企業のグローバル化:海外赴任に伴う子供の教育問題・異文化受容について(6)

5回に渡り、一帰国子女として、筆者の個人的体験を述べてきた。
「帰国子女」と一括りにしがちだが、在住した国、都市、年数、年齢、家族構成、家庭環境、 通った学校の種類、そして何より子供の性格・個性により、その経験値は異なる。
その子供に合った教育環境を整え、海外在住時及び帰国時における本人の異文化 受容を助けることが、海外赴任に家族を帯同する親の義務であろう。
「企業のグローバル化:海外赴任に伴う子供の教育問題・異文化受容について」最終コラム では、海外子女・帰国子女が置かれた現状を俯瞰し、まとめとしたい。
私が渡仏した1970年代は、大企業が海外に拠点を置き始めた年代である。海外子女教育振興財団が設立されたのが1971年であることは偶然ではなかろう。
この財団は、海外子女・帰国子女教育の振興を図るために、海外で経済活動を展開している企業・団体によって外務省および文部省(現 文部科学省)の許可を受けて設立された財団法人である。
出国前、滞在中、帰国後に分け、様々な情報提供、教育支援、セミナーや講座開催、機関誌「海外子女教育」や書籍出版を行っている。父がフランスに赴任したのがまさに1971年だった。参考までに、父に、渡航前、又は渡航中にこの財団について勤務先企業からの紹介があったか、又は個人的に知っていたかどうかを尋ねてみた。
回答は、「企業からの紹介もなかったし、個人的にも知る機会はなかった」ということだ。父が勤めていた某新聞社が、この財団の1971年発足当時に会員企業だったかどうかはわからないが、2014年12月の段階では、595企業・団体会員の1社に名前を連ねている。
この財団は、現在では、社員のための海外・帰国子女相談部門や窓口を社内で持たない企業の主たるアウトソーシング先となっている。

海外・帰国子女に関する調査や研究、そして支援が本格的に始まったのは1980年代である。2015年1月現在、上記の海外子女教育振興財団以外にも、海外・帰国子女教育を支援する団体が多く存在する。
現「フレンズ 帰国生母の会」の前身団体「帰国子女の会 フレンズ」が発足したのが1983年である。海外在住体験のある母親たちによるボランティア団体である。この団体のホームページの沿革目的の一部を抜粋する。

設立当時は、日本の学校文化を知らずに帰国した子どもたちを温かく迎え、海外での体験を評価して受け入れる学校はごく少数でした。 母国での適応に苦労する子どもたちを見て、日本の学校の現状を知り、子どもたちのために何かしなければという思いが活動の原点となりました。
(中略)

海外で異文化と出会った子どもたちが、帰国後もその体験を活かし、国内で育った子どもたちとそれぞれの良さや違いを尊重しながら伸びやかに成長していくことを願って活動を続けています。



私がI高校に入学したのが1980年だったことを鑑みると、当時、私のように帰国してから問題を抱いていた帰国子女が多くいたであろうことがわかる。母親目線から発足した団体では、企業やお役所主催の団体とはまた異なった観点から海外・帰国子女支援を実施出来るだろう。

インターネットの普及により海外・帰国子女教育に関する情報はどこにいても取得可能となった。情報の量は選択肢の幅を広げ、その子供に合った環境を整える一助になることは確かだ。1997年、文部科学省は「海外子女教育、帰国・外国人児童生徒教育等に関するホームページ(CLARINET:Children Living Abroad and Returnees Internet)」を開設し、インターネットによる情報発信を行っている。

文部科学省が実施した調査によると、2000度から2010年度まで、海外に長期間在留した後帰国した児童生徒(海外に1年以上在留して各年度間に帰国した児童の数)の数は1万人から1万2千人の間で推移しており、あまり変化は無いと言えよう。
2010年度には小学校、中学校、高等学校および中等教育学校合わせて約1万1千人となっている。学校別には、小学校段階の児童が最も多く、次に中学校、高等学校、中等教育学校の順になっている(表1)。
外務省が2012年度に実施した海外在留邦人子女数統計によると、2012年4月時点で小学校、中学校児童数が76,536人であることから、帰国子女の数が直近で激減することは無いだろう。
2013年、一般社団法人日本在外企業協会が、会員企業284社の内240社に対して実施した調査結果によると、海外・帰国子女教育に関する要望・問題点については、帰国後の問題に関する内容が66%、現地赴任先での問題が30%、その他が4%であったそうだ。この事からも、海外赴任による外国での適応や教育よりも、帰国後の問題がクローズアップされていることが読み取れる。

帰国後の問題としては、受入校や受入枠の拡大、入試制度の柔軟化を求める要望が多く、また、適応に関する問題が挙げられている。
具体的には (1)帰国子女の個性を伸ばす教育の実施(現状はそうした学校が少ない)、 (2)特に帰国後の適応に苦労しているインター校出身者への対応、 (3)帰国子女が日本に馴染めずに海外に残留あるいはリターンするケース、 (4)国語や社会などの補習、教科指導、 (5)特に地方に帰任したときの適応教育、 (6)習得した外国語学力の維持、 (7)いじめの問題などである。
500人以上社員を抱える大企業からの赴任者だけではなく100人~499人の中規模企業、1人~99人の小規模企業からの海外赴任者も多くいる現在、地方都市における帰国子女適応教育の充実は急務だろう。
21世紀を迎えても、1970年代と同じいじめの問題が現存するのは少々驚きだが、消える事はないのであろう。

上記で見て来た通り、少なくとも筆者が子供時代だった1970年代よりは帰国子女を取り巻く支援環境は飛躍的に良くなっていると言えよう。
それぞれの支援団体の特性と提供しているサービスを良く知り、積極的に活用することは、自分の子供が帰国子女になった際には必須である。

帰国子女であった筆者も親となり、1990年代、子供2人を連れて海外に在住した経験がある。
2年半という短い期間であったが、娘たち二人も帰国子女となった。親の立場として経験した海外在住経験は、また子供時代とは違った喜びや戸惑いを経験させてくれた。
私が上記で記した支援団体をフルに活用したか…。これは、またの機会にご披露できればと思う。



(学校法人産業能率大学 経営学部 准教授 武内 千草)