【イベントリポート】組織と個⼈の関係性 〜2020年その先の変化について〜

2016年12⽉1⽇に⾏われた2017年度通信研修総合ガイド完成記念イベント「組織が⽀援する『2020年とその先に向けた個⼈の学び』を考える」では、2020年とその先を⾒据えた組織と個⼈の関係性について、神⼾⼤学大学院 経営学研究科 教授の鈴⽊竜太氏をお招きし、ご講演いただきました。
神⼾⼤学⼤学院 経営学研究科 教授 鈴⽊⻯太⽒

少⼦⾼齢化時代に組織が取り組むべき問題

2020年というと、3、4年先の未来です。間違いなく、現在よりもさらに少⼦⾼齢化は進んでいくでしょう。そして、この少⼦⾼齢化は現在でも多くの問題を起こしています。

1つ目は働き⼿不⾜です。この対処のため、多くの企業では、⼥性活躍推進や外国⼈採⽤に取り組んでいます。また、定年延⻑や再雇⽤制度の整備も進んでいます。これらによって職場は、さまざまな働き⽅や考えの⼈が混在する多様化が、さらに進むのではないでしょうか。

2つ目は中途採⽤の活発化です。先ほどの通り、働き⼿不⾜が起こっていることに加えて、AIの発達によって⼈間にしかできないことは何か、という問題も出てきますので、結果として、優秀な⼈材へのニーズがさらに⾼まり、労働市場の流動化が加速していくことでしょう。

3つ目が待機児童や介護の問題です。特に介護の問題は⼤きくて、⼥性だけではなく、男性も含めて、企業側からすれば、50歳を超えて、もうひと踏ん張りしてほしい⼈が、介護のために時間的にも労⼒的にも疲弊している、という話が多くの企業から聞かれます。
4つ目は、ワークライフバランスの問題です。今の学⽣は、ワークライフバランスをとても重視していますから、いわゆるブラック企業は、働き⼿から敬遠されます。ワークライフバランスについては、今まで消極的な企業であっても企業活動を続けていくためには、いや応なしに留意しなければいけないことになってくるのかもしれません。

このような問題を前に組織は、優秀な⼈材をどう集めるかということに加えて、⼈材をつなぎとめていく、良好な関係を続けていくことにも注⼒しなければいけないでしょう。

低成⻑時代を機に変わる組織と個⼈の関係

組織と個⼈が、どのように良好な関係をつくっていくかについて、私なりの考えを申し上げる前に、今までの⽇本において、組織と個⼈がどのような関係だったのかをご紹介します。

70年代と80年代を⽐べると異なるようにも思いますが、バブル期までは、⼤きな違いはありません。この頃までは、仕事はもちろん、遊びも含めて会社が中⼼でした。遊ぶ機会が多くなっても、会社や仕事の仲間と出掛けることが多かった時代です。

⼤きな転機は2000年代にかけてです。
それは、低成⻑時代に⼊り、多くの企業で雇⽤調整を⾏ったことに始まります。企業側は、終⾝雇⽤ではなくなったことを個⼈側に突きつけたわけです。そして、個⼈に対して、より良い働き、より良いキャリアを⾃分で歩みなさいと伝え始めました。個⼈側も、⾃分のキャリアは⾃分で考えなければいけないということを理解し始めました。
したがって、組織と個⼈の関係が、蜜⽉の関係ではなく、何かあったら⼿を離してもいいんだ、という関係に変わってきたのがこの頃です。

組織と個⼈のキャリアへの関わり

組織と個⼈のキャリアに対する関わり⽅は、下記の図のように、4つに分類されていると考えています。

左下の「伝統的なキャリアパラダイム」とは、組織がその⼈のキャリアを背負うというもので、バブル期以前の組織に多く⾒られます。個⼈側は⾃⾝のキャリアについて、基本的には⾃覚していない、あるいは⾃覚しなくてもいいことだと考えています。

右上は「ニューキャリア論」としていますが、「境界なきキャリア」とも⾔われています。⾃⾝の価値を⾒いだしながら、場合によってはいろいろな組織を渡り歩く、という考え⽅です。また、「境界」とは、組織の境界だけでなく、専門についての境界も含んでいます。

続いて右下の「停滞」です。こちらでは、組織は個人のキャリアに対して責任を取るつもりはありません。加えて個⼈側も、何とかなると思ってあまり考えていない、というケースです。こういった場合、雇⽤があるときは良いのですが、将来を考えると、良いキャリアとならないことが多いため、停滞としています。

左上の「調和と対⽴」は、個⼈側は⾃分のキャリアは⾃⾝で考えたい。組織側も、優秀な⼈材だから組織ニーズに沿って育成したい、いつまでも組織につなぎとめたいと考えているケースです。調和しているうちは良いのですが、対⽴するケースも出てきます。個人側がこうありたいと願う姿と、組織側のこうなってほしいという姿が折り合わない場合です。
管理職になりたくない症候群は、このケースに当てはまります。企業側からすれば、ある程度の年齢に達し、ふさわしい能⼒のある⼈に対しては、管理職になって多くの⼈を束ねて、より⼤きな目標にチャレンジしてほしいと考えます。しかしその⼀⽅、個人側は、「管理職に向いていない」「管理職になったらやりたいことができなくなる」「部下の⾯倒などは⾒たくない」と考えていれば、キャリアに対する対立が起こってしまいます。

組織と個⼈を媒介する「職場」

このように、組織と個人のキャリアに対する関わり方は非常に難しく、多くの問題をはらんでいるわけです。その中でも今回は2つの問題を取り上げます。

1つ目の問題は「⾃律的にキャリアを歩むことは、組織から離れることか」です。
キャリアに関して⼈事の⽅がよくお話しされる悩みが、「一生懸命キャリアを考えてあげても、優秀な人から先にどんどん出ていってしまう」というものです。
実際、キャリアを支援することで独立志向が⾼まり、もっと⾃由に働きたいと組織を出て⾏ってしまうことはあるでしょう。キャリア⽀援に対して、消極的にならざるを得ない企業もあると思います。
その一方、支援をすればするほど個⼈は組織に対して依存的になり、キャリアは会社が考えてくれることだ、といった逆の問題が生じてしまうケースも出てきます。

2つ目の問題は「生活を犠牲にしなくては良い仕事はできないのか」です。
ワークライフバランスという考え方が出てきてから10年以上経ちますが、ワークとライフを分けてこの問題を考えてきたように思います。しかし、果たして本当にきれいに分かれるものでしょうか。
例えば、私⽣活での経験が個⼈を成⻑させ、組織への貢献につながるという例を多くの⼈が経験しているのではないでしょうか。

私は、これらの問題を考えるにあたって、「職場」の存在が、非常に重要なのではないかと考えています。⾃分らしさやキャリアを大事にするということと、会社や仕事を⼤事にするという2軸だけで考えるのではなく、その媒介ともなる職場や、そこで育まれる⼈間関係こそが、これらの問題を対処する重要なキーワードになると思っているわけです。

非連続なキャリアをどうマネジメントするか

それでは組織と個⼈の良好な関係が、職場を媒介に築けている場合、どのような効果が発揮されるのでしょうか。
「非連続なキャリアのマネジメント」「⾃律する組織⼈」「付加価値の創造」という3つのポイントからご説明いたします。

まずは「非連続なキャリアのマネジメント」です。
人事の要点というのは、適材適所だと思います。しかし、組織が考える適材適所は、個⼈の考える適材適所と同意義で使われることばかりではないでしょう。

この表内の部分最適が、いわゆる⼀般的な適材適所かもしれません。その個⼈の持っている能⼒にふさわしい仕事を与える、ということです。
しかし、特に⽇本の組織においては、部分最適ばかりではありません。タスクと適合度では彼がふさわしくないかもしれないけれども、会社全体を考えて最適な配置とする全体最適。あるいは、今ふさわしいものではないかもしれないけれども、将来を考えて最適だと思える未来最適も往々にあると思います。

そして、全体最適や未来最適な配置をした際、個⼈からすれば「非連続なキャリア」が発⽣するわけです。本⼈が「えっ︕」と思ってしまうような⼈事異動ですね。この場合に⼤切なことが、その個人に対してどのようにマネジメントしていくかです。

私が調査した事例をご紹介します。
あるシニアマネジャーのお話ですが、彼は、⼊社以来ずっと営業畑を歩んできました。しかし突然全く経験のない調達部門の課⻑に任⽤されます。今まで培ってきたものが⽣きないように思え、能⼒と仕事の間で⼤きなギャップを覚えるわけです。では彼がどうしたか、です。
1つ目は、学習をしました。新しい部署で必要なこと、⾃分が分からないことを早くキャッチアップしなければいけないためです。
2つ目は、今までの経験を使って、別の視点からこの仕事に取り組みました。彼が着任する前の調達部門は、さまざまな部門からの依頼を受けて、その資材を確保するという、受けの仕事をしていました。しかし彼は、各部門に⾏って、「何か必要なことはないですか」「困っていることはありませんか」と、ニーズの汲み取りをしていったわけです。営業式の調達と⾔えるかもしれません。
これによって、調達部門は⼤きく会社に貢献するようになったということです。

このように、本⼈からすれば適材適所ではないことが、全体最適や未来最適の⼈材配置をしていくと出てくるわけであり、意図しない「非連続のキャリア」を⽣じさせます。
しかしそのとき、事例のように、不規則に起こったことに対するキャリアをどう柔軟に捉え、これまで培ったことを⽣かし、新しいことに取り組んでいけるかが⼤事なのではないでしょうか。

ここで⼤切なのが、職場を媒介とした組織と個⼈の良好な関係です。
⼈事や上司がしっかりと⽅向性を⽰すことと、個⼈が納得して積極的に捉えることの両⽅がなければ、事例のようなポジティブな非連続なキャリアは難しいでしょう。また、異動後は⼀時的には能⼒を発揮できないでしょうから、その中でのサポートが職場でできるかという点も非常に⼤切です。

キャリアの⾃律が⾼く、組織への貢献意識も強い「⾃律する組織⼈」

キャリアの⾃律も⾼く、組織への貢献意識も強い⼈のことを「⾃律する組織⼈」と⾔います。先ほどご紹介した問題、「⾃律的にキャリアを歩むことは、組織から離れることか」の答えの1つになると考えています。
この⾃律する組織⼈をつくるために必要なことは、これもまた組織と個⼈の⻑期的な良い関係です。 組織と個⼈の関係は、個⼈が仕事に⾃信を持って、⾃⾝のキャリアが明確になっている場合ほど良好な傾向があります。これはどちらが先かは分かりませんが、極めて⾃然なことだと思います。能⼒があって、しっかりと仕事やキャリアを考えている⼈に対しては、それなりの仕事を任せたいと会社も思うでしょう。

反対に⾔えば、組織は、⾃分がどうなりたいかを持っていない⼈に対しては、⼤きな仕事、責任ある仕事を任せにくくなります。そうすると「会社は⾃分のことをどう考えているか分からない」「まともな扱いを受けていない」などと考えてしまう状態になり、良い関係性は築けません。

また、組織と良好な関係が築けている⼈は、⾃分だけでなく、同僚や会社全体も良くなってほしいと考えている⼈がほとんどです。ですから、⾃分のキャリアを積んでいくことや⾃分らしく⽣きていくことと、会社や職場の中で良い関係を築いていくことは、決して対⽴するものではないし、うまく両⽴することなのではないかと考えています。
多くの場合、組織への貢献意識が弱い⼈はキャリアの⾃律意識が強い(上図︓左下)、組織への貢献意識が強い人はキャリアを依存する(上図︓右上)、という2つの対⽴軸で考えてしまいがちです。しかし、実際には、キャリアの自律もあって、組織への貢献意識が強い人(上図︓左上)もいるのではないかと考えています。
これからの組織にとっては、この⾃律的組織⼈をどうやってつくっていくかが⼤切ではないでしょうか。

能⼒重視から価値重視への転換

「⾃律的組織⼈」をつくるキーワードとなるものが「価値」ではないでしょうか。
価値とは、能⼒よりも相対的なもので、組織内で計られるものだと考えています。個⼈は、価値を認めてもらうと組織に対して好意的な感情を⽣みます。そこから責任感が芽⽣え、ここでやっていけるという⾃⼰効⼒感も⽣まれてきます。居場所があるという感じかもしれません。
若いうちは、とかく、「⾃分の代わりはどこにでもいるんじゃないか」と考えがちです。だからこそ、早いうちから職場の中で価値のある⼈だと思えるように育成することが⼤事になるわけです。

そして、価値の育成に必要なことは、組織と個⼈の対話です。価値は相対的なものですから、組織内、あるいは職場内を⾒渡して、どういう活躍の仕⽅が最も彼、彼⼥の価値を⾼めることになるかを考えながら育成する必要があるわけです。
また、価値というのは、1つの能⼒で決まるケースもありますが、複数の能⼒の組み合わせで決まることもあります。例えばマーケティングの能⼒をもっている⼈はたくさんいるかもしれませんが、マーケティングの能⼒と合わせて中国語もできる、ということであれば、組織の中で希少な⼈材、価値の⾼い⼈材になっていきます。
1つの能⼒だけで⼤きな価値を持つという⼈は、本当に特殊な⼈だけかもしれません。複数の能⼒を組み合わせながら、⾃分の価値を、あるいはこの人の価値をどうやって⾼めていくか、ということが⼤事なのだろうと思います。

非連続なキャリアのマネジメント、⾃律する組織⼈、そして価値。これらのことに留意し、人材育成をすることで、今回ご提⽰したような2つの問題というものが少しずつ乗り越えられていくのかなと思います。また、いずれにおいても⼤切なことが組織と個⼈の良好な関係であり、その良好な関係がつくられる職場である、というわけです。

これから⼈材不⾜がさらに進み、多様化が進む職場において、いかに優秀な⼈材を定着させ、活躍させていくのか。この問いに対する1つの考え⽅として、ご紹介させていただきました。