企業のグローバル化と賃金制度の課題(2)

先回、グローバル企業の賃金体系には多くの課題が残されていることを述べた。今回のコラムでは、まず一般的な企業の賃金体系に関して解説し、その根底にある課題を明確にする。表1は、食品業A社における数年前までの賃金体系表である。
「給与ランク」とそのランクに対応した「役職域」および最短で昇格した場合の年齢を示している。年収イメージは、残業代(組合員のみ)を含むリーマン・ショック以前をベースとしている。

  1. 従業員給与ランクは「10段階(A等級~J等級)」あり、J等級を超えると役員報酬および執行役員報酬体系となる。役員は従業員ではなくなるので、従業員としての最高給与ランクはJ等級である。
  2. 高卒者はA等級、高専卒および短大卒者はB等級、大学および院卒者はC等級から始まる。四季報などに掲載される大卒者初任給はC等級のことを示している。
  3. 「役職域」との関係からも理解出来るように、組合員はA等級~G等級までを示し、H等級以上は非組合員となり、経営側との交渉には一切係わることが出来なくなる。
  4. 非組合員は基本的に年俸制と言っても過言ではなく、勤務時間は自己管理であるため残業手当は付かないことが一般的である。
  5. 給与ランクが適正か否かに関しては、文書化された「職務等級格付け規準書」に照らし合わせた上で、上司の申告により全社的に調整して決定する。
企業が毎年のように増収増益を続け、新卒採用者数や総従業員数が右肩上がりに増え続けている場合には、従業員の自然減少(中途退職や定年退職)を加味して「給与ランクの構成人員」は理想的なピラミッド型を維持することが出来る。

しかし、バブル経済崩壊以降の「失われた20年」においては、多くの企業は新規採用者を絞ったために、「給与ランクの構成人員」は逆ピラミッド型とは言わないまでも、表1のF等級~H等級層が増え、更には等級に見合う役職ポストが無くなってしまった。即ち「給与は高いが相応な仕事がない」という状況に陥り、人件費率の増加を加速させた。そこで、景気低迷下での競争に打ち勝つために企業は組織をスリム化し、経営判断を迅速化する戦略へと変更することになった。但し、企業戦略の方向性は正しいものの、職務と報酬の観点では以下のような弊害が生じた。
  1. 役職者の守備範囲が広がり、彼らはより忙しくなった(組織のスリム化による弊害)。
  2. 仕事がより細分化されたため、一般従業員は全体を見渡たす能力が低下した。
  3. G等級の年収とH等級の年収が逆転する場合も生じた(G等級は残業代が付くにも拘わらず、H等級には残業代が付かない。更に後者の責任範囲が広がり、非組合員ということで賞与査定が低く抑えられたため)。
  4. 上記(3)により、H等級者の仕事へのモチベーションが下がるとともに、G等級者の昇格・昇進意欲に水をさした。
  5. H等級以上で役職ポストを外された者は仕事への情熱が薄れ、結果として組織に活力が無くなった。(給与ランクに降格という制度が無いため、仕事の質と量が減っても年収は維持された=何もしなくても高い給与が保障された)


以上のように、H等級以上の従業員で役職ポストからはずれたものは、56歳の雇用更新まで、極論を言えば遊んでいようと700万円を超える年収が確保できたのである。

食品業A社は前述の弊害を解消する為に、リーマン・ショック後から新しい賃金体系を取り入れた。それは「職務の内容に応じて各個人の給与ランクが決まる」という、ある意味では年齢には関係なく、「仕事のインプットの量と質」を見定めて給与ランクを決定していく方法であり、これが非組合員から導入された。
一方、「課長」「部長」という役職においても、組織の大きさや仕事の難易度によって、各個人で給与ランクが異なる制度となった(従来は給与ランクが一緒であれば、子会社も含めて全社同一賃金)。

新たな個人の「給与ランク」は1年毎に見直しが行われ、元制度と比較すれば、「年度毎に自分の仕事のミッションが定められ、給与ランクが変わることにより、結果年収も増減する」という事である。こうした変化によって、仕事が減っても給与が保障されていた従業員は焦りと落胆に陥り、他方では自分の立ち位置が明確な者(「俺の方が仕事しているのに、あいつと給与が同じなのは許せない」と思っていた従業員達)は新しい制度を歓迎した。

新しい制度は非常に公平なようにも思える。ところが、現実には以下のような未解決の問題を抱えていたのである。

  1. 職務の質と量について「定量的」に文書化できない(この辺が、プロ野球選手の年俸契約と企業人との違いであると筆者はいつも痛感する)。
  2. 役職者は必然的に「仕事のインプット量」「仕事で関わる人の人数や範囲」が大きいので、給与ランクは上位に位置付けられるが、役職者以外でも会社業績に大きく貢献できる人のランクは役職者より下位にランクされてしまう。
  3. 売上金額・営業利益なども考慮して、部門間・事業部間で格差を付けているが、公平と言えるのか否か(従業員は、自分で配属先を決められるわけではない)。
  4. 本社組織と子会社(販売会社・製造会社など)間で格差を付けているが、公平と言えるのか否か(子会社は下部組織という認識)。
  5. 56歳で役職定年であるという制度には変更がないので、役職者の年収が56歳以降で急激にダウンする。これにより仕事への意欲を失う(厚生労働省「平成21年賃金事情等総合調査(退職金、年金及び定年制事情調査)」によると、慣行による運用も含め48%の企業が役職定年制を導入している)。
  6. (2)のように役職に就ければ給与ランクが上がるため、自分のポジション確保に邁進し、上を見て仕事をする者が増えた。結果として「組織派閥」が出来上がり、チームワークに乱れが生じた。
  7. 海外赴任者は、新しい制度の対象外としたため、不公平感を生じた(為替影響や生活水準が日本とは異なるため)。

(産業能率大学 経営学部 教授  三村 孝雄)

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公開日:2014年08月14日(木)

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