【特別対談】管理職の役割を問い直す 坂爪洋美 法政大学 教授 × 原義忠 産業能率大学 主席研究員

【特別対談】管理職の役割を問い直す 坂爪洋美 法政大学 教授 × 原義忠 産業能率大学 主席研究員

管理職が能力を発揮して活躍し、組織を活性化させていくために、いま何が求められているのでしょうか。
管理職が置かれている環境がどのように変わってきたのかそれに伴って管理職の役割はどう変化しているのかそして人事部門はどう関与すべきなのか、法政大学の坂爪洋美教授と産業能率大学の原義忠主席研究員にお話を伺いました。

プロフィール

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

坂爪 洋美 氏

慶應義塾大学文学部卒業後、リクルート勤務を経て慶應義塾大学経営管理研究科博士課程単位取得退学。博士(経営学)。和光大学を経て2015年4月から現職。専門は人的資源管理・組織行動論。近著に『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』(中央経済社、共著)、「管理職の役割の変化とその課題―文献レビューによる検討」(日本労働研究雑誌、単著)などがある。

坂爪 洋美 氏

学校法人 産業能率大学
経営管理研究所 人事・マネジメント研究センター 主席研究員

原 義忠 氏

公的組織で12年余り勤務した後、コンサルティング会社のマネジャーとして人事領域のコンサルテーションに従事。2010年に産業能率大学総合研究所に入職し、マネジメントに関する研修・セミナーの講師や人事領域の制度設計、運用支援に従事。

原 義忠 氏

対談イベントの様子(ダイジェスト)

管理職が管理業務に割ける時間は多くない

――管理職に求められる役割について、近年の変化をどう見ていますか。

坂爪 洋美 氏

まず、管理職が置かれている現状について整理しておきましょう。
課題の一つは、管理職と呼ばれながら「管理」に割く時間が十分に取れていないことです。私が2020年に課長クラスの管理職1061名を対象として実施した調査では、管理職の仕事時間の内訳について、実際と理想を尋ねました(下図)。その結果、予算管理・職場管理・人事管理等の管理業務に充てられている時間は27.5%、部下の指導・育成に充てられている時間は11.8%にとどまりました。実際と理想を比較すると、管理業務と部下育成にもっと時間をかけたい意向があることが分かります。
産業能率大学が上場企業に勤務する課長クラスを対象として定期的に行っている「上場企業の課長に関する実態調査」を見ると、ほとんどの管理職がプレイヤーとしての仕事をしていることも分かります。2021年の調査では「プレイヤーとしての仕事をしていない」という回答は0.5%にすぎませんでした。管理職がプレイヤー業務も担うことでより良いマネージメントが可能になるという考え方もありますが、そのために管理業務に集中し切れていないとすれば、人事部門は課題として認識する必要があるでしょう。

管理職の仕事時間の内訳 実際と理想

私は研修で管理職の方々と直接お話しする機会が多いのですが、役割に対して迷いがあるように感じています。「プレイングマネジャー」という言葉が一般化していますが、プレイヤーとしての仕事がメインの「マネジングプレイヤー」になっている人も少なくないのが実態です。そのようなケースでは、「マネジャー業務ができなくても仕方がない」と諦めざるを得なくなっているのではないでしょうか。

原 義忠 氏

職場の多様化が進み管理職の業務は高度化の一途

坂爪 洋美 氏

神戸大学の金井壽宏名誉教授は、リーダーの行動を「人間志向」「タスク志向」の2つに分け、人間志向のリーダー行動を「配慮」「信頼蓄積」「育成」「コンフリクト・マネジメント」、タスク志向のリーダー行動を「達成圧力」「戦略的課題の提示」「緊張醸成」「モデリング促進」「方針伝達」と整理されています。
これをもとに管理職の役割について考えると、近年大きく変化しているものがあることに気づきます。例えば「配慮」について言えば、管理職は部下を「個」人として尊重するのはもちろん、育児や介護といった仕事以外の側面も理解することが求められるようになりました。「育成」については、従来は「いまの部門の仕事をしていくために部下を育てる」という意識でよかったわけですが、現在では部下のキャリア志向を理解し未来を見据えた育成が求められるようになっています。
また「コンフリクト・マネジメント」についても、「個」が重視され部下の意思表明の場面が増える中でさまざまな衝突も増加し、そのマネジメントの負担は増していると考えられます。「緊張醸成」においては、なあなあにならないよう緊張関係をつくることとハラスメントが生じないようにすることを両立する、難易度の高いマネジメントが求められるようになっています。「方針伝達」では、多様性が高まる職場においてメンバーの方向性がバラバラにならないよう、これまで以上に職場の方針を丁寧に伝えていくことが必要になっていると言えるでしょう。

心配なのは、管理職の心身の疲弊です。私がご支援している企業では、管理職との面談場面で涙をうかべる方もいます。それがひとりやふたりではありません。思い詰めている管理職が増えている印象です。安易な兼務が増えたり、プレイヤーとなる部下の数が増えない中で担当職務が増えたりする一方で、坂爪先生がおっしゃるように管理職の役割が高度化し、過大な要求が続くことも珍しくありません。管理職は長時間労働になりがちで、心理的安全性の低下も懸念されます。

原 義忠 氏

管理職に求められる役割が変化する流れは今後も変わらない

坂爪 洋美 氏

少子高齢化で労働力人口が減少する中、人手不足を補うために働く人の属性がより多様化することは間違いありません。リモートワークや短時間勤務のように、働き方の多様性も高まるでしょう。部下の価値観はますます多様化し、管理職には個々の部下への一対一の対応が求められるようになります。
また、働き方改革や男性の育児休業取得促進、ハラスメントへの対応などもあり、限られた時間の中で仕事以外の側面を考慮した高度なコミュニケーションも要求されるでしょう。さらにキャリア自律という流れの中、個人の意思を細かく汲む力も必要です。
管理職に求められる役割の変化やスキルの高度化の流れは今後も変わらないでしょう。管理職が担う役割について、優先順位を考えていく必要もあるように思います。

部下の期待の変化を知り、アンコンシャス・バイアスも意識を

――役割の変化に伴い、これからの管理職に求められる行動のポイントを教えてください。

管理職の方々が育ってきた時代との違いを知っておく必要があるでしょう。産業能率大学の「2023年度 新入社員の理想の上司」調査によれば、理想の上司像として最も回答割合が高かったのは「細かくサポートしてくれる」、次いで「常に部下を気に留めてくれる」です。一方、「厳しく指導してくれる」「ミスをかばってくれる」「残業をさせない」といった項目は回答割合が低くなっています。どのような行動が求められているのか、部下からの期待を定義することから始めたほうがいいかもしれません。

原 義忠 氏
坂爪 洋美 氏

部下マネジメントを行う上で求められるスキルは変化していますから、アップデートしていくことが必要です。そのためにはアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を意識することが求められます。経験に基づく「部下とはこういうものだ」という思い込みが、間違っているかもしれません。
分かりやすい例をあげれば、昔なら部下は年下なのが当たり前でしたが、今は年上の部下を持つことも珍しくありません。女性が少ない職場で長く働いた人にとっては、女性を部下に持つことが想定外ということもあるでしょう。
部下についての思い込みにとらわれないためにも、生じている変化に目を向けましょう。
例えば管理職は「部下はずっとこの会社にいるだろう」と考えがちですが、「ここで働く意義が薄ければ別の会社に移ってもいい」という人が若手を中心に増えています。人手不足の中、転職が珍しくなくなっていることは意識しておくべきでしょう。また、かつては「阿吽の呼吸」や「背中で語る上司」が上司の理想形とされましたが、今は言語で伝えることの価値が非常に高くなっています。「あえて伝えなくても分かってほしい」は通じません。加えて、働く人の多様性が高まる中、部下を一括りに同じような存在と捉えるのではなく、一人一人に向き合う必要性も高まっています。

リーダーシップの質を高めることを目指し、行動要素を考える

このような難しい状況の中、管理職がマネジメントをレベルアップするためにどのように行動を変えていくべきかを考えるヒントになるのが「リーダー行動の構成要素」(下図)です。管理職の行動は「スタイル」「環境」「役割」の3つの要素に分けて考えることができます。
まず、自分のリーダーシップのスタイルをつかみましょう。「成果・タスク志向」が強いのか、「対人関係・配慮志向」が強いのかを客観的に把握することが必要です。
環境については「変化」がキーワードです。坂爪先生が指摘されている通り、管理職を取り巻く外部環境は大きく変化し続けています。それを正しく理解し受け入れることが求められます。そして今回の対談のテーマでもあるのが、管理職の役割です。普遍的なものとして「目標達成のマネジメント」「職場の問題解決」「メンバーの指導・育成」「活力ある職場づくり」があります。
管理職はこの枠組みに基づき、自分のスタイルと向き合い、環境変化に対応しながら、役割を認識した上で「自分がこの場で何をするのが望ましいか」を見出していくことが求められるでしょう。それがリーダー行動の質の向上をもたらすのだと思います。

原 義忠 氏
リーダー行動の構成要素
坂爪 洋美 氏

管理職に求められるマネジメントのアップデートのポイントとして、「聞く」&「魅力を伝える・未来を示す」こともあげられます。
聞く力は時代を問わず重要ですが、いま特に注力すべきは「何かあれば部下が自分に話しかけてくる関係性をどうつくるか」です。加えてこれからの管理職には、「部下に伝わる言葉で、どのように仕事の意義を発信し方向性を示していくか」も非常に大事。「聞く」「話す」の双方が求められていることを強調したいと思います。

マネジメントスタイルを振り返る場をつくる

――人事部門は管理職の役割変化に対してどう関与すべきでしょうか。

坂爪 洋美 氏

管理職が自らのマネジメントスタイルを振り返る機会を提供することです。
管理職になるのはその職場で結果を出してきた人が多く、そのような人は自分なりのマネジメントスタイルを確立しているケースが多いでしょう。世の中が変わったのだと言われても、「自分なりの勝ちパターン」として身についているものを変えるのは簡単ではありません。マネジメントスタイルを変えればパフォーマンスが落ちるのではという恐怖も感じるでしょう。
外部機関と連携して信頼できるコーチを管理職に紹介する仕組みなどがあると良いですが、上級管理職にコーチ役を依頼したり、あるいは人事部門がその役割を担ったりすることも検討してみてください。

管理職の重要性をいかに可視化するか

――マネジメントを見直す機会の提供のほかに、人事部門がすべきことを具体的にお聞かせください。

坂爪 洋美 氏

まず考えなければならないのは、「管理職は重要な存在だ」ということが管理職に伝わっているかどうかです。
役割やスキルの高度化を考えると、管理職が割に合わない仕事になりつつあるようにも思います。給与水準や教育機会が十分であるかを見直すことが必要でしょう。
「今の若手は管理職になりたがらない」という話を聞くことは少なくありませんが、いつの時代も管理職になりたくない若者は一定数います。それでも従来は横並びで管理職になるのが当たり前でしたから、同期が管理職になれば「自分も管理職ぐらいならなければ」という気持ちになり、会社が「管理職を選抜できる仕組み」も成り立っていたと言えます。しかし今後はジョブ型雇用の拡大などにより、同期が管理職になることがプレッシャーとして働かなくなる可能性もあります。
人事部門は、管理職になりたい人を増やしていくことも大事ですが、管理職にならない場合に会社でどう活躍していけるのか、キャリアモデルを見せていくことが重要になってくるでしょう。管理職になりたくない人からすれば、先々のキャリアが見えない状況は会社を辞める理由に結びつきやすいからです。

さまざまな会社の施策を見ていると、中堅社員や若手社員には教育などの投資が行われているのに対し、管理職への投資は手薄になっているように思います。実際、管理職の人の中には「自分たちだけが損している」と感じている人もいますし、さらに言えば「自分は部下から気の毒だと思われている」と認識している人もいる状況です。そのような管理職が引っ張っている組織では、活性化するはずもありません。「管理職になりたくない問題」は負のスパイラルを描いているとも言えます。人事部門は、これをどこかで断ち切らなければならないでしょう。

原 義忠 氏

管理職の選抜基準も見直すタイミング

坂爪 洋美 氏

私は多くの管理職の方にインタビューを重ねていますが、管理職の魅力について尋ねると、言葉に詰まった後で「部下の成長でしょうか」とお話しされる人が非常に多いのです。本来であれば管理職はさまざまな裁量があり、高度な業務を通じて自分の力を高めることもできるなど多くの魅力があるはずです。ところが、それを覆い尽くす大変さによって、管理職の魅力が見えにくくなっているのだと思います。
管理職自身が自分の仕事に誇りを持てるようにすることはもちろん、会社がより良い管理職を選抜できる状況を作るという意味でも、「管理職の魅力を語れる管理職」をつくることが重要でしょう。
今後は年齢構成のボリュームゾーンを占める管理職が役職定年を迎え、一気に管理職の若返りが始まると予想されます。これまでにお話ししてきたように管理職の役割が変化してきていることをふまえれば、人事部門は「求められる役割を果たせる人材を登用する」ということを考えてはどうでしょうか。従来、管理職への登用は、仕事の成功の報酬として行われてきた面もあるでしょう。しかし「頑張ってきたから」「そろそろ年齢的にも」といった理由で登用された管理職による時代に合わないマネジメントが、若手の退職につながっている可能性もあります。今こそ、求められる役割にフィットする人材を選抜できるよう基準を見直すタイミングかもしれません。

(2023年7月19日取材・撮影)
※掲載している内容は、取材当時のものです。

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