日本の食を考える ~ローカル・シンキング グローバル・シンキング~(2)

日本の食を考える ~ローカル・シンキング グローバル・シンキング~(2)

池波正太郎も通った前川の鰻

「材料がよくないと、どうしても甘みで味をごまかすことになるんだよね。天然の、こういう自然な甘みを生かそうと思ったら、甘くできないし、する必要もない」 これは、鰻に目がなかった故・池波正太郎が著書『むかしの味』に記した一節です。池波正太郎が足しげく通った鰻屋「前川」の鰻はもちろん天然鰻。三代にわたるつきあいの、利根川の業者から仕入れ、冬になると、秋の下り鰻を水田に入れて半冬眠させ、必要に応じて割き白焼きや蒲焼きにする。手間をかけているのだが、どこへかけるかというと「素材」です。 近年、和食がユネスコの世界無形文化遺産に登録され話題をさらいました。この和食いわゆる日本料理、池波正太郎も記すように重要なのは味付けでごまかすことではなく、「材料」にあります。西洋料理や中華料理等、日本料理以外の外国料理と大きく一線を画す日本料理の独自性がそこにあります。日本はその地理的環境から海の幸、山の幸に恵まれ気候風土がよく、おいしいものを探し、その持ち味を味わうことを第一としてきました。一方の外国料理は素材がどうであれ、うまく加工して食べることを目的としました。よい材料の前川の鰻をあえて甘みでごまかすなど必要ありません。「日本料理は材料に有り」です。

素材を切る!が日本料理の神髄

日本料理は材料に有りと言われても、それでは料理人はつまらないのでは?と、思われるかもしれませんが、先日も仙台で一番人気のあるイタリアンシェフが店を畳み農家へ転職しました。料理をすればするほど「素材」に行き着いたとの話を聞くに、やはりそこに日本という国の料理の神髄があるように思えました。戦前、日本では板前制度という料理界の制度がありました。料理人になるには、料理人の親方に仕えなくてはなりませんでした。最初は洗い方と言って、言葉の通り洗うだけ。そこから徐々に、下ごしらえ、盛りつけ、焼き物、煮物と来て、最後は“板前”です。まな板の前に立ち、包丁でさしみを引く。この切る行為が最上級です。すなわち、いろいろな味付けをすることよりも、素材を切ることが上にくる。ここに日本食のすべてがあります。
日本の国土は縦に長く、海の潮の流れも作物が育つ土も、土地土地でその顔が全く異なります。徳島で板前を極めたからといって、京都では通用しません。徳島と京都とでは、食材や食文化が違うからです。京都で習い、京都の土地に合った食材と向き合い京都の板前として包丁の腕をあらためて磨いていきます。包丁一本さらしに巻いて、粋な職人の生き方は粋な日本の食文化でもあるわけです。

刺身はナンバー1ジャパンフードブランド

大手広告会社電通が近年定点観測している調査に「ジャパンブランド調査」があります。これはクールジャパン関連事業で海外活動する企業のマーケティング支援の一環で行っていますが、日本や日本産品の好意度など興味関心やイメージの有効な詳細データを把握することを目的としています。
ここで見られるファインディングスに、日本の好きなところベスト3が「伝統文化」「食」「自然」が不動の御三家であり、日本でやりたいことの第1位に、こちらも不動ですが「日本食を食べる」が挙げられています。そして、その日本食関心層の中で最も人気が高いものが「刺身」いわゆる前述の切っただけの魚です。もちろんラーメンや天ぷらも人気が高いのですが、それらを押えての堂々の1位が「刺身」。寿司は刺身より低いランクです。
僕らはついついThink Global , Act Localで考え行動を起こしがちです。しかし、もしかするとその逆、すなわちThink Local , Act Globalという選択肢もあるのではないか、それが現代において理に適っているのではないかと考えさせられる結果です。 和食の神髄が「素材」にあり「切る」にある。そのシンプルなことは強いメッセージを発信し、世界中の人たちが強く受け取ってくれている。ここにこれからの日本と世界の関係式を正解に導くヒントがあるように思えるのは、僕だけでは無いと思います。 さて、今日も切れ味の良い包丁で旬の魚を刺身にするとしましょう。小さなグローバル活動です。