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日本企業の病、そして、組織開発(OD)の薦め ~ 社会動向から世の中を見る

SANNOエグゼクティブマガジン


おとなしい社員が急増中

ここ数年、企業の方々から「うちの社員はおとなしくありませんか?」と聞かれることが 増えてきたように思います。驚くのは、上場企業の部長教育の打合せで「うちはおとなしくてねぇ。どのような工夫をして、活発な議論をさせてくれますか?」と、一般感覚からするとちょっと理解し難いご相談をいただくこともあります。

先だってある哲学者の書籍[ⅰ]に出会ったのですが、そこには「働く(労働という行為)」 ということに関する本質的な問いが示されていました。

『労働と人間との根源的な相互関係はすでに放棄され、個々の労働者は、生産-労働過程の全体像とは無関係な存在になってしまっていた。 〈私〉の労働は、〈私〉の受けもたされた少領域だけで孤立し、終了してしまう。・・・しかし、・・・労働が単純化したこと、部分労働になってしまったこと、それらのことが労働の疎外の原因だと考えることは、現象面しか見ていないことになるだろう。・・・ 労働が、なぜ疎外された単純労働、部分労働を生みださざるをえなかったのかという、資本主義的生産-労働過程の根源を考察しないかぎり、 労働の疎外の本質を、われわれは見誤ることになるだろう。 (p.125~126) 』


[1] 〈私〉を〈人間〉と置き換えると分かりやすくなる
[2] “ ・・・ ” は中略を示す

あるイデオロギーを内包する記述なのですが、ここでは “ 働き方 ” という点に絞って考えてみたいと思います。なぜならば、ここでは社員がおとなしくなってしまっているという現象について考えたいからです。

この哲学者は、2つの指摘をしています。1つは、 “ 働くことが、働くことの目的から引き剥がされてしまっている ” という指摘です。これは、いわゆるドラッカーの言う “ レンガ積みの話 ” [ⅱ] を想起させるものです。私は、社員がおとなしくなっている現象の背後には、このような本質的な課題が存在するのではないかと考えています。さらに、もう1つ “ この現象の本質を丁寧に解明することの重要さ ” を指摘しています。

日本企業に蔓延する大企業病

なぜ、このようなことが起こっているのでしょうか? 読者の方々もさまざまなことに思い当たるのではないでしょうか?私は、日本ではかなり多くの企業が “大企業病” に罹患しているのではないかと考えています。

『・・・当時からキヤノンにも大企業病のきらいが少し表れていたからだ。理由は、上の人が自分で考えなくなったり、責任をもって指示しなくなったりしたのが一つだ。要するに、下の人に案を出させて選ぶことや、下の人たちにチームを作って議論させて結論をまとめさせるようなやり方が、目立ってきていた。 』

これは、 『 私の履歴書経済人33(日本経済新聞社 p.68) 』 に書かれているキヤノ ン元社長の山路敬三氏(故人)の言葉です。 大企業病とは、 “マネジメント層が経営するにあたって、自ら考えることを止めてしまっていること” だと指摘しています。つまり、この病は、企業規模の大小にかかわらず罹患するということになります。

考えないマネジメント層は、対話や議論を必要としません。だから、おとなしく見える。マネジメント層でさえこうなのですから、若い社員に至っては推して知るべしということになりましょう。ただ、私はマネジメント層を責めたいわけではありません。大切なのは、マネジメント層さえも、自分の仕事が、自社あるいは事業の経営ということから引き剥がさ れてしまい、与えられた少領域で、作業的な仕事をこなすことに陥ってしまっている、ということであり、ドラッカーのいう2人目のレンガ職人でしかない状況を、どのように受け止めて対策を講ずるのかということです。

そして、なぜ、このようなことになってしまっているのかを問うと、最近の企業経営の風潮-異常なまでの効率主義・安全主義・標準化主義に陥り、スタッフ機能と業務管理ルールの異常な発達を許したこと-に理由が見いだせるように私は考えています。これらがマネジメントの実務において、現実を無視した、頭でっかちで使い物にならない施策とルールによる経営を許してし まっているのです。少し分かりやすくいうならば、スタッフ機能と業務管理ルールの異常な発達によって、マネジメント層もライン層も、 市場や顧客に対して働きかける前に、自組織に対して働きかけなければならなくなっているのです。自縄自縛といった、滑稽な姿が見えるのです。白けて当たり前ではないでしょうか。お客様にあわせることよりも、社内制度にあわせることの方が大変な仕事になってしまっているのですから。社員が話をしなくなるのは、当たり前です。

この状況から抜け出すことが、今の日本企業の多くに必要とされていることです。ここ20年近く、“ 賢い個人の集まりが良い組織を作る ” という前提が日本企業には存在し、施策が人的資源管理 (HRM: Human Resource Management) に偏っていました。 その結果、 “ 組織そのものをつくっていく ” 、あるいは “ 組織風土づくり ” ということが疎かにされ、現実離れした施策とルールでの企業統治(ガバナンス) という恐ろしい現実を作り出してしまったのです。結果として、それが会社や職務に対して情熱を持てない状況を生み出してしまったのです。

今こそ、組織を育てること、組織風土づく りに真摯に取り組むことが必要ではないかと私は考えています。そして、そのための手段として、 “組織開発 (OD : Organization Development )” が考えられます。組織開発とは、クルト・レヴィン(Kurt Lewin, 1890 年-1947年) 等によって考案されたマネジメントの考え方と実践技術であり、現在も発展を続け、多くの国の企業で実践されています。

今こそ求められる柔軟な組織体

下図のとおり、世界経済は、2000年代初頭30兆ドル規模であったものが、2012年には70兆ドルを超え、急拡大しています。この拡大の勢いは、リーマンショックのような調整はあるでしょうが、もうしばらく続きそうです。

世界経済規模の推移

経済の拡大期は、柔軟な組織体が不可欠です。しかも、競争相手は、日本の同業他社ではなく、新興国の新興企業群です。若いしなやかな組織体である企業ばかりです。このような競争環境の中で、成果を出せる企業となるためにも、“社員がおとなしくなった”というような現象面を気にするのではなく、組織を活性化させるための抜本的で組織的な取り組みとして組織開発に目を向けてみてはいかがでしょうか。

注)
[ⅰ] 内山節 (1976) 『労働過程論ノート』 田畑書店
[ⅱ] レンガ積みの話とは、イソップ童話に発するもので、ド ラッカーによってマネジメントの寓話として有名になったも の。『炎天下でレンガを積む3人の職人に「あなたは何をしているのですか?」と声をかけた。1人目は「見れば分かる だろう・・・。私は親方の命令でレンガを積んでいるのだ」と 答えた。2人目は「私は塀を造っているのだ」と答えた。3 人目は「私は立派な教会を造っているのだ」と答えた』。ド ラッカーは、このそれぞれの答え方の中に仕事の意義・意味を見いだすことができ、さらに、仕事の意義・意味をしっかりつかんで働く人は、他者から「やらされている」感覚を 持たず、イキイキとした働き方ができ、仕事のやり方に創意工夫があるといっている。

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