【事例紹介】次の時代のために今やらなければいけない。イオン株式会社におけるダイバーシティの取り組み

はじめに

2013年の株主総会にて、グループ全体の⼥性管理職の⽐率を2016年度までに30%、2020年度までに50%とすると宣⾔したイオン株式会社。

⼥性の活躍を推進する理由、その中で⾒えた課題、具体的な施策について、グループ⼈事最⾼責任者の⽯塚幸男⽒とダイバーシティ推進室 室⻑の⽥中咲⽒にお話を伺いました。

(右)執⾏役 グループ⼈事最⾼責任者 兼 グループ環境最⾼責任者 ⽯塚 幸男 ⽒
(左)ダイバーシティ推進室 室⻑ ⽥中 咲 ⽒

  • この事例は、2015年度通信研修総合ガイドの特集「”攻め”のダイバーシティ」に掲載させていただいたインタビュー記事です。

経営戦略の実現のために、⼈材を最⼤限活⽤する

---ダイバーシティ推進、特に⼥性管理職⽐率についてかなり⾼い目標を掲げていらっしゃいますが、その背景についてお聞かせください。

⽯塚 : グループでは、「2020年 アジアNo.1のグローバルリテイラー」という目標を掲げております。
その実現に向け、経営幹部となる⼈材の育成が急務なのですが、現在の管理職⼈材の構成を確認したところ、ダイバーシティの推進、特に⼥性の活躍推進において課題があることが分かりました。

2013年春の段階では、管理職に占める⼥性の⽐率は7~8%でした。
社員全体における⼥性の⽐率が30%であることと、ここ数年グループの新規採⽤者の男⼥⽐がほぼ50:50であることを考えると、⼤変低い⽔準です。これは、⼈材という経営資源を最⼤限に活かしきれていないということであり、このままではイオンが2020年に目指す姿を実現する経営⼈材が不⾜してしまう、と強い危機感を感じたことが背景にあります。

前⾝のジャスコ(株)は、1969年に(株)岡⽥屋、フタギ(株)、(株)シロの3社の共同出資により創業いたしました。
男⼥雇⽤機会均等法が定められる前の当時から、「性別、国籍、学歴、年齢、宗教、出⾝企業などにより⼀切差別しない」という⼈事⽅針を掲げており、制度をはじめ、さまざまな点において、⼥性も含めた多様な⼈材が働きやすい環境づくりを進めてきたつもりでした。

しかし、いざ蓋を開けてみると前述の通りの状況だったのです。そこで、2020年へ向けて多様な⼈材が活躍できる会社をつくるために、現CEOの岡⽥から株主の皆さまの前で「2016年までに30%、2020年までに50%」と宣⾔させていただいた次第です。

「⼥性の活躍が進めば会社は強くなる」と信じて、背⽔の陣の覚悟で何がなんでもやり遂げようということがこのコミットメントを⾏った理由であり、私たちも全社⼀丸となって現在取り組んでいます。

---⼥性が活躍することは、貴グループにとって経営的にどのようなメリットがあるのでしょうか。

⽯塚 : 短期的に⾒ると、⼩売業を事業の中⼼としているグループですので、多くの場⾯で購買決定権を持つ⼥性が活躍することは、お客さま視点を実現できるというメリットはあります。
ですが、この短期的なメリットを求める以上に⻑期的に考えた際の危機感のほうが⼤きいのです。

世の中には⼥性と男性がほぼ同数いて、当グループでもここ数年はほぼ男⼥同数で採⽤しています。それであれば、管理職の⽐率も50︓50になっていてもおかしくありません。

しかし現状がそうなっていないということは、⼥性が活躍するにあたって何かしらの阻害要因があり、せっかくの⼈材の⼒を活かしきれていないということです。
その阻害要因をつぶしていくことにより、本来あるべき姿に近づくと考えています。そこで、当グループの経営戦略に基づく⼈材マネジメントの課題として⼥性の活躍推進に取り組んでいます。

---阻害要因をつぶしていくことを、教育の中ではいかがお考えですか?

⽯塚 : 2016年に30%の⼥性管理職を輩出するのであれば、その⼿前の教育の機会も30%を確保していこうと考えています。
ただ、定量目標を掲げると数字を追い帳尻を合わせようとしてしまいがちですが、管理職⽐率が数字だけ30%になっても意味がありません。
教育の内容も、例えば⼥性管理職で⾔えば、今までの枠組みの中で男性と同じように仕事をして管理職候補になった⽅と、現⾏の枠組みの中では管理職にならないけれど、管理職の資質を⼗分お持ちの⽅、この2つを分けて考える必要があると思うのです。
会社を強くするという目的のもと、そうした教育や活躍推進の取り組みを企画・推進するために、社⻑直轄でダイバーシティ推進室が設けられたのです。

男⼥が等しく活躍できる会社を目指したダイバーシティ推進室の設置

⽯塚 : 2013年春の株主総会での宣⾔後、2013年7⽉に、社⻑直轄の組織として、グループのダイバーシティ推進の司令塔となるダイバーシティ推進室を設けました。当然⼥性だけのことではなく、外国⼈や障がい者の⽅々の活躍推進、有期契約社員の戦⼒化など、さまざまな施策を同時並⾏でおこなっています。

⽥中 : 推進室は私を含めて3名の体制です。しかし、国内の事業会社65社にもそれぞれ3名の推進体制を作りましたので、ダイバーシティ推進メンバーはグループ全体で約200名にのぼります。⼥性活躍推進の阻害要因が事業ごと、企業ごとに異なると考えた結果、本社主導ではなく、グループ会社主導でのダイバーシティを実現したいと考えたのです。
これは、今までイオンが幾度となく⼥性活躍推進を掲げたにも関わらず実現出来なかった原因を踏まえてのことでもあります。
各社3名のダイバーシティ責任者とリーダーの3名は⾃社の現状分析と従業員へのヒアリングを実施し、課題を明らかにした上で、アクションプランの⽴案をおこないました。

---活動を進めていく中で重視したことはどのようなことでしょうか。

⽥中 : イオンの業種業態の多様性です。国内だけみてもGMS事業やディベロッパー事業、総合⾦融事業など10の事業があります。さらに、物流やマーケティングなど、事業を⽀える機能を担う企業があり、ダイバーシティと⼀⾔で⾔っても、⼈事制度や店舗のオペレーション、⼥性の意識など、課題もさまざまです。ですから、進め⽅はそれぞれの会社に任せて、否定をしない、ということを⼼掛けました。
私たちが目指すのは、ダイバーシティ経営企業が集まるグループの実現です。各社とも個性的なアクションプランが出来上がっていますが、それが良い形で成功するようナビゲートし、良い事例をベストプラクティスとして紹介・展開できるような流れにしたいと思っています。
⽯塚 : 少しつけ加えると、ダイバーシティ推進室は⼥性管理職⽐率の向上の中⼼的役割を担っていますが、社⻑直轄の組織であり、⼈事部内の組織ではありません。

私は⼈事の責任者をしておりますが、もし⼈事部が⾳頭を取ることになりますと、⼈事部にとっての部分最適を追ってしまいかねません。
チャレンジ的な意味での昇進はありますが、あくまで会社を強くするための施策として進めているということを明確にして、推進室は活動をしています。

⽥中 : 当然ながら、各グループ会社においてもダイバーシティ責任者・リーダー3名だけの⼒では、動かせないことも多々あります。制度については⼈事部を巻き込み、店舗オペレーションについては営業の⽅々も巻き込むなど、会社全体で⼀丸となって推進することが必要なのです。
そういう意味においても、私たちの役割は、イオングループ全体のダイバーシティを推進していく、⽅向づくり、ムードづくりだと考えています。

結婚、出産は退職理由ではない。正確な現状認識をもとに退職を防ぐ

---⼥性の活躍を阻害していたものは⾒えてきたのでしょうか。

⽥中 : ⼥性の管理職が少ない理由を調べるために、まずは数値データの分析をおこないました。社員の男⼥⽐を⾒ると、これまで約40年間で⼊社した社員のほぼ6割を⼥性が占めます。
しかし、現在の⽐率では3割にまで減っていました。中でも若年層の⼥性の退職率は、男性の2倍にものぼっており、その後のステージである管理職を⾒ると⼥性⽐率は約1割になっているという結果でした。

この結果から、初期キャリアにおける退職数の多さと、3割いる⼥性が管理職になると1割しかいないという昇進数の少なさの2つの問題が浮き彫りになりました。この2点には、⼥性の活躍を阻害する、何らかの課題が潜んでいるのではと考え、主要会社であるイオンリテール(株)で働く⼥性たちに「どういうときに辞めたいと思ったか」等のヒアリングをおこないました。

その中で多かった理由は、⾃分のキャリアが⾒えないということと、他の⼥性社員とのつながりが少なくて相談する⼈がいないということでした。
また、管理職を目指したいですか、という質問に対しては、8〜9割の⼥性が目指したくないと答えました。

⽯塚 : ⼥性の退職理由として、結婚や出産、育児などが契機になるかと思っていましたが、そうではありませんでした。結婚や出産の際は、制度が守ってくれるので、そこで辞めるメリットはないのです。
私どもの制度は法定以上に整っていますから、むしろ会社に籍があるほうが⽣活は安定します。

ヒアリングや分析を重ね、⼥性⽐率が6割から3割になる際の主な退職理由は、転職ではないか、ということが分かってきました。キャリア志向があり、⾃分の能⼒にもある程度⾃信を持っている⽅が今の仕事をこのまま続けることを選ばなかった、という課題が明らかになってきたのです。

---明らかになった本当の課題に対して、取り組みを始めたのですね。

⽥中 : はい。キャリアに不満を持っての退職者を減らすこと、すなわち、イオンで働く⼥性たちに⾃分⾃⾝のキャリアの⾒える化を進めることを目的に、キャリアデザインのセミナーを25歳前後の⼥性を対象に実施しました。

最初は、⼥性に向けた戦略や会計・財務の知識の研修も考えたのですが、そもそもそれは⼈材育成部が経営者教育として実施していました。
しかし、それでも⼥性の退職率が⾼いのは、知識教育だけでは⾜りない部分がきっとあると考えました。ロールモデルの提⽰も⼤事ですが、そのもっと前の段階のモチベーションの源、マインドの部分として、まずは⾃分が進むべき道を考える場が必要だと考えたことも、キャリアデザインセミナーを実施した理由です。

また、このセミナーの目的はもう1つあります。店舗などの現場では、⼥性の社員も少なく、相談できるような⼈がいなくて、ポツンと孤独になってしまうことが多くあります。そうした⼈たちが、同じ年代の⼥性たちと悩みを共有し合える場にしたいという思いもあります。
たとえモチベーションが下がっていたとしても、このセミナーに参加することで、少しでも前を向いてもらえたなら、と思っています。

---⼿応えはいかがでしたか。

⽥中 : セミナーでは、目先のことだけを考えがちな⼥性の視野を広げるために、今取り組んでいる仕事を俯瞰して考え、将来何をしたいか、その仕事の実現へ守備範囲を広げるためにはどういうことが必要かを考えるワークをおこなっています。
参加した⼈からは「今の仕事を広げるために何をしておくことが必要か、を考えることが新鮮だった」との感想がありました。

また、私たちのアドバイザーでもある当社社外取締役の内永ゆか⼦⽒の講演も実施し、その中で、「管理職はやりがいのあるもの。その地位についてはじめて⾒えるものがたくさんあります。
どうしてこんな楽しい特権を男性だけに占めさせておくの。」と多くの⼥性に伝えてくれています。

毎⽇同じ業務を繰り返すことも多く、閉塞感を感じているだろう中で、次のポジションに⾏けば⼀気に視界が開けるかもしれない、⾒えなかったものが⾒えるようになるかもしれない、ということを伝えることができて、少しずつ変わってきていると感じています。

現在の⽐率で3割いる⼥性のうち1割しか管理職になれていないことについては、各社のダイバーシティ推進のメンバーや、現場の⼈たちの声を聞きながら、何を学べば、何を伝えられれば⼥性が管理職になりたいと思えるのかを検討しているところです。

真に実⼒が評価される仕組みが最終的には会社を強くする

---ダイバーシティの推進において、よく話題となる時間制約の課題についてはいかがですか。

⽥中 : はい、限られた時間の中で仕事を終える、⽣産性向上に着⼿しなくてはいけないと考えているグループ会社は多く、取り組みをこれからスタートする予定です。

⽯塚 : 例えば、朝から閉店までいたい、その⽅が⾃分⾃⾝安⼼できるという店⻑もいます。

ただ、その⼈は良いかもしれませんが、その姿を⼥性社員が⾒ると、店⻑になるにはあんな働き⽅をしなければいけないんだ、と思わせてしまっているのです。
マネジメントは時間で測れるものではない、倍の時間投⼊すれば成果が倍になるわけではない、という意識の転換が必要です。

⽥中 : 忙しいこともあって、⾃分⾃⾝の仕事の棚卸しができない店⻑も⾒受けられます。
だからこそ私たちが、モデル店舗で検証するなどして、何の仕事にどれくらいかかっているのか、何の仕事を残して何をやめるのか、本当に8時間で終えることができないのか、などの分析に取り組みたいと考えています。

ダイエットに例えると、⾃分だけでカロリーコントロールするのは簡単ではありませんよね。朝⾷で1,000kcal、昼⾷で1,000kcal…、全体で100kcalオーバーです。
この揚げ物の分がオーバーしていますよ、といったように、⼀緒に⾒える化していく必要があると思っています。

また、⽣産性は働ける時間が制約されやすい⼥性だけに関わる課題ではありません。制度の利⽤率を⾒ると、育児では⼥性が95%ですが、介護に関しては男⼥半々です。
今後は介護制度の利⽤⼈数はもっと増えてくるでしょう。そうすると、当然限られた時間の中でパフォーマンスを上げることが男⼥を問わず求められてくることになります。

⼦育てをしている⼈、介護をしている⼈、語学学校に通っている⼈など多様な働き⽅の⼈たちが、真に実⼒で評価されて、管理職や経営⼈材として活躍できる仕組みをつくることが、最終的には会社を強くすると考えています。
⽯塚 : ⼥性管理職⽐率の数値目標を経営トップが宣⾔したことで、まずはダイバーシティ推進に向けたスタートラインに⽴つことができました。今は先輩たちが⼤変な苦労をして育て、残してくれたもので私たちは⽣きていくことができています。
これからは私たちが成⻑させていく番であろうと思います。今耕しているものをしっかりと育てて、業績に反映できるような成果を出すということです。
次の時代に向けた役割を果たすという強い使命感をもって、ダイバーシティの推進に取り組んでいきたいと考えています。

(2014年8⽉取材)