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SANNO夜活講座 「ブッダの言葉を読み解きビジネスに生かす」

この講座は、一般に難解と思われがちな釈尊の教え(=釈尊哲学)を平易な言葉で解説して、仏教の新たな理解を日常生活や仕事に紐付けて考える講座です。
釈尊哲学について本講座の中で取り上げた産業能率大学 中根講師の解釈の様子を一部ご紹介します。

 中根 貢氏

学校法人産業能率大学総合研究所 経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター 主席研究員

「中庸」と「中道」の違い

中庸とは、儒教の言葉で「真ん中を行くこと」です。それに対し仏教の世界の「中道」はいわゆる“やじろべえ”です。左に行って行き過ぎれば右に戻す。右に行き過ぎたら左に戻す。やじろべえのようにブラブラしているのが「中道」です。
中道では、プラスに行ってもマイナスに行ってもOKです。ただ、マイナスに行ったら、そのことに気づいてプラスに行こうね、プラスに行って、もし快楽を得てしまったら、それに気づいてマイナスに行って苦難も受け入れよう、というのが「中道」の考え方です。

ということは、陰も陽もすべて肯定しているのが仏教の考え方なんですね。一方で中庸になると行き過ぎたものは両方否定します。極言すれば、吉祥とか、幸せとか、喜びなどを人が味わい、楽しめなくなってしまうかもしれません。

「正しさ」とは何か?

釈尊の教えである四諦と八正道はそれぞれ分かれていますが、通常、「四諦八正道」と言います。八正道は、尊い八つからなる道を説いています。正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定ですね。でも、これらは本来私たちが使う“正しい”という意味ではありません。八正道の「正しい」という字は「総体的におしはかって見(観)る」という意味です。

たとえば、「このペットボトルを正しく見て」と言われたら、あなたならどう見ますか?
上から見たり、下から見たり、横から見たり、そうして全体が見えてきますね。これが漢訳で「正しい」と訳されている“samma”(パーリー語)という考え方です。仏教では物事は「中道」ですので、その中で「正しい考えって何ですか?」と問えば、実は行き着く先はありません。
したがって正しくない考え方もあれば、正しそうな考え方もある。この両者を見ることによって真ん中が見えてくるのが「中道」です。相対的に見ていくことが原則になります。総体的という考え方が八正道の中に現れていることが大事なのです。

原因も解決策も自分の中にある「縁起」

「縁起」という考え方は釈尊が唱えたものです。「あらゆることはさまざまな様相や条件が集合して起こる」ということを因果律といいます。ものごとには必ず原因があります。原因があって結果があり、その結果の間には必ず「縁」が存在します。

具体的に例えてみましょう。木の葉っぱというのは、秋になると枯れて土になって肥料になります。これが因果律です。
そして、そこに「縁」が出てきます。もしも枯葉と鳥との間に縁があって、枯葉が地面に落ちるまでに鳥がそれをくわえていくと、その枯葉は肥料ではなく「鳥の巣」に変わっていきます。
これが「因縁」といって因果律の考え方をあらわします。何かが発生したら、必ず原因があるのが釈尊の考え方です。基本的に原因と解決策は自分の中にあるのが大原則です。

これを職場の中に置き換えると、みなさん、日々職場のなかでいつも問題解決をされていると思います。たとえば自分の部下の問題解決は他責になっていませんか?自分の職場で仕事がうまくいかないのは「マネジャーの仕事の割り振りがうまくできていないから」「OJTがうまくできていないから」「採用ができていないから」上司や人事の問題になっていませんか?
これは他責といって、まず問題解決はできません。基本的には問題解決は自責です。つまり原因と答えは自分の中にあるということです。自分自身でまずは答えを見つけてみる。この姿勢が大事です。これが因果律という因縁の考え方です。


今回の講座では、釈尊哲学の代表的な考えを取り上げて解説していきました。
仏教の考えを経営に取り入れたといえば京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者であり、日本航空名誉会長の稲盛和夫氏です。
著書『生き方』(サンマーク出版)では因果の考え方を次のように解説されています。

ある思いや行いが結果として表れてくるには、それ相応の時間がかかり、二年や三年という短いスパンでは結果が出にくいものなのです。しかし、それも二十年、三十年といった長い単位で見れば、きちんと因果の帳尻は合っているものです

「因果の帳尻」という言葉を使われていますが、良い行いは、今はその人が不遇であっても長い目で見て良い結果として返ってくる。反対に怠惰やいい加減なふるまいは今が良くても悪い結果として返ってくると述べています。京セラミタの再建を因果という観点で振り返っていますね。

いかがでしょうか、難解な釈尊哲学も丁寧に解釈をしてみると、日常生活、仕事だけでなく生き方にも大きく影響を及ぼすことがわかるのではないでしょうか。