宿泊産業に迫られるグローバル対応と必要なダイバーシティへの認識 (2)

先回、ダイバーシティへの「認識」の必要性について述べた。すなわち、多様性を受け入れることにとどまらず,自らの文化や風習とは異なる人が身近に(たとえば顧客として)存在するのはいわば「あたりまえ」であり,その事実を認識し,その認識に基づいたビジネスが必要であるということである。

筆者の大学教育でのゼミ(少人数での専門研究クラス)には、このダイバーシティに関する研究の一環として、訪日外国人客(インバウンド)誘致における宿泊産業のムスリム(イスラム教徒)への対応をテーマに掲げて研究に取り組んでいるゼミ生がいる。
今回は、その研究を参考にしつつ、ムスリム対応をダイバーシティと結びつけて考えてみたい。

ムスリムが「豚肉や食べることやアルコールを飲むことを禁じられている」ことは、よく知られている。しかし、ムスリム対応というのは、その点だけに注意すればよいというわけではない。たとえば、化粧品の製造にアルコールを使用することや、すでに豚肉を加工するために用いられた調理道具を使って料理することを禁ずる基準が存在することは、一般にはあまり知られていない。

自らが属する宗教を持たないという日本人は少なくない。正月には初詣に行き、クリスマスを祝うのが日本のいわば風習といえるだろう。これが現代日本の一般的な習慣である。
しかしこのような習慣や考え方に基づいてムスリム対応に取り組むと、大きな間違いを引き起こしかねない。というのも、ムスリムにとってのイスラム教は、いわば生活のすべてであり、人生におけるすべての事柄が宗教に立脚しているのである。

このような価値観の違いを前提にムスリム対応に取り組まなければならない。前述した食品や化粧品についても、多くの日本人が考えるよりはるかに真剣に、ムスリムは考えているのである。日本人および日本の宿泊産業がまず認識すべきは、この点であろう。
つまり、ここにダイバーシティ(多様性)への認識を起点とし、ダイバーシティを受け入れることの必要性が生じるのである。
しかし、「それほどに難しいのであれば、ムスリム対応は無理」と判断するのは早計である。
日本においても自らの宗教を持ち、その宗教を人生の主要な位置においている日本人がいる一方で、自らの宗教はコレと明言してはいてもその宗教を人生のすべてとしているわけではない人もいる。宗教とはそのようなものであろう。

この点は、ムスリムにおいても同様である。筆者とゼミ生によるインタビュー調査では、ビールはアルコールではないとして、ビールを飲むムスリムがいるとのことである。アルコール飲料を販売している飲食店へは行かないというムスリムもいれば、自ら飲みはしないがそのようなお店であっても行くというムスリムがいる。
食事についても、日本では調理方法が定かではないため日本への旅行中のすべての食事を持参してくるムスリムもいるが、さすがに豚肉そのものは食べないとしても、それ以外の食材であればたとえ調理器具や方法がどうであれ食べるというムスリムもいる。
つまり、ムスリムといっても千差万別であり、宗教によって判断基準は明確にされているとしても、そのとらえかたは個々に異なるというわけである。

では、宿泊産業におけるムスリム対応は、何をどうすればよいのであろうか。次回、その具体策を考えてみたい。

(産業能率大学 情報マネジメント学部 准教授 吉岡 勉)