日本にこそいま必要な「ニューノーム」経営論(第2回)

第1回では、コンピューティング活用の歴史からクラウドコンピューティングまでを、IT業界が内包する問題や、クラウドコンピューティング発展の背景を踏まえ説明しました。
今回では、IT業界におけるクラウドコンピューティングをニューノーム(新しい常態)と考えた場合に、IT業界以外においても、"ニューノーム(新しい常態)""オールドノーム(古い常態)"が存在することを説明します。

進化するクラウド・コンピューティング

進化するクラウド環境下では新しい展開も見えてきている。
従来社内に閉じていた大事なデータが社外とも共有され、逆に社外で流通しているツイッターの呟きやフェイスブック情報を社内に取り込んでビジネスの現場で活用するソーシャル・ネットワーキングやエンタープライズ・ネットワーキングが登場してきた。ビッグデータ処理といわれる新しいマーケティング手法も実現してきている。

パソコン以外にタブレット、携帯電話、スマートフォンなどの新しいデバイスが出てきて、これらがクラウド・コンピューティングのツールとして簡単に使えるようになり、企業と顧客、企業内の縦割りの社員たちがネットワークで直接繋がる形態が一般化してきている。情報が雲(クラウド)の中にあるので何時でも何処でも仕事ができ、夕方会社に帰って残業時間に残務処理をするというサラリーマンのライフスタイルが一変するケースも出てきた。

ベニオフ氏(※)によれば、利便性とコストの低減と進化の可能性故にコンピューティングのクラウド化傾向にはもはや歯止めがかからない、今後ますますクラウドとモバイルが一体化し更なる利便性が追求されクラウド・コンピューティング全盛時代がやってくると予言する。

大企業が課題視するクラウドの最大の問題は情報の機密保全(情報セキュリティ)であるが、アメリカは、クラウドでの機密保全はお手の物である。 ベニオフ氏の会社では情報漏洩事故は皆無とのこと。むしろ、大事なお金は信用できる銀行に預けるようにこれまで社内に留めておいた大事な情報は逆に安心できる専門業者に預けることもニューノーム文化の一部であるという。ニューノームは文化革命でもある。

※パブリック・クラウド・コンピューティング会社の創業者CEO

オールドノームの対応

このクラウドの方向性はもちろん旧来型のITベンダーからも注視されてきた。
ユーザーがクラウドに乗り換える事例も増えてきて危機感も生まれてきた。しかし、クラウドが進むとこれまでの利益の源泉であったハード、ソフトの売り上げが激減し、人手をかけたシステム構築ビジネスが縮小し、メンテナンスサービスも漸減することが危惧された。儲けが少なくなるわけである。
結局クラウドが本当に定着するか分からない、今のままでもまだやれる、もう少し様子を見よう、といった対応が主流であった。

基本的にクラウド化するとITベンダーが販売できる数量は激減する。半導体などは特に量産効果が大きいので数量の激減は致命的である。保守ビジネスは長期に安定的な収入と利益をもたらすので数量の激減は企業の屋台骨を揺るがす。したがってクラウドは基本的には歓迎すべきことではない。

しかしクラウドには勢いがある。
現に、そういうしがらみのない新興企業が新しい技術を素早く開発、活用して、これまでの問題をスピーディに解決することで時代の要請に応えようとする。オールドノームとニューノームの相克である。

他にもあるノームの相克

経営論的に言えば、前述のような事例は特殊ではない。IT業界に閉じた話でもない。

例えば自動車の保有から使用への変化である。
現代の若者の自動車離れが話題になっているが、その根本原因は保有のコストと環境問題である。自動車を保有すると税金や保険料や駐車場代やガソリン代などが発生する。今の若者は携帯電話やスマートフォンにかける費用が大きいので自動車を保有するお金は残らない。徒歩や自転車や公共交通機関を使って移動することが格好良いとされることも多い。
ただし、自動車の利便性そのものを否定しているわけではないので必要なときに借りて使用する形が好まれつつある。このときどうせ借りるのなら環境に優しい電気自動車やハイブリッド車という志向もある。これが自動車業界が迎えるニューノームである。

自動車業界はどう対応するか?
当面は数量を稼ぐために海外での販売拡大で凌いでいく作戦である。しかしその作戦で何年もつか?保有から使用に変化すれば全体的な数量は激減する。ITと同じジレンマである。将来的には開発投資も減額するしかない。縮小する開発費でどう魅力を出すか?悩ましい話である。

取りあえず保有に関わる費用の問題、自動車による環境問題を解決することが肝要であるが、保有から使用への切り替えは常態(ノーム)の変化であるので簡単に答えは出ない。
基本的には他の交通手段との共存の中で、利用者がもっと自動車を使用するように自動車でもっと楽しいコトを実現するという方向が鍵だろう。そのためにITとのコラボで自動車のクラウドへの繋ぎ(ネットワーキング)が実験されている。自動車のクラウド化である。

保有から使用への変化以外の要素

ITと自動車で見てきたように保有から使用に変化すると業界に大きなインパクトが生じる。
コストダウンを目指した改善運動ではとても凌ぎ切れる変化ではない。量産体制の整備で追いつける話でもない。逆に数量が激減するので量産化投資が却って重荷になる可能性すらある。そう考えると保有から使用への変化は非常に大きな常態の変化と言える。

問題は新しい常態は保有から使用への変化に伴って起こるだけなのかである。

日本は戦後の高度成長時代に高品質、低価格、大量生産という能力を遺憾なく発揮して世界第二位の経済大国になったが、1990年ころのバブルの崩壊後は失われた20年と言われ今や中国にその地位を奪われてしまった。
得意のモノづくりでは中国、韓国に追い越された。ソニー、パナソニック、シャープなどの企業を取り巻く環境は非常に厳しいものである。

テレビ製造での失敗は保有から使用への変化ではない要素によるものである。オールドノームとしてのアナログ技術からニューノームとしてのデジタル技術への乗り換えの巧拙によると言える。
デジタルの世界では高品質の部品を集めて組み立てれば誰でも同じような商品が製造できることがニューノームである。そのニューノームに気がつかなかったところに致命的なミステイクがあった。
日本の企業は自前の技術に凝ることが商品の優劣を決めるとのオールドノーム的信念から抜け出せなかった。結局従来路線を踏襲して投資した高品質では差別化ができず、高コスト過ぎて勝負にならなかった。

産業能率大学 客員教授 浦野 哲夫