日本にこそいま必要な「ニューノーム」経営論(第1回)

コンピュータ(IT)業界に内在する問題

現在のIT業界にはいろいろな問題が内在する。

ITベンダー側には、半導体開発費の高騰、商品コストの増大、競争激化による商品寿命の短縮、膨大なソフトの開発費、オープン化に伴うシステムの複雑化と運用リスクの増大、これに対応するための間接人員とサービス要員の肥大、などさまざまである。かけた費用を回収するだけでも大変な状況になり、旧来型のIT企業は解決すべき多くの問題に囲まれている。

一方ITのユーザー側にも、社内コンピューティング費用の高コスト化、ITにより却って硬直化した業務プロセス、新規サービスアプリの開発遅滞、ブラックボックス化する複雑な技術、それに伴う専門要員の肥大、などなど。
経営幹部からは高度化・複雑化・高コスト化するコンピューティングは経営資源のコア業務への集中を阻害しているとの不満も見受けられる。

ベニオフ氏(※)によれば、クラウド・コンピューティングはIT業界及びユーザーにおけるこれら現状(オールドノーム)の問題点を解決してユーザーに新しい価値を提供し、新しい常態となる、彼自身はこのクラウド・コンピューティングをより進化させて新しいパラダイムを実現すると論ずる。

※パブリック・クラウド・コンピューティング会社の創業者CEO

コンピューティング活用の歴史

これまでコンピューティングと言えば、“保有”が当たり前だった。 買取、レンタル、リースとさまざまな方法があったが、いずれにしてもある期間保有して使う。ソフトも委託開発したり自社開発したりした。開発や運用の専門要員も自社内に揃えた。支店や事業所が増えれば各所にコンピュータを設置してこれらを通信回線で繋ぎデータのやりとりも実行するようになった。ITによる事務の効率化により業務担当者の人数を減少させる効果はあったが、専門要員が更に必要となった。

高速大量通信を可能にするインターネットが利用できるようになり、パソコンも進化してローカルな処理とネットワーク経由の処理など多彩なオペレーションが可能となった。
インターネットが進化するにつれITは通信と一体化することにより実現した情報通信(ICT)となり、従来にない利便性をもたらす一方でますます複雑になり、高コスト化が進み、ICTは企業にとっては必要不可欠ではあるがコストの掛かるインフラと化してきた。

クラウド・コンピューティングの黎明期

成長が期待できる時代にはそれでも良かったが、低成長やマイナス成長が当たり前になった過去20年間に中小企業では高騰する費用と複雑化する技術に堪え切れなくなり、インターネットの進展に伴い進化した専門業者が提供するデータ・センターと自分のパソコンをインターネットで繋いで、ソフトもデータ・センターに用意された製品を使う方向に切り替わってきた。データの保管もそのような業者に任せるようになった。
この段階でパソコン以外のインハウスのコンピュータの保有をやめてコストダウンを実現することが可能になった。“保有”から“使用”への転換である。これによって保有に伴う費用の縮減や専門要員の肥大化が避けられるようになった。

企業がコンピュータを保有して自分でコンピューティングを行うオールドノームの問題点の克服の始まりであり、新しい価値を伴ったニューノームとしてのクラウド・コンピューティング登場のはしりである。

クラウド・コンピューティング

同じように雲の中にコンピュータを置いてインターネット経由の情報処理を提供するクラウド・コンピューティングには、個別のお客対応を得意とするプライベート・クラウドと、共通の単一基盤を全てのお客に提供するパブリック・クラウドの2種類がある。
前者は基本的には自前のコンピューティングを専門業者のデータ・センターにそのままアウトソースすることが多く、取りあえず自前主義より低コスト化するが、抜本的なシステム再構築をしない限り更なるコスト低減の可能性は大きくない。

後者は一つの基盤を共用するので全体的にプライベート・クラウドよりコスト面でアドバンテージがあり、開発や保守などの面でも効率性が高く、利用が拡大すればプラスのスパイラル効果により将来的にもコストが低減する可能性がある。

資金繰りに四苦八苦のシリコンバレーの90%のベンチャー企業は初期投資がほとんど不要のパブリック・クラウドを活用している由。
大企業では、永年慣れ親しんだ社内業務プロセスの変更や過去に開発されたソフトの移行の困難性や社内にかかえたスタッフのリストラ問題、あるいは基幹システムの再構築に伴うリスクや機密情報の漏洩リスクへの危惧などの理由でまだ完全にはクラウドへの切り替えができていないが、ICTインフラ費用の削減は喫緊の課題と考えられ、これまでに利活用してきたインフラへの投資を控え、新しい業務はクラウドでサポートするというアプローチを採用するところが増えてきた。


産業能率大学 客員教授 浦野 哲夫