宿泊産業に迫られるグローバル対応と必要なダイバーシティへの認識 (3)

今回は、宿泊産業におけるムスリム対応は、何をどうすればよいのかについて、考えてみたい。

筆者とゼミ生によるインタビュー調査において真っ先に挙がった点は、新作メニューの考案でもアルコール飲料をどうするかという点でもなく、「情報開示」である。
たとえば、すべてのメニューで豚肉を使っているのであればその旨を、正直に開示すべきであるということである。
また、どれが豚肉を使っていない料理なのかはっきりと示すこと、アルコール飲料を販売しているかどうか、そもそもどの飲料がアルコールを含んでいるのか、客室などに置いてある化粧品がアルコール由来のものであるかどうかを明示することなど、なにしろ情報を正確かつ正直に開示することが必要なのである。
この「情報開示」により、消費者たるムスリムたちは、自らの判断により行動できるのである。


宿泊産業というわけではないが、昨年度に参加した国際学会での出来事を紹介しよう。
日本国内の某大学で開催されたこの学会では、その大学のキャンパスにある学食にて食事が提供された。
ムスリムの研究者も大勢参加しているこの学会では、ビュッフェ形式のテーブルの一つに「non pork」と書かれた札が置かれていた。しかし、他のテーブルには、豚肉を使った料理なのか、使っていない料理なのかを明示するものは何も置かれていなかった。
ムスリムのうち「non pork」の札に気づいた参加者はそのテーブルから食事を取っていたが、他のテーブルしか見ていないムスリムは、それが「non pork」なのかどうかがわからないまま料理を取っていた。
幸いそれに気づいた他の参加者が教えたので事なきを得たが、せめて豚肉を使っている料理に「pork」と書いた札を置いておけば、ムスリムが迷う必要はなかったであろう。
このように、豚肉で例示するならば、使っているならばその旨を、使っていないならばその旨を明確に示すことが、ムスリム対応の第一歩となるのである。
宗教に関する事柄である。決して軽視したり騙すということがあってはならない。あくまでも正直に、かつ明確に情報を開示することが必要
なのである。

東南アジアのある国に出店した豚骨ラーメン屋は、店先に大きく「Non Halal」(ムスリムにとって許されたものではない)と書いたそうである。これはこの界隈を訪れるムスリムに賞賛された。その店を利用しないと選択できるからである。
正確な情報公開は欠かせないのである。

一般的なムスリムにおいて、英語の理解度はそれほど高くないそうである。しかし、彼らは「pork」や「non porkという語には敏感である。自らの人生に課されているルールを遵守できるかどうかを左右する大事な語だからである。
そこで、たとえばホテルや旅館のWebsite上、あるいはインバウンド誘致に向けたパンフレット上に、「non pork」の文字とともに、豚肉を使っていない料理を用意してある旨を記載することは、ムスリム対応として比較的容易に実施可能な事柄といえるだろう。

その他の対応策として挙げられたものは、意外であるが無料WIFIの設置である。というのも、ムスリムは1日に数回、ある地に向かって祈りを捧げる。
マレーシアのホテルのマネージャによれば、各客室には祈りを捧げる方向を示す矢印が設置されているとのことである。
しかし最近のインタビューによれば、スマートフォンのアプリでこの方角や祈りの時刻を知ることができるそうである。そこで、ムスリムが自らの宗教に基づいた生活習慣を維持できるようにするためには、WIFIが便利というわけである。

次回は筆者によるインタビューをもとに、ムスリムと共に働くという点に焦点を当ててみたい。

(産業能率大学 情報マネジメント学部 准教授 吉岡 勉)