ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)の台頭 ~イギリスの事例~

この連載では、企業と社会との新しい関係について、欧州、特にイギリスの事例をもとに紹介してきました。最後に、ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)の台頭から、新しい企業のあり方について考えたいと思います。

欧州では、1996年にEU加盟各国の研究者によってEMES(社会的企業研究ネットワーク)が結成され、社会的企業に対する研究の蓄積とともに、その社会的・経済的な役割への期待が年々高まっています。

特にイギリスでは、政府主導による新しい法人制度を含めた社会的企業に対するさまざまな支援策が導入されてきました。

この中で、社会的企業は、「出資者や所有者に対する利益の最大化ではなく、社会的な目的の遂行を第一とする事業体であり、そのために何らかの取引活動を行うもの」とされています(イギリス貿易産業省「社会的企業:成功への戦略」*1より)。

このような社会的企業は、社会的課題の解決や公益に対する明確な目的のもと、地方再生や都市再生、雇用創出、公共サービス改革、あるいはこれらを通した社会的・経済的包摂(インクルージョン)を、起業家的な精神によって達成することが期待されているのです。

イギリス内閣府がまとめた調査によると、イギリスの中小企業のうち、自らを社会的企業とみなしている企業は、およそ18万社にのぼることが推計されています。*2

一方で、一般企業が積極的に社会的企業を支援する活動も見られるようになってきました。ひとつには、社会的投資(Social Investment)を通じて、社会的企業を財政的に支援するものです。イギリスでは、社会的投資に対する税制優遇制度が導入され、投資家による社会的企業支援の振興が図られています。また、企業が持つ専門性や経営資源を社会的企業の経営に活用しようとする取り組みも行われています。
以前にも紹介したビジネス・イン・ザ・コミュニティ(BITC)では、会員企業による社会的企業支援プログラムを立ち上げています。このプログラムは、2012年ロンドンオリンピックを契機として、開催地域であるイースト・ロンドンの社会的企業の支援と雇用の創出を目的に始められ、現在でも、ボランティア派遣や経営指導、サプライチェーン開拓の支援などが行われています。また、BITC会員企業の経営者と社会的企業の経営者(社会起業家)が、直接交流できるプログラムも提供しています。
日本では、2000年代後半以降、経済産業省を中心として、社会的企業の振興が検討されるようになりました。現在では、地方創生に関連して私たちの生活に必要なサービスの提供主体をどのように再構築していくかの議論から、地域に根差した社会的企業の議論が進められています(経済産業省「地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会」)。社会が抱えるさまざまな課題を解決するにあたって、企業的(あるいは、起業的)な力が求められているのです。 社会的企業の活動は、貧困者や条件不利地域のコミュニティを対象とすることが多く、市場性に乏しい顧客を相手にするという特徴があり、厳しい経営をせまられています。 一般企業による社会的企業の支援は、事業活動を通じた社会との新しい関係を築くひとつの手段を提供しているのではないでしょうか。

*1 Department of Trade and Industry (2002) Social Enterprise: Strategy for Success に示された定義による。

*2 Cabinet Office (2013) Social Enterprise: Market Trendsによる。この調査では、①自社が社会的企業であると認識していること、②50%以上の剰余金を所有者・株主に分配しない、③75%以上の収入を補助金もしくは寄付金から得ていない、④事業収入が25%未満ではない、⑤「社会的もしくは環境にかかわる目的を有した事業体であり、その剰余金は株主や所有者にではなく、主として事業もしくはコミュニティに再投資される」ということに同意する、を満たしたものを社会的企業としている。