【SANNOエグゼクティブマガジン】世界最大規模のHRカンファレンス "ATD-ICE2018"に参加して サンディエゴの青い空の下で感じたこと・・・

 今年5月にサンディエゴで開かれた世界最大規模と言われる人材開発のカンファレンス “ATD-ICE2018” に参加して参りました ※a)。本マガジンの読者が必ずしも人材開発(以下、HR;Human Resources)の専門家ばかりではないことから、「そもそもATDとは…」といったことからご紹介したいと思います。

ATDとは

 ATDとは 、“Association for Talent Development” という、米国ワシントンに本部を置く人材開発の専門家をつなぐ団体の略称です。機関誌(TD Magazine)の発行や、人材育成に関する資格の設定や認証、カンファレンスの開催などの事業を行っています。カンファレンスでは、世界から応募されてきた論文の発表が行われます。現在では、ATD-ICEと、ATD-TK ※b)という2つのカンファレンスと、地域別のカンファレンスも開催しています ※c)。世界100か国以上に約39,000人の会員がおり、各地に支部 ※d)が存在し、産業界のHRの動向に強い影響力を持った組織です。 

ATD-ICEとは

 ATD-ICEとは、“ATD International Conference & Exposition” の略称です。300近い論文発表と400を超える団体のブース出展があり、HRでは世界最大規模とも言われているカンファレンスです。南アフリカ、インド、イギリス、ブラジル等々、日本ではなかなか聞く機会のない国からの発表や出展があり、世界のHRの潮流を感ずることのできる場です。
 2018年は、設立75周年ということで特に力が入り、基調講演には、バラク・オバマ元大統領が招かれました。世界から13,000人が集まり、米国外からの参加者は、93か国、2,450人に及びました。
 日本からの参加は、毎年増えており、今年は300人に迫る人数だったそうです。日本企業のグローバル化が進む中で、世界のHRの潮流に直接触れたいという人が増えているのだろうと思います。日本人参加者の内訳は、教育研修事業者と、事業会社でHR系の業務に従事されている方々がおおよそ半々程度なのではないかと感じました。
 日本からの参加者の多くは、教育研修事業者が募集するツアーやその他のグループで参加されています。300に近い全ての講演を聞くことはできませんし、400に近い出展ブースを全て覗くことはできません。そこで、ツアーのラーニングチームの仲間たちと情報交換を行い、補い合いながら潮流を掴もうとします。ATD-ICEから十二分に学び、そして楽しむための合理的な流儀のように思われます。中国や韓国からの参加の方々も似たような形態をとっているそうです。私自身もPeople Focus Consulting社 ※e)というコンサルティングファームのツアーで参加いたしました。ラーニングチームと称し、情報交換などをしながら、共に学びあうグループです。カンファレンスだけではなく、ここでの学びも貴重な時間となります。何よりも共通の興味を持った濃い友人になれる空間でもあります。
 なお、下世話な話ですが、参加するためには、航空運賃、現地滞在費、そしてカンファレンスフィーを含め、40万~60万円程度の費用と一週間程度の時間が必要となります。

HRの潮流の一端(私の感じた潮流)

 私の場合、フロリダで開催された2015年のカンファレンスにも参加しましたが、明らかにその時と異なる流れを感じました。2015年には、「VUCA」あるいは、「グロースマインドセット」「ダイバーシティーとインクルージョン」といった言葉がキーワードでした。そして全体のトーンは、「ラーニングカルチャーの実現」という方向性にありました。
 しかし今年は、「ヒューマニティー」「アンコンシャスバイアス」「リスキル」、そして「パーパス」というのがキーワードになっているように感じました。
 また、ラーニングカルチャーの実現といった力強い方向性はなく、むしろ迫りくるデジタルトランスフォーメーション ※f)(以下、DX)という潮流の中で、「人のあり方」や「働き方」を見つめ直す動きが出てきたのだろうという印象を持ちました。それが過去からの潮流であるダイバーシティーとインクルージョンに結びつき、アンコンシャスバイアス-いわゆる偏見をどのように克服するか…という課題を投げかけている、そんな流れを感じました。
 さらに、DXの流れの中で、新しい働き方とそのための学びが必要であるといった意味から、スキルの見直しと再構築-つまり、リスキルの必要性が訴えられていました。ただし、日本人的な「人にしかできない仕事とは…」といった刹那的あるいは、浪花節の視点ではなく、肯定的で積極的にDXの流れを受け入れながら、人の活躍の場を広げていこうという意志を強く感じました。それを最も端的に示す言葉が「パーパス(purpose)」であろうと思います。
 最近、経営学の中ではパーパスを「存在意義」という意味で使うことが多いようですが、私にはむしろ本来の「目的、意図」あるいは、「目的意識」という言葉として理解した方が良さそうに感じました。つまり、DXの流れの中で、人と機械の仕事をどのように分けるのかといった視点ではなく、人の持つ「目的や意図」といった意識にこそ本当の意味があるのではないかという “問い” であるように感じました。加えて、脳科学(ニューロサイエンス)の講演の中で、目的を達成することは、そもそも脳にとっても好ましいことであり、これは人種による差などない生物としての人の脳のメカニズムであるという、目の覚めるような示唆もありました。

ATD-ICE2018の圧巻はオバマ元大統領の講演

 今大会で最も注目を集めたのは、やはりバラク・オバマ元大統領の基調講演でした。講演スタイルではなく、ATDのチェアマンであるトニー・ビンガム氏によるインタビュー形式で行われました。余談ですが、元大統領に対して、我々HRの専門家の代表ともいえるATDのチェアマンがどのような態度で臨むのか興味を持って見ていましたが、遠目にもオーラを感ずるような元大統領を向こうにして、堂々たる話し方は見事なものでした。
 オバマ元大統領の話は、自分の生い立ちにまつわる話、議員時代と大統領になるまで、そして大統領になってからのことを「教育というレンズ」を通して話すような内容でした。その中でも、「正直(Honest)」「他者に親切(Kindness)」「他者を尊重する(Respect)」という3つを大切にすること、そして「この3つこそが我々を将来に導く」という言葉は、普遍的価値観を重視するという意味で、強い印象を残しました。最後に、『あなた方の使命は、「ベストセルフ(人の最高))」を解放していくことにある』と私たちHRの専門家へのエールを送ってくれました。なお、オバマ元大統領の人気は未だに高く、開始2時間前には、2,000とも3,000人とも言われた行列ができていました。

サンディエゴの青い空が教えてくれたこと

 4日間、291の講演が行われ、そこに13,000人が集まりました。私自身は、アメリカ、イギリス、インドと南アフリカ、そして韓国の方々の発表を聞かせていただきました。まさに人種などの差のない共通の可能性と課題を追求する場でした。また、発展著しい脳科学の世界に触れたことで、今後は、HRの中にも、「生物としての人間の普遍性・共通性に注目すること」が大切になってくることが分かりました。
 オバマ元大統領のキーノートスピーチでは、『「何になりたいか」ではなく「何をやりたいか」こそが重要である』というメッセージがありましたが、ATD-ICEという場は、HRの専門家が、「使命感を持って、やりたいことをやっている空間」であり、その大切さに気づかせてくれる場でもあったように思います。


  • a)米国には、SHRM(Society for Human Resource Management、米国人材マネジメント協会)という団体もある。ここも大きなカンファレンスを開催している。組織の性格を異にするが、世界での組織化という点では、ATDよりも進んでいる団体である。
  • b)ATD-TKのTKは、“techKnowledge(テックナレッジ)” という造語の略。このカンファレンスでは、近年急速に進歩している教育におけるICT技術の活用や開発を中心としている。
  • c)アジアでは、 ATD Asia Pacific Conference(APC) が開催されています。
  • d)日本の支部は、ATD International Network JAPANと呼ばれている。複数の研究分科会を設置し、有志による研究会や勉強会を行っている。http://www.astdjapan.com/
  • e)「ジャンゴと行くATD-ICE」ジャンゴこと田岡純一氏は、10数年連続でATD-ICEに参加し、世界のHR動向に深い造詣をもったMr. ATD。https://www.peoplefocus.co.jp/topics/?p=5676
  • f)最近のICTによる大きな影響や変化をデジタルトランスフォーメーションと呼んでいる。言葉のニュアンスには、「人々の生活を良い方向に変化させる」という意味合いが含まれている。逆の場合には、デジタルディスラプションと表現する。なお、DTではなくDXと表現される。Xは、Transの略語。