチェ氏の言葉が新聞のコラムに載りました。それは、“ダイムラーとクライスラーの際は、何をしたいかが明確にならないまま動き出した。その教訓から、今回のルノー・日産との提携に際しては、その目的について明確になるまで詰めた。だから今回の提携はうまく運ぶはずだ”という主旨を述べたものでした。

そもそも会社は、自立し主体性を持った存在です。特に、対等に近い合併や提携の場合には、そのままならば、独自の方向へと動き出してしまいます。つまり、遠心力が働くような状態なのです。これを結びつけてネットワークのように発展させるには、遠心力を上回る求心力が不可欠になります。その求心力となるものが、合併や提携の明確な“目的”に他なりません。“明確な目的づくりが先、一緒になるのは後”がアライアンスの“隠れた作法”となります。求心力づくりを後回しにした、“一緒になれば何とかなる”は、大怪我のもとです。

イメージしてみてください。たとえば、目的が不明確なままにつくられたプロジェクトに、あなたがその一人として招集されたとしたら・・・。不安に駆られて、事なきを得て早々に元の鞘に収まりたいと思いませんか︖

3タイプの人を見極め、そして育てる

「創造した」という言葉は耳にしますが、「創造させられた」という言葉は世の中にないようです。これを逆に述べるならば、多大な報酬をちらつかせて「創造しろ」と指示しても、「創造させる」ことは難しいということです。創造は、主体的な行為であり、自発により生まれるものです。つまり、内側から湧き起こる動機が、創造のエネルギー源なのです。この動機は主観であり、外側からの客観的な評価や処遇によるところは多くはありません。創造は、主観を大事にする人が重要な役割を担います。

しかし、「客観よりも主観を大事にしてください」というと、多くの批判を受けそうです。日々、マスコミを通して耳に入る身勝手な犯罪などは、言い換えれば自分の主観のみを大事にしていることによって起こる事柄だからです。そこで、加えて「同時に、他の人の主観も自分のことのように大事にする」ことが不可欠です。つまり“自分の主観を大事にするのみならず、他人の主観も同様に大事にする”ということです。これには、2つの理由があります。ひとつは、天才でない限り、一人だけの創造ではたいしたものがうまれないからです。他の異質の人と協働で創造することで、より大きな構想が浮かびます。これを創発と呼びます。もうひとつは、独りよがりの創造は、他の多くの人に受け入れられないからです。創造とは、思いやりなのかもしれません。

人は、次のような切り口で3つのタイプに分けることができます。

・客観タイプ
 周囲の評価や外の報酬などの客観を重視する

・自己主観タイプ
 自分の主観のみを大事にする

・自他主観タイプ
 自分の主観を大事にするのみならず、他人の主観も同様に大事にする

このような3種類のタイプを見極め、自他主観タイプへと育て、増やすことにより、組織の創造の可能性は広がります。さらに、創造のステージに応じて、それぞれのタイプに適した役割を担わせることで、荒唐無稽ではない、実現性の高い創造が可能になります。

3種類のタイプの見極めと育成、そして使い分けが、創造成功の“隠れた作法”なのです。