【SANNOエグゼクティブマガジン】マネジャー育成をマネジャーになる前から始めよう ~プレマネジャー層 育成の必要性


森 格



学校法人産業能率大学 経営管理研究所 受託開発センター

※筆者は企業のオリジナル研修の開発、教育体系構築、組織開発などの支援を行っている。



 みなさんの会社では、マネジャーの育成はどのタイミングで⾏っていますか?また、マネジャーの育成はどのようなアプローチを取っていますか?本稿では、マネジャーの育成やアプローチ⽅法について話をしていきたいと思います。
結論から申し上げると、(1)マネジャー育成はマネジャーになる前、すなわち中堅社員層の段階で始めるべきであり、(2)育成⽅法は、知識習得アプローチだけではなく、マネジャーになる上で必要な経験を提供するアプローチが⼤切だと考えています。なぜそのような結論に⾄ったのかについて、お伝えしていきます。

これからのマネジャー要件とは

 近年、マネジャーはたくさんの仕事を抱えて忙しい状況です。
 2017年度にHR総研と産業能率⼤学総合研究所が実施した「⽇本企業における社員の働き⽅に関する実態調査」(図1)では、管理職のプレイヤーとしての活動割合が⼤きくなっており、現場の⼈⼿不⾜ から、もはやプレイングマネジャーが当たり前に近い現状が⾒えています。そして同時に、マネジメント業務の負荷も⾼くなっています。原因としては、職場メンバーの価値観や働き⽅が多様化する中で個別・丁寧な指導が求められていること、相次ぐ企業不祥事等から内部統制やリスクに備えるための業務が増加し⼿続きが煩雑化していること、などが考えられます。さらに今後、働き⽅改⾰推進の動きの⼀つとして、より効率的な業務の進め⽅が必要になってくるでしょう。
(図1)出所︓HR総研・学校法⼈産業能率⼤学総合研究所(2017)「⽇本企業における社員の働き⽅に関する実態調査」

1 厚⽣労働省「平成28年度労働経済⽩書」雇⽤判断D.Iの推移より、2013年以降全産業が⼈⼿不⾜となっており、以後常態化している

 しかし、そのような忙しさがあるからといって、⽬先の業務や結果に追われているだけでは何年経っても同じことを繰り返している状況に陥ってしまいます。変化のスピードが速い昨今のビジネス環境において、職場の成⻑や変⾰が⾒られないことは企業にとって損失であると⾔えるでしょう。

 マネジャーは、先々を⾒通して職場の構想を持ちながら、取り組むべきことの優先順位をつけ、任せる⼈を判断し、周囲の⼈や職場を巻き込み、職場作り(変⾰、活性化、メンバー育成)と⽬標達成を⾏っていくことが求められています。そして、そのためには⾼い視座と広い視野、判断とそれに伴うリスクに向き合う覚悟、⼈を巻き込む実⾏⼒が必要でしょう。これからのマネジャーには、今まで以上に⼒をつけることが求められそうです。

未来を担う中堅社員の現状

 では、これからマネジャーになっていく中堅社員の現状はどうでしょうか。
 2015年に産業能率⼤学総合研究所で実施した「マネジメント教育実態調査」では、全階層の中で中堅社員のモチベーションが最も低いという結果が出ています(図2)。理由を⾒ていくと「業務が忙しい」「将来の⽅向性が⾒えない」「頑張っても報われない」といったことが挙げられています。
(図2)出所︓学校法⼈産業能率⼤学(2016 )「第7回 マネジメント教育実態調査報告書-⼈材開 発活動の過去・現在・未来-」
 今後マネジャーに昇格していく中堅層を30代〜40代と考える と、就職氷河期を⽣き抜いてきた世代であり、基本的には優秀な⼈材が揃っています。しかし今は、現場で多くの業務を抱え、仕事に追われて視野が狭くなりがちになっていると考えられます。また、バブル崩壊後の低迷期しか知らない世代でもあり、昨今の激変するビジネス環境を⽬の当たりにし、先を⾒通せないことに対して、不安な気持ちになっているのではないでしょうか。併せて、⾃分たちより給料は⾼いにも関わらず、⾃分たちよりも働かない年上の同僚が職場にいることで、頑張っても報われない、という気持ちが⽣まれてしまっているのかもしれません。

 ⼀⽅で企業の上位層から⾒れば、そんな中堅社員層に対して受⾝意識や⼈を巻き込む⼒の不⾜を感じる部分もあるようです。⾃ら考え、⾏動できるような⼈材が不⾜しているという声も多く聞かれます

2 労務⾏政研究所の調査「役職別昇進年齢の実態と昇進スピード変化の動向」(2010) によると、課⻑層への標準的な昇進年齢は39.4歳という結果が出ている(係⻑層は32.7歳)。

マネジャー育成はマネジャーになる前に始めるべき

 ここまでの話をまとめると、マネジャーに対する期待と業務負荷は増すばかりであり、⼀⽅で次代のマネジャーを担う中堅社員層には、不安が存在していると⾔えるでしょう。このような状況の中、マネジャーになるための準備をしないまま、マネジャーになってから育成するのは遅いと考えるのが妥当ではないでしょうか。ある⽇突然マネジャーに昇格し、プレイヤーの要素とマネジャーの要素の⼆⾜のわらじを履き、多様化するメンバーを率いて失敗せずに、成果を創出していくことは相当ハードルの⾼いことです。

 であるならば、マネジャーになる前に、育成する機会を持つことが⼤切だと⾔えそうです。具体的には、取り組むべきことを⾒つけ、優先順位をつけ、周囲の⼈や職場を巻き込み、実際に⾏動に移していくような経験を提供することが必要です。

 なぜあえて「経験を提供する」という表現をしているのかといえば、今までのマネジャー育成は、知識・スキルの習得に⼒を⼊れすぎていたのではないか、と感じているからです。マネジャーに必要な能⼒要件を要素分解し、それを研修プログラムと紐付け、体系的に育成するといったアプローチをされているケースが散⾒されます。もちろんこれは否定するものではありませんが、本当に要素分解して学習した知識やスキルがマネジャーになった時に活きるのか、ということに筆者は疑問を感じています。知識やスキルも必要ですが、それ以上に、「⽇常業務では得られにくいが、マネジャーになる前には積んでおきたい経験」を積むことの⽅が⼤切だと考えているのです。

どのような経験を提供する必要があるのか

 ここで⾔う「⽇常業務では得られないが、マネジャーになる前には積んでおきたい経験」とは何なのか、具体的に⾒ていきましょう。

1.⾃分たちの持つ問題意識を形にして、実⾏に移す経験
 中堅社員は、常⽇頃から問題意識は持ちながらも、⾃分の仕事の範囲外のことにはなかなか⼿を伸ばす余裕がありません。このことが上位層から⾒れば、受⾝的な姿勢に受け取られてしまっているのでしょう。マネジャーになれば、問題解決の連続です。より⾼いレベルで問題解決をしていくことが求められます。であるならば、⾃分たちの問題意識を形にして、実⾏に移す経験を効果的なレッスンの場として、中堅社員層に積ませることがマネジャーの育成に繋がりそうです。

2.多様な⼈を巻き込む経験
 その際必要になってくるのが、多様な⼈を巻き込む経験です。⾃分たちの範囲にとどまらず、多様なメンバーを巻き込みながら、問題解決をしていくような経験がマネジャーになった時に活きてきます。特にこれからの時代は、多様な⽴場や年齢、バックグラウンドの⼈とも良い⼈間関係を構築することが求められます。通常の仕事の範囲では巻き込まない⼈たちと共に活動していく経験はマネジャーになった時に⼤いに活きてくると考えられます。

3.学び⽅を学ぶ経験
 ビジネスは変化への対応が求められます。環境が変化するのであれば、会社も⼈も変化していかなければ、⽣存競争を⽣き抜くことはできません。マネジャーは常に成⻑し続ける⼈材であるべきです。そのためには、マネジャー⾃⾝が主体的に学び、成⻑し続ける習慣を持っていることが求められます。このような習慣を⾝につける機会、すなわち学び⽅を学ぶ経験を積むことが必要と考えられます。

 以上のような経験で結果を残すことで、中堅社員層は、「⾃分たちでも出来る」という⾃信を持ち、モチベーションの向上につながる可能性も⾼まります。ただ⼀⽅で、中堅社員層は多忙を極めており、育成機会を作ることが難しいという声もありそうです。しかし、忙しいタイミングだからこそ実施する意味があると筆者は考えています。その⽅が通常の仕事もやりくりする必要が出てくるからです。英語のmanageの元々の意味は「どうにかしてうまく⾏う」ということですから。

 マネジャーの仕事は多忙化・煩雑化しており、促成栽培で、マネジャーをやりながら経験を通じて成⻑してください、ということは酷な話です。マネジャーの育成はマネジャーになる前から始まっています。改めてプレマネジャー層である中堅社員への育成アプローチを検討してみませんか。