インタビュー特集 :神⼾⼤学⼤学院 経営学研究科 教授 鈴⽊⻯太氏 来るべき「2020年問題」。組織と個人はどのように向き合って、いかに対処すべきなのか


リーマンショック後、⽇本の企業はあり得べき組織の姿を求め、さまざまな模索をくり返してきた 。ピジネスパーソンもまた激変する労働環境の中で、いかに慟くか、そのスタイルのあり⽅をかつてない真剣さで追求してきたと⾔えるだろう。
こうした状況をどのように読み解き、どう乗り越えるか。⼀貫して組織と個⼈の関係のあり⽅を研究されてきた神⼾⼤学⼤学院 経営学研究科 教授 鈴木竜太氏に学問的な観点からお話をうかがった。

神⼾⼤学⼤学院 経営学研究科 教授
鈴⽊⻯太(すずき・りゅうた)

1971年静岡県⽣まれ。
1994年神⼾⼤学経営学部卒業。 1999年神⼾⼤学経営学研究科博⼠課程後期課程修了。博⼠(経営学)取得。ノースカロライナ⼤客員研究員、静岡県⽴⼤学経営情報学部専任講師を経て、現在、神⼾⼤学⼤学院 経営学研究科 教授。主な著作に『組織と個⼈』(⽩桃書房)、『⾃律する組織⼈』(⽣産性出版)、『関わりあう職場のマネジメント』(有斐閣/第56回日経・経済図書⽂化賞受賞、第30回組織学会・高宮賞受賞)などがある。

研究テーマは『組織と個⼈』のより良い関係のあり⽅

―― ご専門は経営管理論、経営組織論、組織⾏動論とのことですが、そもそも、こうした分野への
問題意識というのはどのようにお持ちになったのでしょうか。

わたし⾃⾝は研究者になりたかったので民間企業で働いた経験はありませんが、⾼校時代にラグビーをやっていて、チームプレーといったものの楽しさや充実感というものを肌で知っています。ですから⼀⼈ではなく、組織の中にあって責任を持って全員で働くということはどういうことなのかという問題意識がずっとあったのかもしれません。

研究テーマとして終始⼀貫しているのは、組織と個⼈の関係はどうやったらより良いものになるだろうかということです。出発点となる博⼠論⽂のテーマは、これは最初の本にもなりましたが、組織コミットメント、つまり会社への愛着がどのように変わるか、ということを研究したものです。 若くて入社間もない社員が、最初の10年間でどう変わっていくか。新⼊社員も⼊社して10年たって、32、3歳くらいになると、「まあ、うちの会社は…」という感じでしゃべるようになるわけですよね。そこまでのプロセスをコミットメントという概念を使って描いた著作です。わたしの研究というのは、結果的に⾃分の年齢に応じたテーマになっていると思います。この本は30歳くらいの時に出していますが、その世代のビジネスパーソンたちが、入社後10年ほどの間に組織の価値観を受容し、忙しく働くうちに組織の中⼼へと⼊っていく姿を描いた本です。
そして35歳くらいの頃出している2冊目の本では、⾃分らしく働きたいということと会社のために働くということをどうしたら両立できるのかを、個人の視点から書いています。それをどのようにマネジメントすることが可能かというテーマで書いたのが42、3歳の頃に書いた3冊目の本になります。つまり、ちょうどわたしと同じ年の世代、同級⽣たちが部下を持って、どのようにマネジメントすることができるだろうか、という自分自身の年齢から来る実感とも重なり合うわけです。

バブル崩壊以降、キャリア意識はどのように変遷したか

―― 日本型経営と⾔われるスタイルは、バブル崩壊などをきっかけにして⼤きく変わりましたが、
個人のキャリア形成という視点から⾒ると、どのように変化してきたのでしょうか。
世代によって考え⽅も違いますので難しいのですが、あえて単純に⾔えば、企業側からすると、それまでの『いったん入社すればずっと安泰です』というスタンスから、バブル崩壊後はある種の個人主義をあおるような形で『自分のことは自分でやってください』というように変わってきました。自己責任ということも⾔われるようになり、ゆえに自分自身のキャリアを決められない人であったり、あるいは決めたけれども失敗してしまった⼈などが⼤量に出てきたりもしました。組織としては、成果主義を導入せざるを得ないという状況だったと⾔えるでしょう。

⼀⽅で、それがうまくいかず、いろいろなところで歪みが出てくると、懐古主義的に揺り戻すような形で、『昔の⽇本のやり⽅も悪くなかったじゃないか』という雰囲気になってきています。とはいえ、⾃由な働き⽅というものを⼀度経験した以上は、完全に過去に戻ることはできません。労働⼒不⾜という流れの中では、⼥性の社会進出やグローバル化による外国⼈の労働者の増加、⾼齢者雇⽤の増加など、多様な属性を持ち、多様な働き⽅を推進する動きが加速していきました。

こうした状況の中で、わたしの理解としては、個人のキャリア意識というのは自分らしく⽣きたいという願望が今まで以上に強まる⼀⽅、会社の側は逆に囲い込みたいというように、以前とは反対になってきていると思います。また会社としても、個性を⼤事にする、あるいは⾃由な働き⽅ができるというメッセージを発信しないと、なかなかその会社にコミットしてもらえないという状況になってきていると思います。組織と個人の関係というものが、非常に難しい、⽭盾をはらんだものになってきているのではないでしょうか。

企業とのより良い関係を築く 『⾃律する組織⼈』というあり⽅

―― 先⽣の著作のひとつである『⾃律する組織⼈』で書かれている組織コミットメントのあり方も、こうした流れを受ける形で出てきた考えなのですね。
そうですね。自分らしく組織の中で働くということを、どう考えたらいいかというときに、出てきたのが「⾃律する組織⼈」という考え⽅です。わたしの見る限り、やはり仕事、キャリアにおいて自律できる⼈が、組織との良い関係を持てていますし、組織と良い関係を持っている⼈が能⼒を発揮できている。あたりまえですが、やはり組織にちゃんとコミットする、この組織のために働くぞと思わないと、組織の側も、⼤きな仕事を任せられないわけです。⼤きな仕事というのは、その⼈に成⻑と働きがいをもたらします。そして、どこでも通⽤する働く能⼒、⾃律した能⼒を持った⼈だからこそ、組織と対等に良い関係が持てるわけです。ノーというべき時にはノーと⾔える。それは組織から⾒ても、健全で望ましい関係と⾔えるでしょう。

例え話として、夫婦間の問題で⾔えば、やはり経済的にお互いが⾃⽴していないと、夫婦の間も主従関係のように歪んだ関係にならないとも限らないでしょう。そこできちんと⾃⽴できていて、いざとなったらいつでも独⽴できるという⼒を持っている⽅が、むしろ良い関係を保てることにつながる。組織と個⼈の関係に話を戻せば、会社側もそういう⼒を持つ⼈に⼤きな仕事を任せたいと考えるし、厚遇もするわけです。それが「⾃律する組織⼈」という考え⽅です。

人事教育担当者の中には、そのように⾃律を促せば、会社を離れてしまうんじゃないかと危惧される⽅もいらっしゃいますが、実際の研究結果では違います。やはり⾃分を懸命に育ててくれる会社に対して愛着を持つというのは、きわめて⾃然なことです。例えば親⼦関係でも⼀⽣懸命育ててくれた親を裏切るということはあまりないですよね。

新しい時代に向けて、組織に「冷却の仕組みづくり」を

―― 2020年代には組織のボリュームゾーンであるバブル世代、団塊ジュニア世代が⾼齢化する、いわゆる「2020年問題」というものが浮上してきていますが、その辺りはどうお考えでしょうか。

合理的なマネジメントの⽴場からすると、あまりコミットメントを高めていけないということになります。非常に冷たいけれども、しかるべき人には辞めてもらうというのは合理的な考え方になります。
やはり企業というのは、ずっと頑張って働こうということを全社員に向かってアピールするし、社員も基本的にやれば報われるということがあるから一生懸命働くわけです。しかしながら、ポストは減ってくる。あるいは思ったとおりキャリアが描けないということが起こります。すると、それをどうやって受け⼊れてもらうかということがとても⼤事になってきます。あまり早く見切りをつけてもらうと困るから、企業も「頑張れ!」と火を燃やしながらも、同時に、どこかで上⼿に冷却して、納得できるところで着地点を⾒つけてもらう。組織の中でのしかるべき役割を上⼿に見つけてもらうということになります。もしそれが組織の中になければ、活躍する場所を外に⾒つけてもらう形を⽰すことも、組織側からするとあり得ることなんです。これはメリトクラシー(業績評価)研究の中の「冷却」といわれる考え方です。 わたしは常々思うのですが、やはり近年の⽇本は、頑張れ、頑張れという⽅向に向けて上⼿に⼿を替え品を替えやってきたわけですが、それで、どこかでぽきっと折れちゃうような⼈もいます。ですから、そういう冷却の仕組みのようなことを新しい時代に向けて、考えておく必要があるのではないかと感じています。

専門性を組み合わせて 独⾃のスキルを構築すべき

―― 最後にスキルについておうかがいします。汎⽤的なスキル、専門的なスキルの習得など、いくつかの⽅向性がある中で、今後どのようなスキルが求められていくのでしょうか。

通り⼀遍の答え方で⾔えば、汎⽤でも特殊でもなく、⾃分だけのスキルを⾒いだす⽅向がひとつあると思います。なかなか難しいことですが、⾃分にしかできないことというのが求められています。つまり、この職場で⾃分しかできない、と。そういうものを早く身につけていく。それは、部署レベルでも、会社全体の中でもかまいません。自分にしかできない、あるいは、もっと広がって、こんなことをやれるのは⾃分ぐらいじゃないのかという形にもっていけたらいいですね。

例えばイチロー選⼿のように、ヒットを打つスキルが、大リーガーの選⼿がずらっと並ぶ中で⼀番になるということは、すごく難しいことではあるとは思います。しかし、⼀般の組織では、いろいろな組み合わせでできると思うんです。具体例を挙げると、マーケティングのスキルだけではなかなか⼀番になれないけど、中国語でマーケティングができるのはこの会社では⾃分ぐらいじゃないのかなどです。
そういういくつかのスキルの組み合わせが、かけがえのない⼀番になるんだと思います。すごく⾼度なことを求めるのではなくて、人事と語学とか、複数の専門性を上⼿に橋渡しができているなど、組み合わせることによる独⾃性というスキルです。
それは⾃分にしか出せない付加価値を探求していくということと⾔ってもいい。最初から狙ってできることではなくて、いろいろな仕事のチャンスや、自分のバックボーンなど、さまざまなことが重なって⽣まれてくるものだと思います。理想論ですが、そうするともう誰の真似でもないようなものになるでしょうし、これが会社と良い関係を持つためにも、あるいは会社の枠を超えて、グローバルな分野で活躍する上でも⼤事なことなのではないかと思います。