事例・コラム
問題提起: はじめに
少し前のことですが、新聞報道などで次のような記事を目にしました。それは、ある企業の製造所において、クレーンの定期自主検査(荷重試験)が実施されていなかったことから、厚生労働省が技能実習生の新規受け入れを停止し、併せて安全対策義務違反として罰金を科した、という記事です。
一見すると、これはその企業の点検の怠慢や法令違反といった出来事のように見えるかもしれません。しかし、実際にはもっと根深い問題が潜んでいます。それは、点検は行われていなかったのではなく、“行われたことにされていた”のです。そう、形式だけが残り、実態が失われるという「形骸化が常態化」していたのです。果たして、こうしたケースは、この会社だけの問題でしょうか。
この10年を振り返ると、思わず「どうしてしまったのか」と嘆きたくなる日本企業による不祥事が少なくありません。品質や安全に関する記録が、実態とは異なる内容で作成・提出される事例は、決して一部の企業に限られた話ではないのです。たとえば、免震・制振装置や航空部品、建材など、安全性や耐久性などの性能試験が重要な業界で、基準を満たさないデータを「見栄えよく」修正したうえで出荷していたとの報告もありました。はたまた、完成検査や中間検査でも、本来は資格を持つ検査員が行うべき工程を、現場の都合で無資格者が代行し、正規の手順を経たかのようにデータを整える運用は、決して簡単に忘れられるものではありません。
これらの行為は、単なる倫理上の逸脱ではありません。制度が機能しているように見えても、その裏で“形を整えること”そのものが目的化してしまう構造の表れです。これらの事例は、規模や業界に関係なく、『報告』と『実行』のあいだに大きなズレが生まれやすいことを示しています。
こうした不祥事の背景には、「人は常に合理的に動くはずだ」という前提を疑わない制度設計と、「まずは進めろ」といった現場文化があります。しかし、事故は例外や個人の怠慢によって起きるわけではありません。むしろ、私たちが日常的に陥りやすい“よくある行動のクセ”が積み重なった結果だと考えるべきです。
人は合理的であろうとしながらも、つい先延ばしにしてしまう、見て見ぬふりをしてしまう、まわりの空気に合わせて動いてしまう。そんな、ごく普通の“人間らしい行動”が、気づけば不正や事故へとつながってしまうこともあるのです。
この記事では、「非合理性」「ヒューマンエラー」「ノーマル・アクシデント理論(NAT)」「高信頼性組織(HRO)」「ナッジ理論」といった視点をもとに、どうして人や組織はミスを繰り返すのか、そしてその連鎖をどうすれば断ち切れるのかを、一緒に考えてみたいと思います。
人はなぜ“合理的に動けない”のでしょうか?──非合理性の理解から始めてみましょう
私たちは「ちゃんと考えて行動しているつもり」でも、実際には感情や慣習、周囲の空気に影響されていることが少なくありません。行動経済学では、こうした傾向を「非合理性」と呼びます。代表的な理論として、ハーバート・サイモンの「制限合理性」や、ダニエル・カーネマンによる「ヒューリスティクス」の研究があります。
もともと「人は合理的に動く」という前提が制度のなかで使われてきたのは、その方が計画が立てやすく、責任の所在も明確にしやすいからです。しかし、現実はそんなに単純ではありません。人は時に、不安や思い込み、忙しさ、まわりの雰囲気に影響されて判断を間違えてしまいます。だからこそ、制度やルールを「合理的に動く人」に合わせて設計してしまうと、知らないうちに「やっているふり」や「空気に従う」文化が定着してしまうのです。
ここで一度立ち止まって考えてみたいのは、「人は合理的に動くはずだ」という前提の危うさです。多くの制度は、『人間は間違いを認識し、自ら正す能力を備えている』という期待を前提に設計されています。つまり、ミスが起きても、関係者がその誤りに気づき、責任をもって訂正し、報告するものだという見立てがあるのです。ところが現実には、人は誤りに気づかないこともあれば、気づいていてもそれを口に出せない空気や仕組みに縛られていることも多くあります。その結果、間違いが見過ごされたり、報告が後回しにされたりすることが組織の中で常態化していきます。
このような制度の前提にある考え方が、実際の人間の行動とズレているために、『やっていること』と『やっていることになっていること』が混同され、不祥事を生む温床となっているのです。
たとえば、「とにかく期限が迫っているから」「今までもそれで回ってきたから」「ここで立ち止まるのは、周りに迷惑だと思われるかも」といった声にならないプレッシャー。誰もが不安を感じながらも、何となく“前に進めること”が優先されてしまう。そんな経験は、決して特別な職場に限ったことではないでしょう。そこでは、「人は常に合理的に判断できる」という制度の前提と、「多少の違和感は飲み込め」という現場の文化が、無自覚のまま絡み合っています。制度は『点検すれば問題は起きない』『報告すれば足りる』という前提で設計され、人が規則通りに動くことを当然視する仕組みになっているのです。
一方、現場では「とにかく止めずに流す」ことが求められ、実施の質よりも「済んだこと」にすることが優先されがちです。本来は安全や品質を守るための工程も、いつの間にか「チェックをするための儀式」に変わってしまう。そうして、実態と報告書との間に少しずつずれが生まれ、それが常態化してしまうのです。
「ちゃんとやってるか?」ではなく、「ちゃんとやったことになっているか?」が問われる組織。そんな構造が、気づかぬうちに私たちの足元に広がっているのかもしれません。
自主検査が形骸化する構造─意味の希薄化とナラティブ、そしてヒューマンエラー
自主検査が形骸化してしまう背景には、いくつかの認知的・文化的・構造的な要因が重なっています。第一に挙げられるのは、「点検行為の意味が薄れている」ことです。本来は安全を確保するための重要な活動である点検が、「やること自体が目的」「とにかく記録を残すだけの事務作業」として認識されるようになると、その本質的意義が見失われてしまいます。
次に、“意味の希薄化”が進むことで、現場で語られる物語、つまりナラティブ(narrative)も変質していきます。「問題が起きたことがないから大丈夫」「帳尻さえ合えばよい」「誰も怒られなければそれでいい」といった語りが共有されると、点検という行為そのものが“安全をつくるためのもの”ではなく、“形式的な習慣”として定着してしまいます。
ナラティブとは「語り」や「物語」を意味し、心理学者ジェローム・ブルーナーによると、人は出来事を物語として理解し、意味づける存在なのです。組織においても、「なぜそれをするのか」という本来の目的を語るナラティブは、人の行動を方向づける大切な力を持っています。
その語りが「これは昔からこうしている」「とにかく前に進め」といった表面的なものに変質してしまうと、行動の意味は薄れ、やがて形式だけが残るようになります。点検や報告も、目的のために行うのではなく、「やったことにするための作業」に変わってしまうのです。
だからこそ、組織がどんな語りを共有しているか、そしてその語りが本来の目的を語り続けているかどうかが、組織の健全な文化を根底から支える鍵になるのです。
加えて、このような現場の感覚の背後には「心理的距離(psychological distance)」という認知的な働きも影響しています。
心理的距離とは、ある出来事や対象が自分にとって「どれだけ遠く感じられるか」を示す概念で、社会心理学者トロープとリーバーマンによって提唱されました。文字通り、物理的な距離だけでなく、時間的、社会的、仮定的な隔たりも含まれます。この距離が大きいと、人は物事を抽象的に捉え、関心や危機感が薄れやすくなります。たとえば、安全点検も「自分には関係ない」「今すぐの話じゃない」と感じると、行動の優先順位が下がってしまうのです。心理的距離を意識することは、日常のリスクを“自分ごと”として捉えるうえでとても重要です。
つまり、事故やリスクが“自分ごと”として捉えられない場合、人はそれに対する行動の優先度を下げてしまいます。「遠くで起きること」「自分には関係ないこと」として認識されると、点検の必要性が実感されず、行為がなおさら形骸化してしまうのです。
では、このような“意味の喪失”や“語りの変質”が起きた結果、どのようにして事故を防げない組織になっていくのでしょうか。次に、そうした状況下でミスがどのように見過ごされ、拡大していくのかを構造的に示す視点として、スイスチーズモデルを紹介します。
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後半では人の弱さを武器に変える、強い組織が最後にたどり着く答えを解説します。
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スイスチーズモデル
ヒューマンエラーという言葉を耳にすると、多くの人は「誰かのミスだったんだろう」と考えてしまいます。しかし、エラーというのは個人の失敗だけでなく、仕組みや環境が影響して起きることがとても多いのです。イギリスの心理学者ジェームズ・リーズンが提唱した「スイスチーズモデル」は、そんなヒューマンエラーの本質をわかりやすく示しています。
このモデルでは、制度、教育、マニュアル、現場判断など、組織の安全を守る仕組みを“スイスチーズのスライス”に例えています。
それぞれの層は本来、事故を防ぐ“壁”なのですが、どの層(スライスされたスイスチーズ)にも穴があいていて、そこからエラーが漏れてしまうことがあるというのです。
ふだんは、どこかの層でエラーが食い止められるので、事故には至りません。しかし、複数の層で穴が偶然にも一直線に並んでしまうと、そのまま事故につながってしまいます。
つまり、「人が間違えたから」ではなく、「なぜ仕組みとして止められなかったのか」という視点で考えることが、とても大切なのです。
そう考えると、自主検査の形骸化も「チェックができていない」のではなく、「チェックが通ったように見せかけてしまう構造」があったのかもしれません。その構造とは、例えば作業の多忙さや、人員不足、検査の記録の形式主義、周囲との同調圧力といったものです。
こうした視点を持つと、「やったことにする」「形だけで済ませる」という日常の行動が、いかに危ういものかが見えてきます。
事故は避けられない?──ノーマル・アクシデント理論(NAT)とは
ここまで見てきたように、不正は単なる個人の行為ではなく、意味の喪失や構造的な欠陥によって生まれます。では、どのようにすればよいのでしょうか?
その問いに対して厳しく現実を突きつけるのが、「ノーマル・アクシデント理論(Normal Accident Theory:NAT)」です。
これは、アメリカの社会学者チャールズ・ペローによって提唱された理論で、「複雑で相互依存性の高いシステムでは、事故は避けられない」とするものです。原子力発電所や航空交通、金融インフラといった高度に複雑なシステムでは、小さなミスや予期せぬ事象が連鎖し、重大事故へとつながってしまいます。この理論は、スイスチーズモデルとも呼応しますが、より悲観的な現実を示します。つまり、「すべての穴をふさぐことはできない」。
だからこそ、事故を“完全に防ぐ”のではなく、“起きても被害が最小限で済む”ように備える姿勢が求められるのです。
ここから私たちが学ぶべきは、空想の前提ではなく、「人の不完全さを許容し、それを是正できる組織設計」を意識することです。言い換えるならば、人や組織の不完全性を受け入れ、その不完全性を補う方法を考え、実行することです。
それでも事故を防ぐ組織──HRO(高信頼性組織)が示す希望
そんな中でも、極限まで事故を防ぐことに成功している組織があります。それが「高信頼性組織(High Reliability Organization:HRO)」です。
この概念は、1980年代後半にアメリカの組織研究者カール・ワイクとキャス・サトクリフらによって体系化されました。彼らは、事故が致命的な結果につながる現場、たとえば原子力発電所、航空母艦、ICU(集中治療室)などにおいて、例外的に事故を起こさずに高い安全性を維持している組織を綿密に観察しました。
その結果、事故を防ぎ続けている組織には、いくつかの共通した行動原則が存在することが明らかになりました。HROとは、原子力発電所、航空管制、ICUなど、事故が許されない現場で培われてきた組織のあり方で、次の5つの原則を持っています。
- 小さな異常への過敏さ(Preoccupation with Failure)
- 単純化への抵抗(Reluctance to Simplify)
- 現場感覚への鋭敏さ(Sensitivity to Operations)
- 回復力の重視(Commitment to Resilience)
- 専門性の尊重と柔軟な権限移譲(Deference to Expertise)
これらの原則が有効なのは、いずれも「ミスを前提とした柔軟で注意深い行動」を促すからです。
たとえば、小さな異常への過敏さは“兆し”を見逃さず、単純化への抵抗は思い込みによる判断ミスを防ぎます。現場感覚への鋭敏さは実態とズレた意思決定を防ぎ、回復力は失敗を糧に前に進む力となります。そして、専門性の尊重は“現場に最も詳しい人”が最良の判断を下せる体制を支えます。
つまり、HROの5つの原則は、組織としての文化や構造を支える土台です。
小さな異常に敏感であること、単純化を避けること、現場感覚を大切にすること。これらは、組織が事故を未然に防ぐための「あり方」を示しています。しかし、このような原則を掲げるだけでは、現場での具体的な行動には結びつきにくいという課題があります。大切なのは、こうした理念を、現場の一人ひとりの「ふだんの行動」にどう落とし込むかということです。
そこで有効なのが、「ナッジ(nudge)」の考え方です。ナッジとは、人間がつい忘れてしまう、迷ってしまう、面倒に感じてしまうといった“非合理な部分”を前提にした、行動のきっかけの設計です。
たとえば、報告率を上げるために「90%の職員がすでに提出しています」と伝える、注意喚起のために足元に目立つ色を使うなど、ちょっとした工夫で行動が自然と望ましい方向へと導かれるのです。
HROが「どんな組織でありたいか」を示すものであるなら、ナッジは「その姿に近づくために、すぐに何ができるか」を支える実践的なツールなのです。(これも1つの対処方法に過ぎないのですが…)
理念と現実の間を橋渡しするために、両者は補完的に機能します。
やらせるのではなく、やってしまう──ナッジ理論の力
私たちが行動するとき、その多くは「よく考えて」決めているわけではありません。ほんの些細なきっかけや、目にした順番、声のかけ方によって、することが決まってしまうことがよくあります。そうした“ちょっとした工夫”で、人の行動を自然に望ましい方向へ導く仕掛けのことをナッジといいます。この考え方は、アメリカの経済学者リチャード・セイラーと法学者キャス・サンスティーンによって提唱されました。彼らの著書『実践 行動経済学(Nudge)』では、「自由を残しながらも行動をそっと誘導する方法」が数多く紹介されています。
ナッジが効果を発揮するのは、「わかっているけど、ついやらない」場面です。
たとえば、「手洗いをしましょう」と言うだけでは不十分でも、「この病棟の職員の90%が手洗いをしています」と書かれたポスターを貼ると、手洗い率がぐんと上がるといった事例があります。これは、「みんながやっているなら、自分もやったほうがいい」と思ってしまう、人の心のはたらきによるものです。
私たちは、多くの人が取っている行動を目にすると、それが正しいことのように感じ、つい同じように行動してしまう傾向があります。
こうした心理は「社会的証明」と呼ばれ、人の行動に大きな影響を与えるのです。
他にも、「健康的な飲み物を目線の高さに置く」ことで、無意識の選択をより健康的な方向へと導くような工夫もナッジの一例です。
ナッジは、決して「強制」ではありません。選択肢はそのままにしておきながら、ほんの少し背中を押す。その結果として、望ましい行動が“気づけばとれていた”という状態をつくることができるのです。
これは、事故防止や報告促進など、安全管理の現場でも非常に有効です。「報告書を出してください」と言うより、「90%の人がすでに提出済みです」と書いたり、「提出箱を入口のすぐ横に置く」といった、ほんの小さな工夫で、人の行動は大きく変わります。
ナッジは、人間が常に合理的に行動するわけではない、という前提に立った設計思想とも言えます。
ミスを責めるのではなく、「どうすれば自然に防げるか」を考えることこそ、組織の信頼性を高める鍵になるのです。
捨てるべき組織観と、私たち一人ひとりの変化
人間らしさを前提に設計された仕組み。それこそが、これからの安全でしなやかな組織のあり方と考えた時、私たちは、まず「古い組織観」を手放す必要があります。 以下の4つの観点は、事故や不正を構造的に生み出す“前提”となってきたものです。
こうした考え方を捨てるには、組織全体の改革だけでなく、私たち一人ひとりの“見方”と“行動”の変化が必要です。
- 失敗を“恥”ではなく“学び”と捉える姿勢
自分もミスをする存在だと認め、不都合な出来事の共有を恐れない。面子から自由になる。 - 受け身をやめ、現場の気づきを発信する行動
違和感や変化に気づいたら、声をあげることをためらわない。空気に対し鈍感になる。 - 手段の丁寧さやプロセスの正しさに誇りを持つ
すぐに結果が出ないことの価値こそ大切にする。心理的距離を整える。 - “誰のせい”より“なぜ起きたか”を問う思考
問題の背景や構造に目を向け、責任ではなく再発防止を重視する。
こうした一人ひとりの変化が、やがて組織全体の空気を変えていくのです。
結論:人の“弱さ”にやさしい仕組みが、強い組織をつくる
不祥事や事故、エラーを「誰かのせい」にしてしまうと、その人を責めるだけで終わってしまい、本当の原因にたどり着けなくなります。それだけでなく、職場の雰囲気が悪くなり、報告や提案が出にくくなってしまうという“副作用”も生まれてしまいます。だからこそ大切なのは、「人はミスをするものだ」という前提に立ち、それでも安心して働けるような仕組みを組織の中に作っていくことです。
つまり、人のちょっとした迷いや不注意、感情の揺れをどうやって“組織として包み込むか”。そして、そうしたミスがあっても大ごとにならないように、あらかじめ仕組みを作っておく。これがエラートレランス(ミスがあっても機能し続ける力)やエラーレジスタンス(ミスが起きにくい設計)の考え方です。
HROは、まさにこのエラートレランスの文化と構造を磨き上げた組織の姿です。そしてナッジは、私たちがミスをしないように、そっと背中を押してくれる“デザイン”の工夫です。
人の弱さを否定するのではなく、その弱さを織り込んだ仕組み。それこそが、健全を維持するためのしなやかさを有した組織を育てる秘訣なのではないでしょうか。

