【SANNOエグゼクティブマガジン】理屈のみで語らない、本当の人材マネジメント~キーワードは、自組織における「意味」とシステム全体の「整合性」~社会動向から世の中を見る

人材マネジメントの現状

成果主義、目標管理、コンピテンシー、e-ラーニング等。このようなキーワードに機敏に反応して、人材マネジメントシステムの構築に多くの時間と費用をかけてきたにもかかわらず、期待した成果が得られている実感がない…。多くの組織で感じられていることではないでしょうか。

先日、積極的な成長戦略を描かれているある企業の人事担当役員の方とお話しする機会がありました。そこで「御社がこの計画を実現するためには、どのような人材が、どの時期までに、どの程度必要になるのですか」とおたずねしたところ、「具体的な人数や人材の要件は詰まっていないのですが…」と言葉を濁しておられました。さまざまな組織において、人材マネジメントが期待通りに機能しない大きな要因はここにあると考えられます。すなわち、事業に関する方向性や目標はしっかりと形作られているものの、人材に関しては状況対応的(極端にいえば場当たり的)な対処をしてしまっている、ということです。

この役員の方とさらに詳しいお話をさせていただくために、人事関連の規程やマニュアルを送っていただくと、A4にすると実に200ページを超えようかという文章や図表が送付されてきました。内容を確認してみると、規程は細かい文言にまでこだわって作られており、評価のプロセスや点数化のロジックについても精緻なルールが確立していて、大変「出来栄えのよいしくみ」といえるものでした。そこで、評価システムとしての明白な欠陥は見当たらないことをお伝えした上で、次のような問いかけをさせていただきました。

「全社員が評価項目に示されている行動なり目標なりを実現できれば、御社が求める人材が育ち、ビジョンなり中計なりが確実に実現されるということですよね?」

人材マネジメントの核となる「目指す人材像」

極めて根源的な問いなのですが、今、官民、規模を問わず、この問いかけに対する明確な答えが得られるケースが非常に少ないのが現状です。

人事制度の世界には、さまざまな評価がなされてきた「成果主義」をはじめとして、時代時代で支持されてきた多くの思想や枠組みがあります。コンピテンシー、目標管理制度といったしくみもその一つでしょう。「人事制度に絶対解はない」という立場に立てば、ある一定頻度での制度変更も必然ではあります。しかし、個々の組織が目指す姿を実現するための手段として人事制度を位置づけるのであれば、人材マネジメントの考え方の根幹に関わるような制度改定は、そんなに頻回には行われないはずです(組織が目指す姿や事業ドメインがガラッと様変わりしたというのであれば別ですが)。

人材マネジメントは、さまざまなサブシステムの結合体として機能するものです。にもかかわらず、人事部門主導の人事諸施策の検討において、評価制度、賃金制度、教育体系といった個々のサブシステムの議論に終始して、これらの核をなす「目指す人材像」があいまいであったり、システム全体の「整合性」が意識されていなかったりするケースが多く見られます。

多くの組織では、挑戦、創造、革新、グローバル、成長といった華やかな文言で彩られた「目指す人材像」が示されていますが、重要なことは、これらの言葉の「自組織における意味」を十分に吟味し、人材マネジメントシステムのすべてを貫く基本的な考え方として定着させることです。

さまざまな組織で「目指す人材像」について一緒に考えさせていただくのですが、従業員から聞こえてくるのは、「我々の仕事は決まったことをきっちりやることであり、ミスを起こさないことが最優先だ」「挑戦だの、創造だのいわれても、我々の仕事ではピンとこない」といった冷ややかな声であったりします。

確かに、ビジネスの領域、職種によっては、「挑戦」や「創造」よりも、地道で安定的かつ継続的な熟練技能の発揮や、目立たない努力や小さな工夫を通じて組織に貢献することが求められる組織もあります。このような組織においては、キャッチーなフレーズや自組織の存在意義といった概念的な要素のみから「創造」された、エレガントなスローガンを掲げてみても、従業員には全く響くことはありませんし、組織は何も変わりません。

今組織に求められること

「我々の組織ではどのような人材が必要とされているのか」

「それらの人材が安定的かつ継続的に育成されているか」

「目指す人材像を体現した社員が報われるような人材マネジメントが実践されているか」

今日の組織での人材マネジメントに求められているのは、これらの問いへの明確な答えです。

ある組織では、さまざまな従業員に期待する「挑戦」や「創造」について、現場の声を聞き、トップを巻き込んだ徹底的な議論を行い、組織内に具体的な行動事例として示しています。さらに、人材マネジメントのキーワードに「地道な努力への賞賛」を加え、これらを人材マネジメントにおける「絶対的な価値判断基準」として、関連する人材マネジメントシステムの再構築に取り組み始めています。

社員は、経営層が考えている以上に、自組織の人材マネジメントに対して的確で鋭い感性を持っています。組織としての力を発揮するということは、理論が述べているほど単純明快なことではありません。「経営層の想いや覚悟の表れであり、継続的な泥臭い取り組みである」。こういってしまうと、やや情緒的に聞こえるかもしれませんが、実際の人材マネジメントは、理屈のみでは語れない多くの要素によって成り立っています。組織が大切にしている「メッセージ」が従業員に明快に、かつ、日常的に示されることにより、従業員が自ら考え、動いている組織が現実にあるのです。そこでは、分厚いマニュアルも不要、頻繁で些末な制度改正も不要な人材マネジメントが行われています。

以前お会いした、ある組織の管理部門のリーダーはこうおっしゃいました。

「われわれが採用した従業員はみんないい人ですから。任せています」

まさにこれがこの組織の強さの源泉だと感じました。

今一度、自組織の「目指す人材像」はお題目になっていないか、また「目指す人材像」と「人材マネジメントのしくみ」の整合性はとれているかについて検証してみるべきではないでしょうか。