【事例紹介】⽇本航空株式会社 現場のやる気を引き出す⼈材育成 JALにおける社員の意識改⾰の取り組み

はじめに

「モチベーションの向上」や「組織コミットメントの醸成」など、社員の意識改⾰に取り組む企業が増えています。
今回は「社員のモチベーションを向上させるにはどのような⽅法が効果的なのか?」「職種やグループの枠を超えて、組織としての⼀体感を醸成するにはどうしたらよいか?」といった課題に取り組む⽇本航空株式会社の事例を教育・研修グループ⻑の板⾕様にご紹介いただきます。
また、産業能率⼤学経営学部・⼤学院総合マネジメント研究科の城⼾康彰が⽇本航空株式会社の事例を組織⾏動論から解説します。
意識改⾰・⼈づくり推進部 教育・研修グループ⻑ 板⾕ 和代 様

  • 本編は2013年10⽉2⽇の学校法⼈産業能率⼤学主催「JALにおける"現場のやる気"を引き出す⼈材育成」フォーラムにてご講演いただいた内容を編集したものです。

新経営陣のもと、JALグループ企業理念を策定

2010年1⽉19⽇の経営破綻後、企業再⽣⽀援機構の⽀援のもと再⽣への道を歩き始めた当社にとって最も⼤きかったことが経営陣の⼀新です。
新経営陣から「起業家精神に溢れた⼈、つまりJALをもっと良い会社にしようという熱い精神を持っている社員が少ない」などの声をうけ、2010年4⽉には意識改⾰推進準備室が設置されました。
2011年1⽉19⽇には、JALグループ企業理念、JALフィロソフィ、そしてロゴマークを変更しました。わずか1年の間に会社が⼤きく変わったことになります。

サービス業として「お客さまが絶対」と考えていた⽇本航空社員にとって、最初に「全社員の物⼼両⾯の幸福を追求」という企業理念は衝撃的でした。
そんなとき、当時会⻑だった稲盛和夫(現・名誉会⻑)が発したひと⾔が「社員が幸せでなくて、どうしてお客さまを幸せにできるのですか」というもの。私⾃⾝、その⾔葉に⼤きく共感しました。「全社員がいきいき働いている、そういう会社にならなきゃいけないんだ!」と強く思いました。

階層別研修に組み込んだ『モチベーション&コミュニケーション研修』

2012年4⽉にはJALグループ基本教育・研修体系を発表。その基本となっているのが「楽しい会社にする社員をつくる」という思いです。そして新研修体系の階層別研修に組み込まれているのが、今回のお話の中⼼となる『モチベーション&コミュニケーション研修』です。

研修を企画するにあたって、まず現場でのインタビューを実施しました。すると、「責任を持って仕事をしたいのに、⾃⾝の存在意義が感じられない」など、多くの社員が元気をなくしていることが分かりました。
その⼀⽅で、「目標となるような社員が講師をすれば刺激にもなる」「同じ研修を受けた仲間が他にもいれば、共通⾔語とともに熱い思いを共有できる」といった声を拾うことができました。
結果、とにかくモチベーションとコミュニケーションにフォーカスしようということになったのです。

モチベーションの源泉、それは⾃⼰効⼒感です。つまり、「I will be OK!」、成功体験による「今度もまたやれる」という感覚や代理体験による「⾃分もできる」という感覚です。
さらには、周りからの「君ならできる」という⾔語的説得、気⼒体⼒の充実により本⼈が「やれそうな気がする」という感覚を持つことも⼤切になってきます。
そうした⾃⼰効⼒感に加え、⾃分を肯定する「I like me!」(⾃⼰肯定感)、仲間も好きになる「I like you!」(相⼿好意感)の3つを研修の軸として捉えました。
特に「I will be OK!」と「I like me!」という意味では、物事をプラスに受信して⾃⽴的な姿勢で取り組もう。そして、「I like me!」と「I like you!」からは、コミュニケーション⼒を付けて仲間と⼀緒に頑張ろうと。そういったところをモチベーションの教育の重要なポイントに設定しました。

またコミュニケーションという側⾯からは、仲間がいる⼼強さが「この会社が好き」につながると定義。「⼀⼈ひとりがJAL」なのだと思ってもらうことが、この研修の最も⼤きな目的になっています。

⼊社10年目までを対象に気付きを後押しする3つの研修

『モチベーション&コミュニケーション研修』は、年次ごとに『仕事うきうきコース』『仕事わくわくコース』『仕事いきいきコース』に分かれます。
⼊社半年目から3年目までが『仕事うきうきコース』、4年目から6年目くらいまでが『仕事わくわくコース』、7年目から10年目くらいまでが『仕事いきいきコース』です。

『仕事うきうきコース』では、JALを⽀える⼈財として会社で働く“⾃分”をフォーカスしています。
会社と⾃分のこと、社員同⼠で⼼をひとつにするということ、⼀⼈ひとりに⾃信を与えることに主眼を置いています。
『仕事わくわくコース』は、先輩と後輩という⼈間関係の中で「⾃分というものを考えてみよう」という切り⼝で進めています。今まで⼀緒に教育を受けたことのなかったいろいろな部門、いろいろなグループ会社の⼈たちとともに問題解決に取り組んでみる。その中で⼀⼈ひとりが主体性を発揮することを学び、リーダーシップというものに気付いてもらうことを目的としています。
『仕事いきいきコース』では、参加者が30歳前後になっていることもあり、キャリアの棚卸しとこれから目指すプロフェッショナルについて考えます。

なお、すべてのコースで必ず伝えているのが、「これまで受けてきた教育や訓練は、教官やエキスパートから教わったことを覚えるというものだったが、この研修は違うのだ」ということ。そして、「⼤切なのは聞いて、考えて、対話をして、気付いて、⾃分の⾏動に反映させる」こと。
「分かっていてもできていないことがあったら、まずはなぜできないかを考えてみてください。そして⾏動してみてください。きっと仲間は助けてくれるはず。だから皆さんも仲間の成⻑を助けてあげてください。この研修はそのためにあるのです」と話しています。

グループとしての⼀体感を醸成する『仕事うきうきコース』

『仕事うきうきコース』では、最初に「あなたの仕事を紹介してください。その仕事は⾶⾏機とどのように関わっていますか」という質問に対して、チーム内で話し合いを⾏います。
それぞれの回答を紹介し合い、⾶⾏機を中⼼に据えた1枚の絵として仕上げます。チームの中には例えば整備⼠もいますし、客室乗務員もいます。またチェックインカウンターの担当者やJALカードというグループ会社のスタッフもいる。つまり研修を通じて、さまざまな仕事を担当している多くの⼈たちが同じ企業理念を目指していることに気付くわけです。

次に各チームが仕上げた絵をもとに⾃分たちの仕事を発表していく。その場ではさまざまな質問が出ます。貨物担当者に対して「特に⾯⽩い話ってありますか?」、機内⾷を作っているコックさんに対して「料理を作るときの包丁は⾃前ですか?」などなど。どうでもいい質問かもしれませんが、そうしたやり取りの中で参加者全員が仲間のことを⼤好きになる。
最終的には、「仲間から“また⼀緒に仕事をしたい”と⾔ってもらい、お客さまから“またあなたにお願いしたい”と⾔ってもらったら嬉しいですよね。たくさんの⼈に喜んでもらえたら仕事が楽しいですよね。そんな⼈がいっぱいになったら、会社が信頼されて、みんなから愛される会社になるんですよ」ということを参加者に実感してもらっています。

研修の最後には「明⽇からのできます宣⾔」と題して、⼀⼈ひとりが「明⽇から私は…」で始まる宣誓を⾏います。なお、宣誓内容は⽂書化し、メンバーの⼀⼈ひとりに応援メッセージを書いてもらった後、紙を持ち帰り、上司にも「上司からのエール」として⾔葉を添えてもらっています。
ここでは『仕事うきうきコース』を例として紹介しましたが、3つのコースとも同じように、メンバーの応援メッセージ、上司のエールをもらっています。さらに1か⽉後、研修後のひと⽉を振り返っての成果を記⼊。それに対しての「上司からのお褒め」をもらう仕組みとすることで研修フォローを⾏っています。

『仕事うきうきコース』をスタートして2年。『仕事わくわくコース』が1年と少し、『仕事いきいきコース』が間もなく1年を迎えようとしています。「うきうき」「わくわく」「いきいき」というネーミングもヒットし、「ぜひ⾃分も参加したい」というスタッフが増えています。
職場ごとに参加者を出してもらっていますが、現在は「申し訳ないですが次回に回ってください」というような状況になっています。

意識改⾰と研修制度に関する今後の課題

意識改⾰について具体例を挙げてお話ししますと、問題解決のチーム研修で、⽇頃から企画業務を担当している男性1名と現場で接客をしている⼥性3名のチームがありました。

男性は、テキパキと答えの近道を探し、「こうだよね、こうだよね」と⼀⼈で話を進めてしまい、問題解決をロジカルに考えた経験のない⼥性たちは男性に頼りきってしまう。結果、チームの成果物は、他⼈事的で主体性に⽋けるものに。組織の枠を越えた「協働」意識の醸成にはまだまだ課題があります。
また、当社では経営破綻後、基本的に教育の内製化を進めているのですが、企業内⼈財育成担当者の育成が⼤きな課題と考えています。
教育・研修の企画運営がノウハウ化されていない現在、この問題をどう扱うかを模索中です。

最初にモチベーションについてお話しさせていただきます。
モチベーションにはいろいろな側⾯があります。代表的なものとしては「お⾦や役職、地位、社会的地位などを得たい」から頑張るというもので、専門的な⾔葉で「外在的報酬を得るためのモチベーション」といいます。
これは割と古くからあるものですが、その⼀⽅で最近注目されているのが「幸福モチベーション」といわれるもの。⽇本航空の事例でもありました「まずは社員の幸せを考えよう」という考え⽅です。
ハーバード⼤学で講師も務めたビジネスコンサルタントのショーン・エーカーによると、幸福感や楽観主義が優れた成果をもたらす、幸福感そのものが競争⼒の源泉となるといいます。
その理由として挙げられるのが、板⾕さんの話にありました「うきうき」であり、「わくわく」「いきいき」なのです。「うきうき」「わくわく」していると脳の学習機能が⾼まり、新しい考えに対してもオープンになっていく。新しいものを受け⼊れて考えるから、より創造的になっていくというわけです。
さらに、本来ならばストレスに感じるようなことも前向きに受け⽌められるようになるのです。

では組織の中にいる⼈たちの幸福感を⾼めるにはどうしたらいいか。キーワードは差異化と統合化です。差異化とは、⾏動によって⾃分の存在や持ち味を表現すること。板⾕さんの⾔葉を借りれば「I like me!」です。
次に⼤切なのは、「⾃分が⼤事なのは分かるけど、⾃分が良ければいいっていう話ではないんですよ」ということ。つまり「I like you!」です。「I like me!」と「I like you!」がうまく作⽤することで「I will be OK!」が⽣まれる。それこそが統合化のプロセスとなります。
より分かりやすくいうと、差異化とは⾃分が得意とすることや強みを⽣かしながらベストを尽くしていてそれを楽しいと感じること。統合化とは、⾃分の努⼒が何か役⽴っているという満⾜感のこと。この2つが幸福感を⾼めるのです。

次に、「研修の効果と開発」についてお話しさせていただきます。
研修の効果を考えたとき、重要となるのが上司の⽀援です。板⾕さんのお話でも「上司のエール」というカタチで登場しましたが、研修から戻った社員にはしっかりとエールを送り、「ちゃんと⾒ていますよ」「職場の中でどんどん実践してくださいよ」という姿勢を⾒せるのは、研修成果を⾼める上で⽋かせません。

研修の開発という観点では、外部から教育を買うことも⼤切ですが、任せきりにしてはいけないということ。なぜなら、働いている⼈たち、現場の声、今回の企業理念のように研修ニーズをしっかりと収集し設計することが良い教育プログラムの絶対条件となるからです。

(2013年10⽉2⽇公開、所属・肩書きは公開当時)