不確実性のマネジメント【全3回】
第3回 DXを味方につけ不確実性に価値を示す

不確実性のマネジメント【全3回】第3回 DXを味方につけ不確実性に価値を示す

不確実性のマネジメント3回シリーズも今回で最終回となります。本シリーズの第1回では企業の「変革行動」を、第2回では、「感知」を組織能力にしていく必要性をご紹介しました。流れを整理すると、環境の激変時において、企業は定常時のルーチンとは異なる「変革行動」を起こします。まず行動することで、新たな事業機会を「感知」するのです。ただし、このとき「感知」する主体は、企業という組織体ではなく、変革行動の現場にいる社員一人ひとりです。企業は生き残りをかけて、個々の社員が感知した事業機会を、現場の問題解決に留めず、企業のあり方そのものの「変容」に繋げていくことが求められます。
最終回の本稿では、企業の変容を促進する駆動力という観点から、今、話題のDX(デジタル・トランスフォーメーション)をご紹介します。

DX時代 1に社会から期待される、今までにない価値提案

コロナ禍により大きな打撃を受けた業界の一つに百貨店があります。百貨店は質の高い品揃えだけでなく、来店客一人ひとりに対する丁寧な接客が、他の小売業の優位に立つ要因でした。しかし、不要不急の対面接触を避けなければならないコロナ禍では、この丁寧な接客対応は逆に不利な要因となっています(百貨店は、顧客層に高齢者が多いという事情もあります)。

百貨店ではこの現状を打破するために積極的にデジタル技術を活用しています。ECサイト(Electronic Commerce site:インターネット上で商品販売するWEBサイト)の強化に加え、非対面サービスを充実させるために、専用アプリを開発し、チャットや動画を通じた接客を強化しています2
これはデジタル技術を活用した新たな価値提案と言えるでしょう。しかし、小売市場において巨大な総合ECサイトが革新的なサービスを提供している今日、この取り組みだけでは十分とは言えないかもしれません。接客中心の小売業態がなくなることはないにせよ、百貨店の持続的な発展のためには、次の時代に通用する、新たな価値を社会に提案する必要がありそうです。

このような中、店舗に商品があるのにその場では「売らない店」づくりを推進している百貨店があります3この百貨店はD2C(Direct to Consumer:消費者とダイレクトに取引する販売方法)と呼ばれるネット通販企業と手を組み、物販から体験型店舗への転換を進めています。店舗で提供されるのは、商品やサービスではなく、顧客との交流の場です。ネット直販が容易になればなるほど、顧客と交流できるリアルの場の価値は非常に大きくなっています。商品に対する反応を直接収集し、商品開発に生かすことができるからです。このような体験型店舗はネットとリアルのつなぎ役になり、両者に共存共栄をもたらします。社会の期待に応え得る、新たな価値提案と言えそうです。

「変容」4は「問題解決」では実現しない

日本の伝統企業の多くが、社会に期待される価値をなかなか具現化できていないのは、企業そのものの自己変革が十分ではないからです。そして自己変革でカギを握るのは、企業のあり方をその土台から「変容」することです。しかし、日本の伝統企業の多くが「変容」ではなく、現状の延長線上にある「問題解決」に陥っています。「問題解決」では部分的な改善は期待できますが、総じて現状維持に留まります。

小売業における「売上低迷」を、解決すべき「問題」とするならば、関係部署でできること(例:EC商品の拡充、オンラインツールの活用)を洗い出し、「全社一丸」となって問題に対処しようとするでしょう。新たなアイデアを試す際は、既存の諸制度や仕組みを変えず、運用方法や手順を変えて対処します。
一方の「変容」 では、自らの組織文化からすると異物であり、目の前の「問題」とは一見親和性がないと思われるデータやデジタル技術を積極的に自組織に取り込みます。そのためには、既存の経営資源を再構成、再配置したり、再利用できるようにすることが求められます5

前述の体験型店舗を例にとり考えてみましょう。サービスや商品購入(価値交換)の場がD2C企業のECサイトに移行するため、店舗では人が販売に費やしていた労力が不要になり、その労力を購入前の顧客行動データの収集に向けることができます。その際、データをリアルタイムかつ大量に収集し蓄積することが重要になりますが、店員にできることは限られます。顧客との対話内容(例:商品への期待)はデータのごく一部です。そのため、AIカメラを含む各種センサーを活用し、情報収集を行います。顧客行動データの収集を中心に店舗設計や業務プロセスの見直しを進めるのです6

自由な設計思想を手に入れる

日本の伝統企業において、異質なものを取り入れ「変容」を実現するには、ITや人材という経営資源に対する見方や考え方を変える必要があります。 ITの領域では、ITを各社固有の業務に合わせて基幹システムが開発されてきました。そして、全体最適を意識せず場当たり的に機能を拡張させたため、システム全体が複雑化、ブラックボックス化している現状が問題視されています7。そのため、モジュラー型(構成の組み合わせ型)の敏捷なシステムへの置き換えが求められています。

各社の人材の領域でも同様に、モジュラー型への移行を検討する必要があるかもしれません。これまで人材をとらえる観点は、「職能」や「職場」でした。各社固有の能力開発を意図しながら個人間の相互依存関係で業務を遂行していくため、自ずと複雑になり、ブラックボックス化が進みます。こうなると、組織内外の異質なものとの結合や、資源の再構成・再配置や再利用は難しくなります。結果として、属人化した業務モデルを維持せざるを得なくなり、データやデジタル技術を十分に生かすことができなくなるのです。

また、企業は「変容」を遂げるために、自社の属する産業を捉え直してみることも重要です。これまでは、国ごとの法律、地域ごとの条例、さらには業界ルールや慣習が産業構造に影響を与えていました8。しかし、DX時代の産業構造はフィジカル空間(現実空間)だけではなく、サイバー空間(仮想空間)でも描くことができます。つまり、企業はこれまで以上に、サイバー空間とフィジカル空間の垣根を超えた自由な設計思想で産業を描き直すことができるのです。

実際に、総合ECサイトでは、「国」や「専門分野」を超えてあらゆるジャンルの商品が取り引きされています。映画、音楽、本、ゲームなどのコンテンツも扱っています。物理空間に存在している敷居をサイバー空間に持ち込む必要はありません。
他方で、フィジカル空間に目を向けると、モビリティ(移動)という概念で異なる分野に属するさまざまな産業(例:航空運輸業、鉄道業、タクシーやバス、宿泊業、観光業)をシームレスにつなぐという動きがあります。これは、MaaS(マース)9と呼ばれています。MaaSの実現にデジタル技術が欠かせないため、フィジカル空間でサービスを提供している多くの企業が、協働してサイバー空間に産業構造を描いています。つまりサイバー空間とフィジカル空間との垣根を超えたところに新たな産業が創出されているのです10

DXは企業の自己変革を強力に推進します。コロナ禍という大きな転機を迎え、伝統企業はDXの恩恵を最大限に生かし、その存在意義を証明することが極めて重要になってきていると言えるでしょう。

  1. 本稿では、DX時代を「データとデジタル技術の活用による企業の自己変革が求められる時代」と定義する。なお、DXの定義については、経済産業省「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」などを参照。(https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf
  2. 日本経済新聞電子版(2020年11月24日)「伊勢丹新宿店、全商品をネットで接客・販売 21年にも」
  3. 日本経済新聞電子版(2021年3月10日)「丸井『売らない店』に変身 狙うはデータ、D2Cとタッグ」
  4. 「変容」とは、持続的な競争優位性を維持するために、企業がオーケストラの指揮者のように企業内外の資産や知識をオーケストレーションし、ビジネスエコシステムを形成する能力。(参照:菊澤研宗「成功する日本企業には共通の本質がある ダイナミック・ケイパビリティの経営学」朝日出版)なお、ダイナミック・ケイパビリティ理論によると、自己変革力は、感知、捕捉、変容というプロセスをたどる。
  5. 機会を捉え、既存の事業や資源を再構成し、再配置し、再利用する能力を、ダイナミック・ケイパビリティ理論では自己変革力の「捕捉」と定義される。
  6. 体験型店舗についてはb8ta(ベータ)のビジネスモデルが参考になる。
    https://b8ta.jp/pages/businessmodel
  7. ITシステム「2025年の崖」として、以前からITシステムの問題が指摘されている。
    https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
  8. 既存のガバナンスモデルは静的な物理空間を前提に構築されてきた。Society5.0実現に向けて、サイバー空間上のアーキテクチャに対するガバナンスモデルの検討が始まっている。そこでは、細かなルールではなく、最終的に達成されるべき価値を示すゴールベースでのガバナンスへの転換が示されている。 (参照:経済産業省「GOVERNANCE INNOVATION: Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」)
    https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200713001/20200713001.html
  9. MaaSの詳細については次を参照。(https://www.mlit.go.jp/pri/kikanshi/pdf/2018/69_1.pdf
  10. 国はSociety5.0で、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)が高度に融合した社会を実現しようとしている。(https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/

執筆者プロフィール

学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所
主幹研究員 内藤 英俊

※筆者は主に、変革時代に対応した思考、リーダーシップ、コミュニケーションスキルトレーニングを担当。
※所属・肩書は掲載当時のものです

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