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~part2その2:実感に照らして深く考える<前編>【ビジネス思索塾】

あまり定かな記憶ではないが、理科の教科書に、「ある物体の表面に光が照射されれば、その裏面には必ず同等の影ができる」と載っていたように思う。「物体」を事象、出来事、施策、制度などに置き換えれば、かなり一般的にもいえることではないだろうか。
ある事柄には、光もあれば影もある。プ ラス面やメリットだけでなく、マイナス面やデメリットもある。立場や役割が異なれば、同じ事柄でも見え方が違ってくる。捉える視点が違えば、見解は異なっ てくる。全体的・総論的によいことが、個別的・各論的にもよいこととはかぎらない。増えつづける電力需要をまかなうのに原子力発電所は必要か、利便性の高 い24時間空港を低コストで建設するにはどこが相応しいか、個の主体的で自律的な活動と組織としての協調性や団結力をどのように兼ね合わせるかなど、光を 強調したり影を訴えかけたりして、立場や視点が違うことによる摩擦や対立は絶えまない。

    曾小川 久英    学校法人産業能率大学総合研究所 客員研究員

    ただ、摩擦や対立を放置しておいては直面している事態の進展は望めない。議論はすれ違ってどうどう巡りを繰りかえす。どうするかの判断と選択が必要だ。し かし、何らかの選択は他を選択しないことになる。必ずしもみんなが納得できる妙案はないかもしれない。あちらを立てればこちらが立たず、ある領域に注力す れば他の領域が疎かになる(国際社会にはいくつもの正義があり、そのことが平和の問題を困難にしている)。でも、それぞれの立場を考慮して、一面的な視点 に偏らず、理想と現実、長期と短期、論理と感情の狭間で、意思決定をくださねばならない。実感に照らして深く考え、現実的なバランス感に溢れる判断と選択を探らねばならないのだ。

    (1)言説を疑う

    こんな一節を聞いたことがあると思う。「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である」(ブレーズ・パス カル『パンセ』、パスカルはフランスの哲学者、自然科学者。1623~1662)。この言葉には、考える人間の強さと偉大さがこめられているのだろう。自 分のこと、他人のこと、仕事のこと、会社のこと、世の中のことをどうしても考えてしまうのが人間なのだ。「何も考えるな」といわれても、そう簡単に無心に なれるものではない。「考えるのが苦手で」といいながら、悶々と悩んでいたりもする。ならばむしろ、徹底的に深く考えようと構えるのが人間らしい自然な姿 ではないだろうか。

    深く考えるにはどんな姿勢(方法論じゃなくて)が要るのだろう。たぶん哲学的な世界が手がかりになるはずだ。哲学はすべてのことを根源的に疑うところから出発する(らしい)。みんなが気にとめなかったことを気にかけ、不思議だと感じてこだわりつづけることが哲学的な思索だ(そうだ)。とすれば、深く考えるためにも、まずは疑うこと、疑問を持って問いを立てることがその最初の一歩なのではないだろうか。

    さまざまな議論に多く登場するドイツの哲学者にニーチェ(1844~1900)は、「真実なるものはない、ただ解釈だけがある」(『道徳の系譜』、読んでいないので解説書による)と主張した。世の中には絶対的な真実や客観的な正しさなどは存在しない。あるのは、さまざまな人間による、さまざまな解釈だけである。無数の解釈が存在し、そのなかでもっとも説得性をもった解釈が真理と呼ばれるにすぎない。

    ニーチェの主張は、没後一世紀を経た今日、ますます現実的な実感を帯びてきたのではないだろうか。深く考えるには、流行的な常套句や見せかけの権威に惑わ されず、言説を疑い、言説を見分けなければならない。「人間の未来全体にとっての最大の危険は、どういう者たちのもとにあるのか。それは善にして義なる者 たちのもとにあるのではないか」(ニーチェ『ツァラトゥストラ』、日本語訳を読んだが、高尚すぎて・・・)。いつでもどこでも通用する真理や正義があると 思うな。自分を正しいという者をこそ、もっとも警戒せよ。真理をいい募る言説を疑え。正義を標榜する言説を疑え。その根拠を問い詰めよ。そこから、より深 い本質的な洞察が可能になる。そうして、自分なりの思索が始まるのだ。(世論は移ろいやすく、皮膚感覚的な意見に踊らされる。だからこそ、言説を疑うこと が必要なのだ。そのためには、以下のような姿勢が要るんじゃないか)

    深く考えるために求められる姿勢 ―― さまざまな事象や現象をあたり前と思って見過ごさず、疑問を持って問いを立てる。どんな問いを立てるかにより、思考の方向が決まる。立てた問いを、一面的 にならず、極端に偏らず、多面的な観点から検討する。目に見える顕在的な順機能やメリットだけでなく、判然としない潜在的な逆機能やデメリットも探る。自 分の実感と現実的なバランス感を頼りに判断をくだす。(なんだ、あたり前じゃないか。そうですね。でも、言葉にするとたぶんこうなってしまいます。)

    キーワードはWHYだろう。なぜ効率化を推進するのか、なぜコミュニケーションをはかるのか、なぜ売上げを伸ばすのか、と問いを立ててみる(なぜ景気は回復しなのか、なぜ消費 は伸びないのか、なぜ株価は低迷するのか、なぜ同じような不祥事が繰りかえされるのか・・・、なぜという問いは際限がない)。すぐに答えが得られなくて も、考えてみることで、より本質洞察に近づける。問いの立て方を変えて、なぜ効率化が進まないかと問えば、より深い原因を追求できる(命題表現にWHYをぶつければ本質追求、問題表現にWHYをぶつければ原因追求になる)。関連する諸側面に目配りしながら、実感に照らして納得できる解釈を探り、自分なりの見解を鮮明にする。

    時空をこえて有益かつ妥当な見解や方法論は存在しない。有益性や妥当性は時代の文脈や直面している状況に依存す る。歴史的な時間軸を念頭に置き、「道に迷わば木を伐りて年輪を見る」(寺島実郎『1900年への旅』、副題の言葉。過去の踏襲ということではなく、迷っ たときのヒントや手がかりは歴史をひも解くことから見えてくるんじゃないか)ことに努めるとともに、わかりやすさ、効率性、新しさ、快適さ、利便性などの 現代的な価値を相対化して、根源的に考えるように心がける(わかりやすいことや新しいことがなぜいいことなのかを問いかけよ、とこれまでに何度も触れまし た)。考えるための方法論を探すのではなく、言説を疑い、疑問を持って問いを立てる姿勢こそが、深く考えることにつながるはずである。

    【お断り】文中でのトピックスについては、読者の皆様方に「こうあるべき」「こう考えて欲しい」と主張するものではありません。本コラムの主旨はあくまでも、ご自身 が深く考えていただくためのきっかけをご提供するものです。そのために本連載の内容に触れて、ご自身の意見(異論含む)を振り返ったり、確立いただく中 で、ご自身の思考の座標軸をつくるヒントとしていただければ幸いです。

    >>『実感に照らして深く考える』<後編>はこちらからどうぞ

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    ※著者の所属・肩書きは掲載当時のものです。

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