【SANNOエグゼクティブマガジン】DXを前提とした構想力の強化 ~"儲ける仕組み"を問い直す必要性~

プロフィール

仁宮 裕
学校法人産業能率大学 経営管理研究所 主幹研究員

※著者は主にプロジェクトマネジメント研修、ビジネスリテラシー研修(論理的思考研修・プレゼンテーション研修等)、階層別マネジメント研修を担当。
※所属・肩書きは掲載当時のものです。

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DX(Digital Transformation)のインパクト

 ここのところ「へぇー、そういう時代になったのか!」とびっくりするようなニュースを頻繁に聞くようになりました。ここでは、2つだけ選んで紹介しましょう。一つは中国で多数の逃亡犯が立て続けに捕まったというもの。もう1つは日本で睡眠の質改善をテーマとするスタートアップ企業が増えてきたというものです。
 まずは中国の逮捕劇ですが、これは香港の大スターであるジャッキー・チュンさん(カンフー映画で有名なジャッキー・チェンさんとは別人です。念のため。)のコンサートで、会場の監視カメラと連動した顔認証システムが決め手となって実現したということでした。なんと、半年で50名余の逃亡犯が捕まったそうです。驚くことに監視カメラに映りこんでから数分間という短時間で当局に拘束された人物もいたとか。数万人規模のコンサートで、入場者の中から瞬時に逃亡犯を特定するなんて、人間の認知機能ではほぼ不可能です。AIが発達したからこその出来事ですね。
 次に睡眠の質改善の方ですが、これは非接触型のセンサーを寝具に挟み込んで人の身体が発する様々なシグナルを分析し、その結果を受けて就寝時間や生活習慣を指南するサービスを商売の柱としているようです。睡眠計測機器とスマートフォン・アプリを組み合わせた企業向けの睡眠改善プログラムがビジネスとして成立する時代が来るなんて、以前では思いもよらなかったことです。あらゆるものがネットにつながるIoTの時代となり、枕や布団もネット上の端末の地位を築いて行くことになりそうです。ちょっとびっくりですね。
 筆者は、これらのニュースに触れて、いずれもDX(Digital Transformation)を象徴する出来事だと感じました。DXをひとことで定義することは難しいのですが、スウェーデンのErik Stolterman教授の提唱にしたがって「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」としておきましょう。
 今後、ますますDXが進展し、これまでになかったようなサービスが実現して行くことは想像に難くありません。ゆくゆくは(いや既に?)あらゆるビジネスがDXとは無縁ではいられない、そんな状況になっています。

これまでの“儲ける仕組み”を問い直す訓練の必要性

 AIやIoTに代表されるような技術の進展は、消費者/市民としての我々の生活を激変させるとともに、生産者/サービス提供者としての我々の仕事を激変させる要因ともなり得ます。あらゆる業界で、これまでの商売のやり方を問い直し、DXを前提としたビジネスモデルを構築し直すことが不可避になっています。
 いきなり“ビジネスモデル”という言葉が出てきて、読者の中には少し面食らった方がいらっしゃるかもしれません。言い換えると、我々は皆、“儲ける仕組み”を問い直して新しい仕組みを創り出す必要に迫られている、ということです。「ソーシャル化」「サービス化」「スマート化」「オープン化」といったキーワードを咀嚼し、社会に対してより高い価値を提供していくための“儲ける仕組み”を考えなければ、企業の存続は望めません。
 これは、企業のマーケティング部門や製品企画部門に属する人だけでなく、それ以外の様々な職場で働くビジネスパーソンが意識して取り組まなければならない課題であると言えるでしょう。
 しかし、残念ながらそれを専門とする部署で働いたことのある人以外はそもそも「“儲ける仕組み”とはいったいどういうものなのか」ということが曖昧模糊としているのではないでしょうか。ましてや仕組みの問い直しや再構築など、雲を掴むような話に感じてしまうでしょう。
 筆者は以前、システム・インテグレーションを事業の柱とする企業で技術者として働いていましたが、次々に世に出てくる技術要素を追いかけるのに必死で、自分の仕事が“儲ける仕組み”の中でどのように機能しているか、改めて考えてみる機会は稀にしかありませんでした。そのため仕組みの問い直しや再構築などと言われても、恥ずかしながら何から手をつけていいものやらさっぱり見当がつかない、というのが正直なところでした。
 やはり、あらかじめ訓練によってその思考に慣れていなければ、いきなり実務で“儲ける仕組みの問い直し”を行おうとしても無理があるのです。つまり、“儲ける仕組み”を思考対象とする、いわば「ビジネス構想力」ともいうべき能力を磨いておくことが、ビジネスパーソンとして非常に重要になってきていると言えるでしょう。

構想づくりの視点

 それでは、新しい時代にフィットするビジネス構想を練るためには、どのような枠組みで考えて行けばよいのでしょうか。数多くの戦略論やマーケティング理論に基づいて緻密に検討して行く、というのは敷居が高いと思います。そこで、思考訓練の段階では “儲ける仕組み”を「何を」「誰に」「どのようにして」提供するのか、という3要素に思い切って単純化してみましょう。この枠組みを前提として、環境変化、顧客・市場の変化、しくみの変化を新しいビジネスモデルを考えるための材料とするのです。
 このアプローチで、過去に起こった変化を説明してみると、どうなるでしょうか。例えば銀塩カメラ黎明期の「銀塩フィルムを使ったカメラ」から現在の「スマートフォンによる画像共有」への変化を考えてみましょう。「何を」の部分は「カメラという機器」から「画像を用いた記憶の共有」への変化として、「誰に」の部分は「機器に精通した一部の写真マニア」から「スマートフォンを操作できる程度の知識を持つ一般の人々」への変化として、「どのようにして」の部分は「カメラというモノを一回だけの売りきりで」から「画像による記憶の共有を毎月定額のサービスとして提供することによって」への変化として説明できます。
 さて、設定した枠組みで過去に起こった変化を説明できることは分かりました。次は未来に向かって意図的に変化(進化)を加えてみる番です。以前なら非現実的だったかもしれないことも、現在の技術ならば「何を」「誰に」「どのようにして」のどこかを(あるいは全部を)変化させられる可能性が見えてきませんか?
 読者の皆さんもDXを前提とした、新しい“儲ける仕組み”の芽をいろいろと考えてみてはいかがでしょうか。これまで思いもよらなかったような事業領域が拓けて来る可能性が高まることが期待できます。「目の前の仕事に一所懸命取り組む」ことも大切ですが、「新しい仕事を案出する」ための思考訓練を積むことも大切です。机上の思考訓練ならば、資金なしで(時間は投資する必要がありますが)始められます。おススメですよ。
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