インタビュー特集 「専門家が語る2020年 学びの未来と可能性」 ⽥中弥⽣⽒

2020年、東京オリンピック。その経済効果は、⾦額にして約3兆円、15万⼈の雇⽤機会を創出すると⾔われている。しかし、こういった景気はいわば需要の先取りにしか過ぎず、揺り戻しの時期が必ずやってくると⾔っても過⾔ではない。
いま、その問題に企業はどう取り組み、どうその危機を乗り越えていくべきか。4名の専門家がそれぞれの視点、それぞれの⽴場で語る。

⼤学改⾰⽀援・学位授与機構 教授
⽥中 弥⽣(たなか・やよい)

独⽴⾏政法⼈ ⼤学改⾰⽀援・学位授与機構教授、東京⼤学非常勤講師、国際公共政策博⼠、財務省財政制度審議委員会、住友商事株式会社社外取締役ほか。
専門は非営利組織論、評価論。ドラッカーの来⽇講演会企画・運営を機に同⽒の元で学ぶ。主な著作に『ドラッカー 2020年の⽇本⼈への「預⾔」』(集英社)、『市⺠社会政策論 3.11後の政府・NPO・ボランティアを考えるために』(明⽯書店)、訳書にドラッカー『非営利組織の成果重視マネジメントNPO・⾏政・公益法⼈のための「⾃⼰評価⼿法」』(ダイヤモンド社)などがある。

⾼度化し複雑化する現代社会。その中にあって、組織はどのように変わり、⼈はどのように働き⽅や⽣き⽅を選ぶべきなのか。
知識社会の到来と知識ワーカーの登場を予⾒したドラッカーに直接の薫陶を受け、愛弟⼦として非営利組織論を研究されてきた独⽴⾏政法⼈ ⼤学改⾰⽀援・学位授与機構教授の⽥中弥⽣⽒にお話をおうかがいた。

ドラッカーの予測した「2020年」とは何か

―― 「2020年問題」が語られるはるか以前に、すでにドラッカーは2020年をひとつの節目として考えていたようですが、その考え⽅の背景を教えていただけますか。

ドラッカーは、⾼等教育を受けて、その知識や技術をベースにして働く⼈たちが⼤半を占めるような社会を「知識社会」と呼び、それ以前の⼯業化社会とは区別しました。そして、そうした⾼等教育を受けて働く⼈たちを知識ワーカー、ナレッジワーカーという⾔い⽅をしています。

ドラッカーによれば、知識社会の出発点は、第2次世界⼤戦後にアメリカで施⾏された復員兵法から始まっています。戦後、⼤量の兵⼠が復員して帰国するわけですが、アメリカ政府は、その復員兵たちに奨学⾦とともに⼤学に⼊学する資格を与えました。つまり職のない状態で無為に過ごさせるよりも、目的意識を持たせたわけです。そのことによって、⼀部の富裕層の専有物であった⼤学が、⼀挙にユニバーサルと⾔いますか、⼀般の⼈たちでも⼊れるものになりました。

ドラッカーは⼈⼝動態などの指標をきちんと読み込んで予測を⽴てる⼈でしたから、そういう意味ではエビデンスを重視する⼈でした。その彼が、こうした知識社会は、成熟の後に70年か80年ぐらい経って終焉するだろうと予測したのです。すると2020年あたりが、その終焉のひとつのポイントになる時期というわけです。

知識ワーカーの働き⽅と 非営利組織やボランティアの可能性

―― そうした転換期を迎えつつある現代の⽇本で、⼤半を占めている知識ワーカーという存在は、今後どのような働き⽅や⽣き⽅を目指すべきとお考えですか。

知識ワーカーが、それまでの⼯業化社会におけるワーカーと異なるのは、会社というコミュニティーで⼀⽣働くという意識が希薄であることです。知識ワーカーは、⾃分がもっと⾯⽩いと感じたり、あるいは⾃分の知識や技術をもっと使え、⾃分が成⻑できるような場を求める性質があります。ドラッカーによれば、それは知識ワーカーの性(さが)ということになります。でも、⼈間というものは、やはりどこかに帰属するというか、何かのコミュニティーの構成員として認められ、できれば役に⽴ちたいし、感謝されるようになりたいという欲求があると思うんです。その欲求をうまく⽣かして、どこかに帰属をし、⽣き⽣きと働く、役に⽴っているという実感を得ることは必要なことではないかと思います。

今までは会社組織が、そうした⼈と⼈とのつながりの器になっていたわけですが、それ以外にも新しいつながりのあり⽅というものが出てきています。そのひとつが、阪神淡路⼤震災のときのボランティアです。1か⽉で1万⼈もの⼈たちが全国から集まってきて、当時はNPOという概念も法も何もない中で、ボランティアグループとして上⼿に組織化されました。⾃分が役に⽴ちたいという気持ちを、ひとつのボランティア活動として集めて、機能させるということが、それから以降、NPO法の成⽴などもあって、あたりまえのようになり、わたしたちの⽇常⽣活の中で⾝近なものになりつつあります。つまり、⽣き⽅や働き⽅の選択として、会社組織だけでなく、非営利組織やボランティア活動というものが⼤きくなってきていることは事実だと思います。

ソーシャルな⽣き⽅を求める若い世代の受け皿になっているLITALICO社やアメリカの教育NPOであるTEACH for AMERICAなどは、知識社会の新しい受け皿と⾔えるかもしれません。

他⼈任せでなく主体的につかみ取るべき 学びのスタイル

―― 問題が⼭積し、社会のあり⽅も⾼度化し複雑化している中で、知識ワーカーの“学び”は今 後どのようにあるべきだとお考えでしょうか。

わたしはこの10年余り東⼤で授業を持っていますが、例えば、何か問題が起こるとテレビのワイドショーなどで司会者が「政府はなにをやっているんだ」などと憤慨してみせる。それは⼀番まずい考え⽅のパターンだと学⽣たちに⾔っています。⼤切なのは政府が何かしてくれると考えるのではなく、⾃律して、⾃らがどのように動くかです。教え⼦たちの中には何か社会的課題があるとすると、⾃分たちでどう解決するかをまっさきに考える者が増えているようにみえます。学ぶ姿勢ということであれば、学ぶ⼈がいかに主体的に考え、つかみ取るかということがとても⼤事になってくるのではないでしょうか。

学者に限らずこれからもじっくり本を読む、それも古典を読むといった学びが必要だと思います。⼀⾒無駄なように思えることでも、じっくりと考えるという訓練をしなくてはいけないし、クリティカルに考えるということも必要です。そして⾃分のテーマや将来のキャリアなりを、⾃分で探して選択するということが⼤切だと思います。知識ワーカーにとって、社会貢献は⼤事なことだし、必要なことなんですけれども、そこにプラス⾃律的に考え⾏動することを⾝につけることが必要だと思います。