スペシャルインタビュー 「ダイバーシティ経営とは"もちまえ"を⽣かした⼈材マネジメ ント戦略である」

ダイバーシティ経営でビジネスのポテンシャルを解き放つ


ダイバーシティ経営を進めるために、企業はどのような点に留意する必要があるのか。また、その阻害要因はどういったものなのか。 ⻑年に渡り、⼈事コンサルタントとして多くの企業の現場を診ている、学校法⼈産業能率⼤学⼈事・コミュニケーション研究センター 主幹研究員の原義忠からお話しいたします。

「仕⽅なく」から「対応しなければならない」へ変わってきた

ダイバーシティ経営推進の⽅法やその浸透度合いは組織によってさまざまかと思いますが実際にいま現場ではどのような流れが起きていますか?

10年ほど前からダイバーシティという概念が⽇本でも議論されるようになってきましたが、当初は最低限の法令遵守を基点として考えられがちでした。

たとえば『⾼年齢者雇⽤安定法』の改正が施⾏された際も、「法律としてそういう話があるから、最低限のことは我が社も⼿を打ちたい。そのために何をしなくてはならないのか。」といった、リスクマネジメント視点でのご相談を多くいただきました。
ところが、最近では相談内容が顕著に変化してきています。⼈材採⽤難が続く中、企業規模を問わず、優秀な⼈材を繋ぎ⽌める必要に迫られて、ダイバーシティを推進するようになってきているという実感があります。

活躍してきた年齢層の⼈たちが定年退職を迎えている。技能伝承もスムーズに進んでいない。しかも優秀な⼈材は採⽤しづらい。このような現実に直⾯することで、ダイバーシティを推進することが、『仕⽅なく』から『対応しなければならない』、義務から経営課題、という認識に変わってきていると思います(※図表1)。

そもそもダイバーシティ経営とは、多様な⼈材を組織に組み込むことによって、何らかの変⾰をもたらし、組織のパフォーマンスを上げることが目的です。パフォーマンスには、業績や利益率などの目に⾒える財務的なものもありますし、従業員のモチベーション向上や優秀な⼈材の確保といった、非財務的なパフォーマンスも含みます。
リスクマネジメントではなく、組織のパフォーマンスを向上させるための⼿段としてダイバーシティ経営が注目され推進されてきています。

⼈の”もちまえ”を⼗分に発揮させる⼈材活⽤施策

組織のパフォーマンス向上を目指し、ダイバーシティを推進する際留意すぺきことを教えてください。

シニア⼈材の活⽤を例にお話しします。シニア⼈材活⽤というと、ある⼀定の年齢からは嘱託社員として、役割や賃⾦、処遇などを制約し、再雇⽤する制度のことを思い浮かべる⽅が多いかもしれません。

しかし、このように年齢だけを理由にさまざまな制約を設ける仕組みは、能⼒があって、やる気もある⼈にとっては、モチベーションが下がる原因にもなり得ます。
シニア⼈材が持っている、経験知や能⼒、⼈脈といった資源を⽣かしていけるような、仕事の仕⽅や与え⽅、評価⾃体を変える⽅向に進んでいくべきだと考えています。

本学の創⽴者である上野陽⼀の⾔葉でありますが、それは「⼈の“もちまえ”を⼗分に発揮させること」に他なりません。多様な属性、多様な価値観の⼈材が共存する職場、いわゆるモザイク職場が増えていく現実に対して、組織サイドが経営戦略と連動させた⼈材活⽤施策の展開パターン(※図表2)をどれだけ⽰していけるかが鍵となってきます。⼈材への期待値をどこまで変えていけるのか、貢献スタイルの⾰新が問われるフェーズに⼊ってきているのではないでしょうか。

⼥性でもシニアでも非正規社員の活⽤においても、⼈材マネジメント領域における問題構造はまったく同じです。まず組織として着⼿すべきことは、やる気のある⼈に頑張ってもらえる環境をつくるということ。成⻑意欲や⾼いモチベーションを持っている社員ががんばろうとしているときに、「邪魔をしない」環境づくりが必要だと思います。それだけでも前進する組織はかなり多いのではないでしょうか。
出典:⾼齢・障害・求職者⽀援機構「⾼齢者雇⽤に向けた賃⾦の現状と今後の⽅向 (2012)」を参考に作成

⼈材活⽤施策の⽅向性を統⼀することが何より重要

ダイバーシティ推進において、阻害要因となっていることを教えてください。

端的にいうと、さまざまな⼈事施策の向いている⽅向がバラバラで、不整合が起こっていることだと思います。
図表3は、ダイバーシティ推進における⼈材マネジメント領域の全体像です。ここでは、多様な⼈材を組織に組み込み、多様な価値観を尊重し合う風⼠の醸成と、“もちまえ”が発揮される仕組みを整備・運⽤しいくことが重要です。

したがって、教育施策やキャリアパス、評価などは、別々に機能するのではなく、すべて「組織が個⼈に対して何を期待しているのか」という筋の通ったメッセージを持っていなければいけません。

ところが、実際にそれらをトータルで⾒たときに、不整合を起こしている企業があまりに多いのです。結局のところ、組織として何を目指しているのか、どういう⼈材を欲しているかがわからないのです。

具体的にいうと、【1】時間や勤務場所等の就業⾃由度、【2】期待する役割(仕事の内容)、【3】成果への期待や責任、この3つの区分をかけ合わせることによって、組織が求める⼈材像が⾒えてきます(※図表2)。それにもかかわらず、相応しい教育機会が与えられていなかったり、評価制度が整っていなかったり、働き⽅が合っていなかったりという、不整合が起きているのです。

私たちは、その原因がどこにあるのか、組織としてもっとも⼤事にしている価値観は何なのか、そして何を変えていくべきなのかということの検証を⼀つひとつ重ね、不整合解消のためのお⼿伝いをしています。

不整合が解消されれば、組織が何を目指しているのか、というゴールがイメージできます。ゴールが⾒えるからこそ、組織は個⼈に期待する役割に応じて教育機会を与えることができますし、個⼈がポテンシャルを100%発揮することに繋がり、組織のパフォーマンス向上にも繋がるのです。

さまざまな働き⽅を提供できる仕組みを整え、多様な⼈々に活躍してもらうためには、まず組織側のメッセージを統⼀させることが何よりも重要です。

中⻑期成果と短期成果のバランスを考慮した教育が⼤切

本学は、教育サービスの提供を通じて、組織と個⼈の成⻑を⽀援することを掲げています。個⼈が多様化している今、教育施策そのものをどのように捉えていくべきなのでしょうか。

個⼈の多様化、制約のある働き⽅というのはもうすでに当たり前のことになってきています。たとえば、ダブルケアの問題がそうです。介護と育児の両⽅に追われる⼈にどう活躍してもらうかという話は、性差よりむしろよく⽿にする話です。現在は、フリーに働ける⼈のほうが珍しいといっても過⾔ではありません。

このような状況下における教育は、以前のように、教育にかけた投資と実際の成果が中⻑期的なスパンで⾒て採算が取れる、という考え⽅だけでは成り⽴たなくなっていると思います。就業⾃由度や雇⽤期間などに制約がある中での教育には、短期的な成果も求められています。

したがって、2つの時間軸、つまり中⻑期的に成⻑を促進させていくための教育と短期間でベストパフォーマンスを発揮してもらうための教育のバランスを⾒ながら、両⽴させた教育施策を提供していくことを念頭におくべきだと思います。働き⽅が変われば、学び⽅が変わり、組織の関わり⽅が変わるということです。