【経営幹部育成の最前線】事業設計の"面白さ"へのこだわり

はじめに

経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター長を務める蔵田浩総合研究所教授。

前職は自動車会社に勤務し、営業生産性の向上を図るメソッド開発と、それを基にして全国各地のディーラーの経営指導をしてきた経歴を持ちます。
その後本学に入職し、製造業を中心にマーケティングや事業戦略領域の研修や指導を担当するとともに、経営幹部育成研修の立ち上げ時から中核的な役割を担い、今も多くの経営幹部の育成に携わっています。

産業能率大学 総合研究所 経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター長 蔵田浩主席研究員
今回、10年以上にわたる本学の経営幹部育成の取り組みと、企業における導入意義、経営幹部育成のあり方、経営幹部育成の今後の展望や課題について語っていただきました。

Q 本学が経営幹部育成を本格始動させるきっかけは、何だったのでしょうか。

始まったのは十数年前です。ある大手メーカー様から「役員前の上級部長200名の育成をしたい」とご要望を受けたことがきっかけです。本学としても、ちょうど「独自化戦略」というメソッドが完成する直前で、経営幹部向けの「事業設計実践ワークショップ」のプログラムが完成した時期でもありましたので、実証としても非常に良いタイミングでした。2年をかけた育成では試行錯誤はあったものの大きな手ごたえを感じていました。その経験をもって、別のクライアント様にも「経営幹部育成の領域でお手伝いができます」と自信を持って語れるようになったことから、広く活用いただくようになり、現在に至ります。

なお、「独自化戦略」とは、差別化・高付加価値化・模倣障壁を同時に推進していく戦略のことで、持続的な競争優位と市場創造によって事業の成長を図るためのメソッドです。これは、上場企業878名の事業部長・営業本部長を対象とした実証研究によって開発した経営戦略メソッドですが、経営幹部育成にこのような武器をもって進められたことで、はじめから高い成果につなげることができたと考えています。

Q クライアントの経営幹部育成のニーズや導入の背景には傾向がありますか。

世の中で経営幹部育成の取り組みが始まった大きな背景は、経営幹部候補者が“企業家ではなく、サラリーマンとしてだけ仕事をしてきたこと”にあります。事業領域や経理などの機能領域で、係長から課長、部長、事業部長になり、専門領域については熟知している。でも、いざ役員、取締役になったときに、会社全体をマネージできる人材なのか、そのためのスキルが身についているのか、という問題意識です。つまり、「あの人は役員になったのに、営業部長のときと言っていることもやっていることも変わらない」と周囲から言われてしまうような、全体最適で会社全体、グループ全体をどう導いていくのかを考えられていない経営幹部が多かったことです。さらに大企業の場合であれば、コーポレートガバナンス・コードを遵守するためにも、ある程度の人数をプールしておきたい、いつでもそこから登用できるような状態をつくりたい、といった背景もありました。

本学への具体的な経営人材育成の依頼としては、「現経営者が今の役員を観て、『物足りない』『もっと経営者としての力を発揮してほしい』と言っているので早急に育成をしたい」「事業を次に継ぐ人が決まっているので、その人の右腕となり、サポートできる人材を早めに育成したい」「人数の少ない世代があるため、早く次の世代を育成したい」といった教育を重視したものが多かったのですが、最近それらよりも多くなってきたのが、「新しい事業を会社として立ち上げないとこの先が厳しい。だから、次代の経営を担う人材に、研修を通じて新規事業を考えてもらいたい」といった、新たな事業を具現化する期待も込めた上での育成です。 他にも、「講師に誰が役員としてふさわしいのかを選定してほしい」といったように、教育とアセスメントが表裏一体なったご依頼も増えています。こういった経営幹部を選抜するお手伝いは、本学の強みでもあります。

Q 新規事業の担い手や次期経営幹部の選抜は具体的にはどのように行っているのでしょうか。

「経営幹部育成研修」と名付けられているように研修ではあるのですが、「事業設計実践ワークショップ」の題材は、自社における新規事業の立ち上げです。新奇性のある仮説づくりから始まり、実現可能性を担保するための調査やフィールドワーク、そして社長へのプレゼンなど、まさに実践と言える内容で、決してロールプレイングなどではありません。そのため、参加者も講師もイノベーションを起こせるような新しい事業づくりに真剣に取り組み、企業からはその成果を期待されています。
機密情報のため具体的にはお話しできませんが、実際に日経新聞の紙面を飾った新製品など、このワークショップから世の中に出ていった製品やサービスもたくさんあります。

次期役員などの選抜は、経営幹部としての力量や特性の把握になります。ワークショップでの活動内容を踏まえて、経営幹部にふさわしい力量をもっているかを講師が評価をしたり、「経営人材特性診断EXE(エグゼ)」や「個別面談アセスメント」のような診断と組み合わせて、経営幹部としての特性をもっているのかどうか、あるいはどういった懸念要素(ディレイラー)があるのかなどを見極めたりします。
懸念要素(ディレイラー)とは人材が抱えるリスクのことですが、近年はコンプライアンスが重要視されることが多いため、この懸念要素(ディレイラー)を重視する企業が増えてきています。
個別面談アセスメント」は、1人2時間ぐらいかけて実施します。その後にフィードバック面談の中で、「あなたは今後こういったことをしてください」といった成長課題を確認し合います。

Q 経営幹部育成に参加されている方々の研修やワークショップへの取り組みの様子はどうでしょうか。

まず特徴として挙げられるのは、非常にモチベーションが高いという点です。選抜された人材ですから、モチベーションが高いのは当たり前かもしれませんが、それだけが理由ではないと思います。と言うのは、事業設計は非常に難しく、それに割ける時間も限られています。その上で社長や役員にプレゼンするわけですから、大きなプレッシャーを感じながら取り組んでいるはずですが、今までにリタイアした人はいません。日中に時間が取れない人は、夜中や休日を使っているものの、それでも高いモチベーションを保ち、ほとんどの人が最後までやり遂げています。
このモチベーションの高さは、ワークショップでの事業設計を「面白い」と感じる参加者が多いことにあると思います。ワークショップでは、アイデア創出のために自社とは異なる業界に触れる機会を与えたり、調査のために時には海外に行っていただいたりしています。それらにより、参加者が知的好奇心をくすぐられ、新規事業に対するニーズなどを直接把握できるようなプログラム設計をしていることも、モチベーションを高く保てる理由だと思います。意外と思われるかもしれませんが、特に経営幹部育成に選ばれて参加している50代は、もともと創造性の高い人が多いことも理由ではないかと思います。

我々は、とかく経営学や戦略にサイエンスを求めがちですが、実務はアーティスティックなセンスがすごく重要ではないかと思います。例えばワークショップの中では、「構想した事業設計を20コマ以上の漫画で描く」という課題を与えているのですが、非常に面白いものがたくさん出来上がります。まさにストーリーですね。漫画の中には、後日多くのメディアに取り上げられるような新規事業の漫画ストーリーもあり、非常に面白い事例もいっぱいあるのですが、企業機密が多いので事例としてご紹介できないジレンマもあります。

Q 本学の経営幹部育成の全体的な特長を改めてお聞かせいただけますか。

一番の特長は、考えうる教育メソッドがほぼ全て揃っているところです。
ワークショップだけでなく、「経営人材特性診断EXE(エグゼ)」のような各種診断や「モラルサーベイChAO (チャオ)」もあります。さらに「SBCPシリーズ」という経営知識を身につける通信研修もあり、「ケースメソッド研修」も豊富です。事業設計、経営マインドの醸成、個別面談アセスメント、各人の事業計画の個別指導まで、あらゆるニーズへの対応が可能です。
そして、これを実現しているのは、本学の研修支援体制にあると思います。他団体では講師やコンサルタントが普及を兼ねていることもあると聞きますが、本学では普及窓口としてはアドバイザーが担当し、私たち講師は研修や指導に関することに専念できます。さらに、アドバイザーと講師をつなぎ、商品開発などを担当する研修企画支援センターというスタッフ部門もあります。彼らによって、現在までにたくさんのメソッドが開発されてきました。

また、企業間同士の交流を創ることも本学の特長の1つかもしれません。本学の経営幹部育成は、私だけで20社様以上、本学全体では100社様以上の実績がありますので、企業同士を結びつけて、一緒に研修を行うような提案をさせていただく場合もあります。
加えて、多様な講師陣も特長です。私であれば製造業ですが、他にも、流通業やサービス業など、特定の業界に極めて強い講師が在籍しています。さらに、その指導方法にもそれぞれに個性があります。私で言えば、できるだけ長話をしないように留意しています。当然必要なことは伝えますが、私ばかりが話すことで参加者が受け身にならないように、参加者の考えや思いを引き出し、参加者同士でも議論や対話が自然発生的に行われるような場づくりを心掛けています。

Q 経営幹部育成の研修を通じて、企業における課題を感じることはありますか。

日本企業でイノベーションが起きづらい、という点です。
企業からは、イノベーションを起こす人材を育成するためにご依頼いただくことがありますが、参加者と接すると、決して創造性が低いわけではないことが分かります。先ほど50代は創造性が高いとお話しましたが、非常に面白いアウトプットがたくさん出てきます。その一方、職場では創造性が発揮できていないからこそ、研修を依頼いただいているのだと思いますので、創造性の高い人材がいても、その発揮を妨げるような何らかのボトルネックが組織にあるのではないかと考えています。

ここからは私の推測もありますが、そのボトルネックは、部長や事業部長クラスになったとしても、責任の割に権限がとても小さく、信賞必罰が曖昧な点にあるのではないかと考えています。
どういうことかと言えば、イノベーションを起こせるような事業を設計するためには、ある程度の予算や人員などが必要です。しかし、部長であっても、自身の権限だけで適切な人材を採用することが難しい場合は往々にしてあります。予算にしても同様です。稟議が通るまでに多くの時間がかかり、たとえ承認されたとしても、そのときにはさまざまな意見を集約したため原型とは違う形になってしまう、といったことがあるのではないかと思います。さらに、日本の技術者や研究者の報酬が低いことがニュースになるように、大きな成果を出しても海外のように大きな報酬が得られる企業は多くはありませんから、「報酬のためにイノベーションを起こしたい」というモチベーションのある人は、みんな海外に行ってしまうわけです。

こういった組織的なイノベーションのボトルネックが多く存在しているため、たとえ創造性の高い人材を育成しても、イノベーションが生まれづらいのではないかと思います。そのため、経営者は思い切って権限委譲をして、信賞必罰をはっきりさせることが大切でしょう。ただし、失敗についてもう再チャレンジするルールは残しておく必要があります。

Q 最後に今後の経営幹部育成について展望やお考えがあればお聞かせください

経営幹部育成については、今後とも「面白さ」にこだわっていきたいと考えます。経営幹部育成は1年から長いところで2年をかけて実施します。例えば事業設計などは、しんどくて大変なプレッシャーの下で取り組むのですが、新しい事業をつくるという創造的な仕事というのは「面白い」のです。楽しくはない、全然楽しくない。でも「面白い」のです。ですから経営幹部育成では、この「面白さ」にこだわっていきます。
そのためにも、面白さを体験する、新たな事業設計については、構想した事業をいかに本格的な事業化につなげていくか、それを支援するメソッドの開発、あるいはそれを支える体制づくりまで、関与していきたいと考えます。

また、役員登用のためではなく、現役の役員に対するトレーニングも今後は必要と思っています。特に執行役員の方々とのワークショップは、そのまま事業化に直結するため、実践に則したトレーニングの必要性をご提案していきたいと思っています。
この十数年で経営幹部人材を育成することは、各企業において定番化してきているのではないでしょうか。さまざまな調査結果を見ても、多くの企業で取り組まれています。そうすると、どうしても、我々の提供するサービスは対価をいただく商品ですから、コモディティ化が進んでいきます。そのためにコモディティ化しないように、本学として、今後ともソリューションの拡充に取り組んでいきたいと思います。