【SANNOエグゼクティブマガジン】経営に活かすホスピタリティ・マネジメント~社会動向から世の中を見る

はじめに

東日本大震災で企業がこぞって多額の義援金を寄付し、社員をボランティアとして被災地に送る動きが出てきている一方で、原発事故を起こした会社は、放射性物質の拡散や電力不足、電気料金値上げによって社会に広く深刻な影響を及ぼしている。この差はいったい何か?

中国の思想家である荘子の著書に「知魚楽(魚の楽しみを知る)」という小編がある。荘子が橋の上から魚を見て、「魚が水面でゆうゆうと泳いでいる。あれが魚の楽しみだ。」という言葉に対して恵子は「君は魚じゃない。魚の楽しみがわかるはずがないじゃないか。」とくってかかる。荘子は「君は僕じゃない。僕に魚の楽しみがわからないということがどうしてわかるのか。」。それに対し恵子は「僕は君でない。だからもちろん君のことはわからない。君は魚ではない。だから、君には魚の楽しみがわからない。僕の論法は完全無欠だろう。」というやりとりが描かれている。

確かに論理的には恵子の言い分が正しい。にもかかわらず、荘子の共感性の発揮は魚に対しての感情を共有する方法として確実に機能している。

論理と科学が主流の現代のマネジメント

これが現代のマネジメントの姿であるといえる。論理と科学が主流になり、人が持つ想い、感情、共感が置き去りになり、ともすると哲学的な思想は否定されがちになるというマネジメントが主流になっている。

原因は成果主義、業績主義の過度な台頭であり、現場における冷酷なほどの徹底したロジカルな問題解決手法、そしてコンプライアンスやCSR、個人情報保護、ハラスメント等に関する複雑で詳細な社内規定である。

その結果、成果は出ているが職場がギスギスして窒息状態となり、ストレスを抱える社員が出てきている。1990年代以前の職場では、精神的な疾患をかかえる社員は今ほど多くはなかったはずである。

現場の管理職は一般的な人事アセスメント項目など、客観的に評価できる項目により評価され登用されているのが実態である。評価が主観的でありバラつきが発生しやすいマインド的な側面(人として、人に対する気持ち、平等性、やさしさ、思いやり、感謝の気持など)は評価の対象外である。結果、ロジカルな思考にもとづく科学的なマネジメント手法の行使だけができる社員が管理職となり、部下の感情や思いに目を向けずに成果だけをだしていく。

「管理職になれたのは自分が成果を出してきた結果であって自分自身の実力である」と考える利己主義な人間が管理者となる。

しかし、ここまでやってくることができたのは自分一人の力だけではなく後輩や同僚、ステイクホルダーなどの支えがあったはずで、それらのメンバーに対して今、「感謝」「やさしさ」「平等性」を意識できる管理職が望まれている。

効率化の過度な追求は非能率を生み出し職場を荒らすことになる。本学創設者・上野陽一が提唱した「能率学」はフレデリック・テイラーによる科学的管理法がベースになっているが、上野は「能率」=「効率」+ 「人間性」とし、人の「モチマエ」を強調している。「能率学」はマネジメントにおける個人の幸福に関わる学問でもある。

現状のマネジメントを補完するホスピタリティ

このような現状のマネジメントを補完するマネジメントコンセプトがホスピタリティである。ホスピタリティは「思いやり」「おもてなし」と認識されているがそれは表層的な側面であってすべてではない。ホスピタリティはお互いの立場の違いを受け入れ、共生することを志向する「利他主義的行動」を是とする考え方であり、広義の定義は「社会倫理」であり狭義の定義は「人倫」である。

ホスピタリティは、深い人間観察に基づく自己革新のための実践的な方法論を発展・構造化したものである。近年、ホスピタリティ経営学、ホスピタリティ会計学などホスピタリティ概念をベースにした学問領域が拡大しつつあり、その思想の深さ・広さは職場マネジメントにも有用な知見をもたらすと考えられる。

現場においては管理職に至るまで自分を支えてくれた人たちに感謝することが必要であり、支えてくれた人にも支えが必要である。その支えは誰かというと自分である。メンバーが苦しい中、支えてきた人が組織で認められて管理職になれた。それを見て支えてきたメンバーは、間違いではなかったのだという心の支えを得る。そして、メンバーが上司に感謝をして上司も部下に感謝をする。これがホスピタリティの相互扶助の考え方でありサスティナビリティである。誰でも支えることを通して役に立つ存在であり、役に立たない人は社会の構造原理ではありえないとする相互受容でもある。職場の2-6-2の原則の下位20%を切り捨て異動をさせるのではなく、仲間として受け入れ肯定する概念である。業績主義の制度下においては下位20%の部下を育成することは短期的に成果が出ないこともあり、ともすると厄介な仕事となってしまう。

ホスピタリティを正しく理解し、今後の経営に活かす

経営者として方針、事業戦略等にホスピタリティ概念を取り入れ、職場においてホス ピタリティ精神を持つ人材を育成し、社内にホスピタリティ文化を築くことにより、コンプライアンスもCSRも人のモチマエによって当然のごとく推進できるのである。

現状のビジネスとホスピタリティを関連付けるときに、従来使われてきた「ホスピタリティ」という言葉の概念に縛られてビジネスに結びつけられない人と、コンセプトを広く柔軟に解釈して、様々な部分に関連づけてビジネスを展開できる人との間で今後、大きな違いが出てくるだろう。

「農業革命」「産業革命」「IT革命」の次に到来するのは「ホスピタリティ革命」である。「ホスピタリティ」を重視する企業や自治体だけが生き残る時代がすぐそこまで来ている。