矢崎総業株式会社「矢崎グループの 『人づくりを大切にする』グローバル人材の育成」

矢崎総業株式会社 概要

・創業  :1941年10月8日
・本社  :〒108-8333
       東京都港区三田1-4-28 三田国際ビル17F
・代表者 :代表取締役会長 矢﨑裕彦
      代表取締役社長 矢﨑信二

・資本金 :31億9,150万円
・事業内容:自動車用計器、ワイヤーハーネス等の開発・製造・販売
・従業員数:国内20,195名、海外265,605名、合計285,800名
      (非連結子会社および関連会社を含む)

                         ※2017年6月20日現在

Y-CITY ワールドヘッドクォーターズ(以下、WHQ)

インタビュー



総務人事室 人材開発部

創業時と現在、日本と世界をつなぐ「想い」

当社の人材育成を語る上で、外すことのできないものが人づくりを大切にする「想い」です。

例えば、「何かを学びたい」という社員がいれば、その機会を提供しようという風土が当社にあります。これは、創業者の矢﨑貞美の想いから来ています。
矢﨑貞美の幼少期、家はとても貧しかったそうです。矢﨑貞美は元来、勉強が好きだったため進学への強い想いを持ちながらも断念し、15歳のときに丁稚奉公に出ています。しかし、働き始めてからも進学への想いをずっと持ち続けていたのでしょう。

創業者のこうした想いが、今も当社の中に受け継がれています。例えば、「MBAを取るために留学したい」と自ら手を上げた社員に対して、学費や家賃はもちろん多岐にわたって全力でサポートしています。人材開発部が新しい育成施策を提案する場合も、頭ごなしに「やる意味があるの?」とか「お金の無駄だ」など言われることはありません。効果性など細かい指摘はあったとしても、最終的には実施に向けた後押しをしてくれます。「人づくりを大切にする」「学びを応援する」という創業者の想いが、当社の風土となって根付いていると感じています。

そうした想いの継承は日本法人だけにとどまらず、海外法人でも感じることができます。現在、人材育成チームでは、アジアの拠点を中心に、矢崎グループの経営理念の浸透を図るための研修を実施しています。

矢崎グループ社是
「世界とともにある企業」「社会から必要とされる企業」

矢崎精神
「不屈の闘志」「奉仕の精神」「先見性」

先日、フィリピンの現地法人で研修を行った際のエピソードをご紹介します。

研修の目的は経営理念の浸透ですから、当然その説明をしなくてはなりません。しかし、現地の従業員に社是や矢崎精神を理解してもらうことは容易なことではありません。研修の中では、創業者の人となりや事業化までの苦労話、グローバル展開にあたっての考え方などを説明しています。
その中で当社の75周年記念事業として制作したDVDを流しています。そのDVDは、「あなたは何をつないでいますか?」という問いに対して、世界中の従業員が1人1言答える、というものです。そのDVDの最後に、妊婦のベトナム人が登場するのですが、このとき会場からすすり泣きが聞こえてきたのです。DVDの中のベトナム人女性は、「私とこの赤ちゃんを、矢崎はつなげてくれました」と視聴している私たちに語りかけたのですね。

フィリピンにEDSマニュファクチャリング・インク(以下、EMI)という工場がありますが、この拠点が設立された約30年前は、殺人等の凶悪犯罪が起きるような、地元の人も近づかない非常に治安の悪い場所でした。しかし、工場の設立と同時に、道路や家ができ、インフラが整備されて、人が集まる場所に生まれ変わったという歴史があります。ベトナム人女性からのメッセージは、フィリピンの従業員たちにとっても、共感する気持ちが大きかったのだろうと思います。
そのフィリピンの拠点を立ち上げたかつての拠点長に対しても、深い敬愛の念を抱いています。「とても厳しい拠点長でしたが、良い成績を出したときにチョコレートをくれたんです。私がこれまで口にしたチョコレートの中で一番おいしかったです」と話す者もいます。ほかにも、当時の日本人出向者から教わったという「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を暗唱する者もおりました。

フィリピンのEMI
当社ではこの研修の実施にあたり、社是や矢崎精神といった理念を、どのように解釈して、どのように経営活動の中に位置付けるのかは、その国の社会や宗教、組織の発展度や成熟度によって違うと考えています。
これまで明確な定義として伝えきれていなかったとしても、立ち上げ時から続く現地の従業員たちとの深い関わりによって、矢崎の想いは伝わっていたのだと感じました。

これらの話をしてくれたフィリピンの従業員たちは、今50代半ばから後半ぐらい、工場設立時からのメンバーです。これから5年、10年と経ち、彼らが矢崎を去るとき、彼らが教え伝えてきたこと、経験してきたことを次の世代にどうやって伝承していくかが、彼ら自身、そして私たちチームにとってもクリアすべき大きな課題だと感じています。

国籍は関係ないという想いから生まれた研修

現地に出向くことで、このような課題を肌で感じることが多くあります。
そこで、これからのグローバル人事施策を考えるにあたって、2013年には、出向先ごとの人数、回数、年数、平均年齢、過去10年の出向者数の推移、現地化率などを定量的に分析し、課題を洗い出しました。
その結果から、いろいろな課題が見えてきました。その中で人材開発部が注目したのは、経営層の現地化です。現地化には、メリット、デメリットが存在します。国や地域によっては、マネジメントの難しさもあって日本人が担当したほうがよいポジションもあります。一方で、当社に対する理解を持ってさえいれば国籍は関係ないのではないか、という想いで企画したのが「アジア拠点長研修」です。

アジア拠点長研修を開催するにあたっては、企画の段階から産業能率大学さんにご支援をいただきました。議論を繰り返す中で、拠点長が持つ「知識の標準化」が直近の課題としてクローズアップされたのです。
当社の人事制度では、海外拠点の工場長や社長というポジションが、国内の人事制度と整合性がとれているとは限りません。そのため、2014年以降の新しい人事制度のもと、事業運営に必要な教育を受けて出向した従業員は問題ないと思いますが、それ以前にその教育を受ける機会のなかった世代は、自分の専門外の知識やスキルが不足したまま出向せざるをえないという問題がありました。
例えば、生産部門の従業員であれば、生産に関してはエキスパートですが、経営資源の配分や戦略思考など経営者としての知識や経験が必ずしも十分とはいえません。
こうした状況に対して本人たちのニーズを汲みながら、研修を通じて⼀つずつ補っていくのがねらいでした。

現場の声に耳を傾けながら進める「アジア拠点長研修」

この研修は、1年半に1回程度のペースで開催され、アジア各拠点の拠点長が開催国に集結します。これまでに3回実施しました。

研修内容は、現地化を推進するために、まず人材育成が大切であるという観点から、第1回では、「人材マネジメント」をテーマにしました。採用や育成、配置や評価など、採用から退職するまでの全体のプロセスを捉えながら、成果を出すための人材マネジメントのあり方を考えてもらうプログラムです。
2回目からは、受講者のアンケートに基づき、拠点長が抱えている悩みや不安な点を洗い出し、それらを基にプログラムを組みました。結果、特に要望の多かった、「戦略実現のための財務知識」について学んでいただきました。そして、2017年の2月に研修を担当している産業能率大学の松尾研究員とともにベトナム視察を行い、現状と今後の課題を踏まえ、第3回のテーマを「拠点経営のための管理会計」としました。
実のところこの研修は、出向者が入れ替わることで受講対象者が変わってしまうという問題点があります。例えば第1回、第2回に出席していない人が、新たに拠点長となり第3回に出席する場合などです。現在は事前課題等でフォローしていますが、今後は出向後ではなく、出向前に拠点長として必要な知識・スキルを補う研修にシフトしていきたいと考えています。
現状では、拠点長が決定してから出向するまでの準備期間が短いので、そもそも拠点長を人選する仕組み自体を見直す必要があると思っています。
人材開発部として常に心がけている点は、単なる研修の事務局という立場だけではなく、受講者一人ひとりと関わり、受講者の学びに対する悩みやニーズをできるだけ汲み取ることを大切にしたいと考えています。

次代を担う人材の育成

日本に限らず従業員の子女に対して1977年から、毎年「矢崎サマーキャンプ」を実施しています。これは子どもたちにとって新しい出会いや経験の場となるほか、環境への関心向上や、国際交流による相互理解を深める機会となっています。このサマーキャンプはもう40年続いていて、国内外の累計参加者数は1万5千人以上となっています。

今年で23年目を迎える「矢崎企業文化研修」は、海外グループ会社の従業員を日本に迎え、日本語と日本文化を学習するとともに、矢崎の企業文化の理解促進をめざす人材育成プログラムです。これまでに200名以上が修了しました。
参加者は、日本滞在中の1年間でさまざまなコミュニケーションを重ね、帰国後には日本と自国のパイプ役として現地で活躍しています。

以上のような活動を通じて、これからも真のグローバル企業を目指すための『人づくり』を推進していきたいと思います。

産業能率大学 松尾研究員より

拠点長研修では、海外拠点のトップとして必要な考え方や知識を講義させていただきました。生産管理や業務改善についてはプロフェッショナルな方が多かったのですが、経営に必要な人材マネジメントや財務戦略などを学んだことで、全体最適の視点から部分最適での改善について重要性を感じられた方が多かったのではないかと思います。
確かに海外事業の難しさゆえにそれぞれの戦略的な手法をどのように浸透させるのかという議論は、私自身も大変勉強になりました。加えてそのこと以上に刺激を受けたことは、自社の経営理念を熱く語っている拠点長が多かったことです。特に、矢崎精神についてご自身の言葉になっていることに驚かされました。海外事業で結果を出すための礎に経営理念がしっかり根付いているのです。昨今、海外事業で成功するために語学等のテクニカルなスキルにフォーカスする企業が多い中で、改めて経営理念の浸透の重要性を実感することができました。

松尾 泰
学校法人産業能率大学 総合研究所
経営管理研究所 戦略・ビジネスモデル研究センター
主幹研究員