【SANNOエグゼクティブマガジン】経験に基づく暗黙知こそ仕事の本質~最近の傾向・ご支援から見えること

作業現場でのIT支援の障壁

鉄道インフラのメンテナンス現場でIT化と人材育成支援のお仕事を4年ほど手伝っています。支援内容は線路や関連施設の検査結果をデジタル化し、蓄積したデータから知見(リスクや可変特性、特有事象など)を見出し、現場への素早いフィードバックと次期補修計画への反映をシステム化し、それらを継承できる人材を育成することをゴールとしています。

昨今の情報処理技術の進歩は目覚しく、昨年できなかったサーバ統合やアプリケーションの異なるデータ移行などが、今年になるといとも簡単にできるようになっています。しかし、IT化支援の障害はハードやソフトウェアの問題ではなくヒューマン系の問題がほとんどです。中でも現場のベテランが保有する直感や経験知(暗黙知)をいかに形式知化するかということに尽きます。特に作業時間が夜間のみに限定され、その限られた時間の中で知覚した情報は簡単に数値化、言語化、見える化できるわけではありません。時に本人しか知りえぬ直感はほぼ言葉になりません。つまり、IT化の対極にあるのがベテランが保有する暗黙知であり、メンテナンス現場の仕事の本質といえます。

IT化支援のブレイクスルーとは

では、どうやってIT化(デジタル化)にチャレンジしたか。ポイントは以下の2つです。

1. 業務フローの「見える化」と 「単調さ」の軽減

まずは業務フローの見える化からスタートいたしました。実は現場の作業というのは業務自体が暗黙的であることが多いのです。しかも交替勤務制のため全体の流れを把握している人もそう多くはおりませんでした。よって、現場の方を交え、業務の流れの一気通貫(見える化と改革)を行ないました。 その際のポイントは「変更することで“単調さ” が減ること」です。メンテナンス現場の点検作業は単調なものです。さらに同じような書類を何度も入力させられると当然モチベーションは低下します。その無駄な作業を減らす仕組みができれば現場は喜んで変更してくれることがわかりました。時間はかかりましたが、部門全体の合意で進めたので障壁は1つ突破できました。

2. システム改修では「影響力のある “ユーザー”を巻き込む」

次に既存システムの改修です。通常システム開発は企画、要件定義、基本設計、開発、テスト、運用というステップを踏んでいきますが、その際重要な事は「ユーザーは急激な変化を好まない」という前提で改修に臨むことでした。意外に思われるかもしれませんがエンドユーザーはリアルな道具は新しいものを求めますが、ソフトウエア(目の前の画面)の新しさは望みません。例えば通常使っているアプリケーションのアイコンの位置が移動しただけでも「使いにくくなった」といいます。

さらに「使いにくくなったのでExcelで作り変えて自分のファイルに入れた」とIT担当者と上司以外に自慢げに話し、その使いやすさから皆がそのファイルをコピーして使い出し、そのファイルが事実上の標準(デファクトスタンダード)となる一方で、新システムは大して使われないのに、毎年の保守/運用費が湯水のごとく流れ出て行きます。組織の誰にとっても避けたい現象です。

つまり、システム改修(開発)する上で最も重要なことは「最も影響力のあるユーザーを設計の段階から巻き込む」ことです。作ってからでは手遅れです。やはり、現場をよく観察して表面的な人間関係だけでなくインフォーマルな人間関係を把握し、中心人物を特定して企画の段階から巻き込むことがツボといえます。自分が関わったものであれば愛着も生まれますし、必ず現場で使われるシステムになるのです。

最後は賢者の暗黙知

次にベテランの暗黙知をどうやって形式知化し、データを蓄積して知見を創出するか。これは現在も格闘中ですが、ポイントは「あらゆるデータを色や形で見える化していく」しかありません。やはり人間の知覚や直感に代わるコンピュータの出現はまだまだ遠い先です。いくら優れたスパコンと分析ツールを導入してもベテランの暗黙知を超えることは難しいですし、そもそもコンピュータによって抽出したデータの信頼性を誰が担保できるか、という議論になってしまいます。つまり、最後は賢者の暗黙知が頼りになるわけです。よって、現時点ではあらゆるデータを蓄積し、どの変数とどの変数の掛け算、割 り算が新たな知見となるか実験して、実験して、実験して、ベテランの暗黙知の担保となる組み合わせを見つけてアプリ開発し、色とカタチで見える化していくことが最大の貢献と考えています。

100年後に感謝されるために

日本のインフラは、どれをとっても世界標準だと私は思っています。中でも鉄道インフラは21世紀の高付加価値輸出商材だと確信しています。そのような気概と実績を糧に、今後もメンテナンス現場の支援をしていくつもりです。

そして100年後の子孫達に、「今までのデータの蓄積と対策のおかげで快適な移動ができている。基礎を作ってくれた先達に感謝だな」とつぶやかれることをクラウド(雲)上から聞きたいと思っております。