【SANNOエグゼクティブマガジン】組織とイノベーション ~イノベーションが生まれる組織の方向性~

1.組織とイノベーション

 「組織」の中で、「イノベーション」という言葉が頻繁に、そして気軽に使われるようになりました。「組織」と「イノベーション」という言葉の関係を冷静に捉え直してみると、相矛盾する意味合いを感じてしまいます。そもそも組織には、規則やルールを作りそれを従業員に守らせていく「統制」というニュアンスを内包しているからです。既存の組織の中で、イノベーションを創出していくことは、つくづく難しい命題であると私は思います。
 時間軸で振り返ったときに、日本では1980年代くらいまでは「技術立国」と言わしめた製造業を中心に世の中を変える商品やサービスが多く生み出されました。一つの象徴として、ソニーから生まれた「ウォークマン」は筆者自身が音楽を嗜好していたこともあり、学生時代に初めて購入したときの「感動」「共鳴」は今でも記憶に残っています。しかし、90年代のバブル崩壊以降、右肩下がりの厳しい経済状況の中で、感動する商品、革新的なサービス、世の中を変革するようなイノベーションが少なくなってしまいました。

2.イノベーションを阻害する組織的要因と今後の方向性

 なぜ日本企業発のイノベーションが少なくなってしまったのでしょうか。そこには日本の組織に見られる固有の要因があるはずです。その根本的要因を押さえることなく、「イノベーション!」という言葉だけを連呼したり、闇雲にその場しのぎの施策を打ったところでうまくいきません。まずは問題の本質や構造を把握した上で、今後どのように組織を変えていくかというビジョンや方向性を打ち出すことが肝要です。ここではイノベーションを阻害する組織的要因と、それを踏まえた今後の方向性について3つの観点から述べます。

(1)管理過剰から自由尊重へ

 日本は法律、規制、規則が多過ぎる「規制大国」と揶揄されることがあります。技術的にはイノベーションが可能であるのに、法的に社会的に受け入れることを拒否するがゆえに普及していかないのです。言い換えれば「新たな試みがやりにくい国」と表現できます。その観点において自由な欧米企業と比較すると、イノベーションに至る意思決定がずるずると遅くなり、日本企業は必然的に後方から追いかける立場になりやすいのです。
 企業内部においても、昨今のコンプライアンスや内部統制の強化によって新しいことにチャレンジする組織風土が失われつつあります。筆者の研修指導場面においても、マネジャー層はコンプライアンス遵守が重要な役割となり、メンバーを統制していくことに疲弊しているようです。メンバー側も、組織側からの管理や締め付けが強過ぎるため、仕事姿勢が受け身となり、マインドが萎縮し、新しいチャレンジへのモチベーションが低迷しています。
 今後の方向性として、不正を削減するために必要な規制や管理は強化しつつも、同時に新しいことにチャレンジする組織風土の形成を促進していくことが求められます。自動走行、民泊、ライドシェア、ドローンなども必要な規制やルールは整備しつつ、新しいビジネスの芽が推進されるような産業政策が望まれます。
 マネジメント側の立場で言えば、まずは組織という形態が「管理そのもの」であることを忘れてはいけません。マネジメントという仕事には、決められた制度やルールを守らせていく「統制」という側面があることをマネジャー自身が自覚し自制するのです。
 必要最小限の統制、管理は遂行しつつも、これからの時代を見据えたとき、そしてイノベーション溢れる組織を作り上げていく上では、「自由な組織風土の醸成」が日本企業の共通課題と言えます。自由に考え、発言、行動ができる組織づくりです。「管理」に基軸を置いたマネジメントから「自由」に基軸を置いたマネジメントへの移行が求められています。

(2)計画重視から行動重視へ

 仕事の基本的な進め方である「PDCAサイクル」の観点から考えてみましょう。
 昨今増加している傾向が、「PLAN偏重」の組織です。詳細な調査、時間をかけた分析、完璧な資料づくり、慎重過ぎる意思決定など、緻密な計画作りに過剰に資源が投入されています。貴重な経営資源である「時間」を計画段階に投入しながら、結局はトップマネジメント層の鶴の一声で実施できない、あるいは市場や顧客などの外部環境の変化により計画を断念するといった現象が往々にして発生しています。
 イノベーションは、「やってみなければ分からないチャレンジ」という側面があり、膨大な調査や分析によって担保できるものでもありません。情報量と意思決定のクオリティは正比例しないと言われています。ある時点までは正比例していくでしょうが、情報量が多すぎ、選択肢がありすぎると、かえって意思決定の質が落ちてしまうこともあるのです。
 イノベーションという文脈でPDCAサイクルを考えるのであれば、圧倒的に「DO」に力点を置くべきです。俊敏にプロトタイプ(試作品)を作り、テストを繰り返せば良いのです。トライ&エラーで失敗してもすぐにやり方を見直して、再度トライするのです。「市場に出してみなければ分からない」、これがイノベーション創出の前提であることを忘れてはいけません。
 しかも、インターネット、IoT、AIの時代においては、「Do」のコストが低下しています。パソコンの処理速度は上がり、簡単にテストできる環境があり、製造業では3Dプリンターを活用して簡単に試作品を作ることが可能になりました。あれこれ考えず、まずはやってみて後から軌道修正していくマネジメントが必要です。イノベーションを創出するためには、「計画重視」から「行動重視」に移行するマネジメントが求められています。

(3)同質性集団から多様性集団へ

 コンテクストという言葉があり、「文脈」「状況」「前後関係」と訳されます。日本社会は、このコンテクストが高い(ハイコンテクスト)社会と言われています。日本は島国で、1つの文化圏で歴史を積み重ねてきた「同質化社会」です。その場の空気や雰囲気で状況をつかんだり、聞き手が話し手の言わんとすることを察することができる土壌が根付いています。
 この同質化社会で仕事をしていると、同じような価値観に基づいているため相互の意見対立を避けながら仕事を遂行していくことができます。「一を聞いて十を知る」「暗黙の了解」「空気を読む」といった前提が成り立ち、角が立つ自己主張や丁々発止の議論を回避しながら安心して職場生活を営むことが可能です。
 しかし、この同質性社会において最大の欠点は新しい価値が生まれにくい、すなわちイノベーションが起こりにくいことにあります。極端に言えば、同じ考えを持ったメンバーが集まって議論しても、同じような結論しか出てこないのです。また、自分の見解が異なっていたとしても、その場の空気に合わせたり、上位者におもねる言動を取ってしまうため、斬新な発想や異なるアイデアが生まれにくいと言えます。
 この同質性の高い日本企業においても、昨今はダイバーシティ溢れる組織を作ろう、という動きが加速しています。グローバル化など様々な環境変化の中で、雇用形態、国籍、性別など目に見えやすい部分で多様化が進み、同時に価値観、考え方など目に見えにくい部分でも多様化が進んでいます。
 そもそも組織という形態は多様性を低減させていく傾向があり、それが工業化社会では有効に機能していました。しかし、人間の発想、知恵、感性などが求められる社会では多様な価値観や考え方が必要であり、多様性を促進していく意図的な「努力」が求められます。社員の違いや個性を前向きに捉え、組織の力へと変えていくようなマネジメントが必要であり、異質性を成果に変換していく力がマネジャーに求められています。出る杭を打つようなマネジメントではなく、出る杭をさらに伸ばすようなマネジメントです。「同質性」をベースとしたマネジメントから、「多様性」をベースとしたマネジメントへの転換が日本企業の共通課題と言えます。

 イノベーションを阻害する組織的要因と今後の方向性について見てきました。マネジメント側としては、このような多様な要因を概観し、問題の全体構造を把握した上で、今後どのように組織を変えていくかを検討する必要があります。組織をより良い方向に導き、イノベーション溢れる組織に変えていくためにどのような方向性で組織変革を推進すればよいのか、改めて考えるきっかけとしてください。