現地従業員に対する「理念・行動指針」浸透のポイント(1)

目に見える成果・実績を提示する~株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様の取り組みを事例として~

M&Aによるグループ企業の増加、事業展開のグローバル化等を背景に、自社が大切にしているものの考え方や価値観、判断のよりどころとなる理念や行動指針を明示化し、組織マネジメントや人材育成に活用する企業が増えています。

しかし、理念や行動指針は策定して額に飾るだけでは意味がありません。従業員一人ひとりが、理念や行動指針に込められた意味を理解し、実務の中で実践することが重要です。
そのため、理念経営を目指す企業では、自社の理念や行動指針を日本人従業員のみならず、海外の従業員にも浸透・定着させるためのさまざまな取り組みが行われています。

現在、国内外に合計75ホテル(2016年4月1日現在) を展開する株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様もそうした企業の1つです。
同社では、日本的な、きめ細やかで質の高いサービスを実践するために8つの行動指針を掲げ、運営する各ホテルの従業員に理解・実践させるための施策を2004年から継続的に実施しています。

筆者はこのプロジェクトに10年以上に亘り関わる機会を頂き、近年では、中国やベトナム、環太平洋エリアに展開する各ホテルの外国人従業員に対して、理念や行動指針を理解・実践させるための活動に取り組んでいます。
しかし、その取り組みは一筋縄ではいかず、文化や風習、考え方が日本人とは異なる外国人従業員に、理念や行動指針を理解・実践させることの難しさを実感しています。

そこでこのコラムでは、株式会社オークラ ニッコー ホテルマネジメント様とのこれまでの協働プロジェクトを通して筆者が得た経験を踏まえ、外国人従業員に対して理念や行動指針を理解・実践させていく上で有用と考えられるポイントについて、述べてみたいと思います。
今回はその第1回目です。

1つ目のポイントは、まず目に見える成果・実績を提示することです。

理念・行動指針といった抽象的な概念は、その企業が大切にしている価値観やモノの考え方、ありたい姿などを明文化したものであるため、ともすると、いろいろな問題が日々発生する現実の実務の姿とは乖離しがちで、個々の従業員にとっては、実務とは関係がない迂遠なものとして捉えられる傾向があるように思われます。

外国人従業員の場合、日本人従業員と比べ、特に物事を合理的・実利的に考える傾向が強いのか、筆者の経験では、理念や行動指針に関する抽象的な説明だけでは彼らの関心を引き出すことは難しく、むしろ、「理念や行動指針に基づいて行動することが、具体的にどのような成果や実務上のメリットにつながるのか」を丁寧に説明することが大切であると感じています。

そこで、中国エリアや環太平洋エリアのホテルのリーダークラスを集めた研修会では、まず実際にさまざまな業務改善や新商品・サービスの開発で成果を上げているホテルのリーダーに、自分の取り組み事例を紹介してもらい、その後、筆者が「この成果は理念や行動指針に基づく行動によってもたらされたものである」ことを事後的に解説する方法で教育を行ってきました。
写真:環太平洋エリアのホテルのリーダーを集めた研修で、ベトナム人のリーダーが自身の業務改善事例についてプレゼンテーションを行っている風景
同様に、日本で行われている優れたサービス実践、新商品・サービス開発の事例をマニュアルにまとめて紹介し、そうした事例の多くが、やはり個々の従業員の理念や行動指針を踏まえた実践によって生まれたものであることを強調するようにしてきました。
写真:国内エリアのさまざまなホテルで行われた、優れた業務改善、新サービス・商品開発の事例を紹介したマニュアル
また、同じく中国エリアのホテルの従業員に対する研修会では、理念や行動指針に基づく業務改善や新商品・サービスの開発によって、チェーン共通のCSアンケートデータがどのように変化したのかなど、目に見える数値データを実績として示すアプローチを採りました。
写真:中国エリアのホテルで行われた研修で、チェーン共通のCSアンケートデータを分析し、そこから改善課題を検討している風景
こうした、実際の成果や数値データをもとに、理念や行動指針の意味を説くアプローチを繰り返す中で、最初はあまり関心を示さなかった中国人従業員も徐々に関心を示すようになり、近年では、中国エリアのホテルにおいても、同社が掲げる理念や行動指針を踏まえた、優れた業務改善やサービス実践が見られるようになってきました。以下はその一例です。

優れた業務改善の事例:中国のあるホテルでのセキュリティスタッフの取り組み

<活動概要>
「セキュリティスタッフがドアマンを務めており、英語の接客用語や都市の観光情報、サービススタンダードに関する知識が乏しく、十分なトレーニングも受けていなかったため、お客様に丁寧な情報を提供できていない」という業務上の問題があった。そこでそれらを解決するため、
①日本語、英語の接客用語ハンドブックや都市観光情報を纏めたポケットブックの作成
②ドアマンの業務手順書の改訂
③チーフコンシェルジュの協力による接客トレーニングの企画・実施
といった活動に取り組み、ドアマンの能力を向上させ、ドアマンに対するお客様からのGoodコメントを増加させた。
こうした活動の質的な変化を踏まえると、筆者は、理念や行動指針に関する抽象的な議論を繰り返すことよりも、まずはインパクトのある実務上の成果や目に見える実績をデータで示し、その後、そうした成果が生み出された背景を説明する過程で、理念や行動指針の意味を解いていくアプローチに可能性を感じます。

「理念・行動指針を理解・実践すれば、成果が出る」と説くのではなく、「まず成果を見せ、その後、その背景に理念や行動指針がある」と説く。

これが海外従業員に対する理念・行動指針を理解・実践させる第1のポイントではないかと考えています。

次回のコラムでは、2つ目のポイントとして、「相手国の文化・風習に合わせてコミュニケーション方略を変える」ことについて述べたいと思います。

オークラ ホテルズ & リゾーツ 国内17ホテル、海外9ホテル
ニッコー・ホテルズ・インターナショナル 国内20ホテル、海外18ホテル
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