海外赴任先での財務管理の悩ましさと対策(後編)

前回のコラムでは、海外赴任前に押さえておくべき点として、現地の財務管理対策の必要性をあげました。今回はその具体策についてお伝えしたいと思います。 とは言え、素人には対応困難な不正・粉飾については、公式な会計監査に譲るとして、ここでは、いざ海外赴任管理者となったときに何に注意し、何を身につけるべきかを、具体的な科目を例にあげながらみていきましょう。

不正が発生しやすい科目の理解とチェック方法

「雑費」という費用科目があります。勘定科目はどのような内容であるか、分かるように極力具体的な名前を付ける必要があります。
雑費は英語ではmiscellaneous expenses(=その他)と表記します。本来は「その他」という表記は認められないわけですから、他の費用科目より処理されている金額が目立って 大きい場合は要注意です。内容を明らかにできない、何か不正な使われ方がされたのではないか、という見方で重点的にチェックする必要があります。

「仮払金」という資産科目があります。概算金額を従業員に渡し、業務完了後に精算した後は消える科目です。
あくまでも仮の科目ですから、いつまでも残っているのはおかしいことになります。仮払金は英語で、suspense accountまたはsuspense paymentといいます。いかにも怪しいイメージですね(笑)。
(例えば100,000円仮払いした場合、経理処理上の記録(仕訳)では、仮払金100,000/現金100,000となります。90,000円使って精 算した場合、その90,000円分について該当する科目で計上し、残りの10,000円は現金が戻ってきた処理をし、仮払金100,000円を消すことで 完了となります。)
実は、これらの目立たない科目が不正の温床になっているケースが少なくありません。

仮払金の場合は、仮のままでは未完了、雑費の場合は、その他では原則としてよろしくない、などその項目が本来どうあるべきかの視点でとらえることがポイントです。
メジャーな科目である売掛金についても触れておきます。典型的な不正は架空売上です。売上高の粉飾であり、架空の売上ですから回収資金が入ってくるはずがありません。

本来的な会計処理では、売上(sales revenue)と同時に代金の請求権である売掛金(account receivable)が計上されます。月次決算を通して(在庫商売であれば)棚卸資産(inventory)が減ってその分、売上原価(cost of goods sold)が計上されます。そして後日売掛金が回収され、最終的には現金預金が増えるという流れになります。

粉飾の場合は売上と売掛金だけが計上されるため、顧客別にチェックすれば、その顧客だけ突然、粗利(総利益(gross profit))率が高くなる一方、売上債権の回転率(turnover ratio)が悪くなる形で表れます。

売掛金/売上のような大物科目は外部の会計監査でも重点的にチェックされるため、それなりに監視の目が行き届いていると言えるかもしれません。
海外赴任管理者としては、売掛金について、実務上の流れを押さえることで、財務3表(B/S・PL・キャッシュフロー)をまとめて理解する題材にするといいでしょう。

お金に関する事実をとらえるには、会計処理の基本である「仕訳」を使うのが便利なのですが、抵抗感を覚える方もいるでしょう。仕訳を経理技術的にとらえようとしないで、本来どうあるべきかの視点で読むことがポイントです。
その後、徐々に仕訳的な発想を磨いてください。

学び方のコツ

前編のコラムでも書いたように、海外赴任すると責任範囲が広くなり、国内で勤務しているときにはあまり意識しなくてもよかったことまでチェックの対象となります。その一つが経理上の不正の話です。

このコラムでお伝えしたい根本は、不正をいかに防ぐかということではなく、赴任の準備をしながら、実務に必要な財務知識を身につけて、ついでに英語表記にも慣れるという、いささか都合のいいお話です。でもやり方次第で可能です。

何事もやり方の工夫次第で効果的かつ効率的に習得できるものです。
財務分野は苦手意識を持つ方が多いのですが、経理の経験がない方が財務管理を勉強しようとする場合、テキストの冒頭によくある「P/L(損益計算書)とは?」や「B/S(貸借対照表)とは?」などから入らないことがコツと言えます。
実務上直面しそうなケース、例えば、上述の売掛金や経費など、現場感のある場面を起点として、「そもそもどういうことか」といった本質的なところを理解した上で、P/LやB/Sなどの財務のフレームで整理する方が頭に残りやすいでしょう。
また、理解するプロセスでは英語でなくても、日本語で学べば問題ありません。ただし対象の用語だけは英語表記も覚えてください。

実利的学習の期待効果

上述の学び方は、お金の管理に関して実務に役立つことを効率的に身につけることができる実利的学習と言えます。この学習方法の期待効果として、「実務のための学習をしながら財務の重要ポイントを理解できる」、「現地担当マネジャーとして財務資料を短時間でチェックするスキルが身につく」という直接的な効果を挙げることができます。
また、「海外赴任時のお金の管理についての不安がなくなる」という心理的効果、さらに、「現地において管理者がしっかりチェックしていることを周囲に示すことで不正の抑止力になる」ことも期待されます。
この実利的学習を赴任準備の一環で実践していただき、海外赴任先での仕事の質を高めてください。