Vol.17 セルフラーニングシステム開発部 第1開発センター長 森島 茂人

セルフラーニングシステム開発部 第1開発センター長 森島 茂人

総合研究所 セルフラーニングシステム開発部 第1開発センター長 森島 茂人(2012年2月)

読むと元気になる経営学書

経営学の書籍でお気に入りのもののひとつにミンツバーグ著『戦略サファリ(齋藤嘉則監訳・東洋経済新報社)』がある。……なんて書き出し、一度やってみたかったのですが難しい話はできませんのであらかじめご了承を(実際、通読するのは骨が折れましたよ)。
でも1箇所気に入って時々味わうように読み返す場所があるのです。それは「第7章:ラーニングスクール」の中のこんなくだりです。

「以前、英国政府はボストン・コンサルティング・グループ(BCG)を起用し、日本企業、なかでもホンダが、アメリカのオートバイ市場でイギリスの競合を 劇的に凌駕したのはなぜなのかを説明するように依頼した。…(中略)…その報告書には、経験曲線高い市場占有率、そして特に国内生産量の規模の経済を活 用して低コストに努め、さらに中産階級の消費者に小型のオートバイを販売する、という新しいセグメントから参入してアメリカ市場を攻撃したと書かれている 」

出典 戦略サファリ(齋藤嘉則監訳・東洋経済新報社) P.211

ところがこの分析があまりに合理的すぎるのではと疑問を持った人がいて、ホンダのメンバーに実際のところをヒアリングしたというのです。
紙幅の関係で以下要約しますと、実際の物事の進み方はこんな具合だったそうです。

当時、ホンダは自分たちの大型バイクに自信を持ち、これを売ろうと考えた。国内では50ccのスーパーカブが大ヒットしていたが、すべてが大きくて豪華なアメリカ市場では受け入れられないだろうと思っていた。
手持ちの資金がまったく足りず、アパートを借りて大型オートバイを素手で組み立てた。
いくらか売れ始めたころ、アメリカ人の長距離、高速の使用に耐え切れずホンダの大型オートバイが壊れ始めた。
「もう選択の余地はありません」。自分たちがロサンゼルスで用を足すのに使っていた50ccバイクを売ることにした。
こうして「…売上げは急増した。中産階級のアメリカ人がホンダに乗り始め、まずはスーパーカブ、続いてもっと大きいバイクに乗り換えたのだ(同書P.213)」

日本のビジネスパーソンには何とも気持ち良く響くこのエピソード。ただし、合理的な分析に基づく戦略手法を貶める意図はありません。そもそも私たちだって 先の引用の太字のキーワードをマーケティングの教科書を読んで知っていなかったら、このエピソードを味わうこともできないじゃないですか。研究機関やコンサルファームが仮説検証を繰り返して築き上げてくださった知識体系は社会の宝物です。

それでもやっぱり「過去に起きたことの合理的な説明」と「未来に向けて新しい成果を生みだす仕事」は基本、別モノではと感じます。前者は分析、後者は実践 です。ビジネスパーソンにとっては、実践こそ本業であるように思えます(よい実践のためには過去を分析することがもちろん重要ではあるのでしょうが)。

ホンダの社員は合理的でありすぎるよりも未知の市場で学習を重ねることを選んだというのがミンツバーグの解説ですが、学習なんてハイカラな言葉とて後から 出来事を観察して生まれたものでは。きっと当時の現場で交わされた言葉は「いっちょう、やってこい!」「わっかりやした!」ってなもんだったのでは(妄想 か)。やってやるぞと決めないことには学習の機会も生まれません。

会議の場で「あまり合理的に決めなくたっていいじゃないか、人間だもの」とはさすがに言いにくいのですが、かつてわが国の先人が「この製品で勝負したい」 という“思い先行”で海を渡る決心を固めたそのスピリットは、その十分の一、百分の一でも受け継ぎたいものだと感じます。

たとえ思慮深い戦略スタッフに、そんな市場はありませんよと言われても。
たとえ草食の若者に、もうそんな時代じゃありませんよと言われても。

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