日本の外資系企業も十社十色② ~合従連衡によって色が変わる~

日本の外資系企業も十社十色② ~合従連衡によって色が変わる~

前回のコラムでは、外資系企業について本国の“お国柄”を感じた事例をお伝えしました。そこで今回は同じ企業でも色が変わることをとりあげてみたいと思います。

とりあげる企業は前回と同様にヨーロッパ系メーカーの日本法人です。このメーカーは、規模は大きくないものの業界でも一目置かれる技術力とブランド力で、高価格・高付加価値の製品を有しています。また、ここ15年ぐらいの間に製品のラインアップを拡張し、ブランド力を損なうことなく継続的な成長を遂げ、営業利益率も業界の中で他社を大きく凌駕するレベルとなっています。
このメーカーはグローバル展開においてブランドフィロソフィーの共通理解、付加価値を重視した定価販売、世界共通のCI(※)基準を徹底するなど厳格なルールを持っています。
しかし、その一方で組織体制や販売戦略などは各国の事情に応じたローカライズを認めており、「“世界共通のルール”と“各国法人の自主性”とのバランスを重視する」という考えを持っています。そして、各国法人の独自の戦略や取り組みについては、本国で行われる各国法人代表の会議で報告され、優れた取り組み事例については共有化し、相互に参考にすることができるようになっていました。このようなスタイルは企業のグローバル展開における一つの有効な考え方でありマネジメントスタイルであると思います。

企業の合従連衡が与えた影響

一般的に外資系企業は日本企業と比べてM&Aや経営統合がダイナミックに行われる印象がありますが、このメーカーも紆余曲折を経て、同じ業界の巨大企業グループの傘下に入り、完全子会社となったのです。このことで巨大企業である親会社の考え方やマネジメントスタイルが色濃く反映されるようになりました。

筆者は長年にわたりクライアントと二人三脚で日本市場の事情を踏まえてセールス部門の資格体系と教育体系を構築し、教育研修を行ってきました。しかし巨大企業グループの傘下になって以降は、本国で構築された資格体系と教育体系に基づいた運用・実施をすることが基本となりました。そのようなわけで、前回のコラムで述べたように本国で検討された内容とローカライズが必要と思われる内容の間で“着地点をどのようにするか?”ということに悩むことが多くなりました。

    この善しあしは一概に決めることはできませんが、大きな変化を強く体感したことを覚えています。

    合従連衡の影響から学んだこと

    このような経験から親会社で決定された施策の中には従来の発想や視点とは異なるものがあり、(当初は戸惑いを感じたものの)その目的や意図にそれなりの理由があることも理解できました。また、親会社がグローバル展開を行う巨大企業であるがゆえに、効率的にものごとを進める上ではローカライズよりも本国からの指示を世界に徹底させることを優先させるというスタイルになったのでしょう。
    異なる企業であれば考え方やマネジメントスタイルに違いがあることは当たり前です。むしろ相手の企業が“なぜそのように考えるのか?”、“なぜこのような取り組みを行おうとしているのか?”という相手の事情や意図を読み取る姿勢が必要なのです。そして、このことが真に相手を理解し合意できる着地点を見つける第一歩なのだと思います。過度に違和感や戸惑いに引きずられることよりも、現実の中で(相違点はあったとしても)相互理解に努めることが長い目で見て有効なのです。
    またこのときの経験では、詳細な内容や実施方法などについては各国の事情を踏まえたローカライズが必要と感じることが多々ありました。しかしこの点についても、少しずつでも相互理解を図るために論理的かつ具体的な説明を行うことも必要であり、そのことが相手にとってどのようなメリットがあるのかについて提示することが欠かせないと思いました。もちろんすぐに理解が得られ、状況が変わるとは思いませんが、継続していく中で次第に合意できる着地点を探れるようになると考えています。

    グローバル展開をする企業では今後も合従連衡があると思います。そしてどのような考え方やマネジメントスタイルを有する企業なのか、あるいはどのような形で合従連衡が行われるかによって、関係する企業がさまざまな影響を受けるでしょう。

    そのような中で、“どのような考え方やマネジメントスタイルが正しいのか、あるいは間違っているのか”ということだけにとらわれるよりも、冷静に状況を見つめて相互のメリットを視野に置いて、粘り強く相互理解を深める取り組みを行うことが現実の中では欠かせないと思います。言い換えれば、どちらかの色に染めたり染められたりするよりも、異なる色同士が融合して魅力ある新たな色を作り出すことが望ましいのではないかと感じています。そして、そのためにはお互いに小さな相互理解の積み木を少しずつ積み重ねていく